植民地支配犯罪とは何か
植民地支配責任という言い方を聞くことがあっても植民地支配犯罪という言葉を耳にすることはまずないだろう。
国際人権法の専門家である前田朗・東京造形大学名誉教授によると、国際法上、植民地支配犯罪という犯罪はないという。
ただ、30年くらい前、国連で植民地支配犯罪という犯罪を作ろうという議論が行われたことがあるという。
2024年10月下旬、英連邦首脳会議でかつて奴隷貿易で被害を受けた国への賠償について交渉を始めることが合意文書に盛り込まれた。
翻って日本は来年、韓国併合つまり韓国の植民地化へ向けた日韓協約が結ばれてから120周年、戦後、国交正常化を果たした日韓基本条約の締結から60年という節目を迎える。
日本が韓国を併合した1910年当時、イギリスやオランダなど植民地帝国が国際法を作っていた、言い換えれば植民地支配をしている自分たちがその支配についてのルールを作っていたと前田先生はいう。
「ルールを守るのはヨーロッパの大国だけ。アジアや中南米の国々は文明国でないから植民地にする。でも合法的でなければいけない。植民地化には手続きが必要とされ、それにのっとっていればいい時代だった」。
韓国併合について前田先生はいう「日本はイギリスやアメリカから教わって、一応手続きに従ってやっていた」。
1905年、日韓協約が結ばれて、大韓帝国の内政に口を出す権限と手続きが定められた。1907年協約では外交権を日本が行使できるようになる。そして1910年、韓国併合条約が結ばれた。
日本政府はこれまで、1951年に連合国との間で結ばれたサンフランシスコ講和条約と1965年の日韓基本条約によってかつての植民地支配に関する文書は効力を失ったと解釈してきた。だから責任はないと。
曖昧な決着により続いているすれ違い
「曖昧な決着をしてすれ違ったままやってきたことがすべての始まりでした」と前田先生は2024年11月21日(木)に東京・池袋の豊島産業振興会館(Ike-Biz)で行われた講座「植民地支配犯罪とはなにか」で語った。
いわゆる徴用工問題、従軍慰安婦問題、不正常な日韓関係、日朝関係、在日朝鮮人への差別政策、ヘイトはすべてそこに根っこがあるというのだ。
だが、2018年になってかつての議論が復活してきた。それは元龍谷大学教授で弁護士の戸塚悦朗先生が論文を発表し、そのなかで日韓併合条約は武力の脅しで結ばせたものであり、それよりもなによりも1905年11月17日付の日韓協約は「存在しない」としたことがきっかけだ。
前田先生によると、戸塚先生の主張は日本政府が保管しているというその協約の原本にはタイトルもなく作成者もはっきりせず、韓国側に見せたのかどうかも定かではないというのだ。
植民地支配をしている国が作った国際法のもとでは植民地支配は合法だったが、「日本による韓国併合は不法だった」という。
そして「不法な植民地支配下で行われた強制連行は違法だった」「日本軍性奴隷(従軍慰安婦)制は不法な植民地支配下における犯罪だった」「日本軍性奴隷制は被害女性の尊厳を剥奪する犯罪だった」。
前田先生は「日本政府は植民地支配の「責任」はあるとし「道義的責任」を認めている。ただ「法的責任」はないとしている。しかし、植民地支配責任についていうのならば植民地支配犯罪あるいは不法論を前提としていわなければならない」と話す。
植民地支配合法性論争と不法論の現在
さて、ここで国連国際法委員会の植民地支配犯罪論そして人道に対する罪としての植民地支配論をそれぞれの流れと共にみていきたい。
国際法では植民地支配は正当化されないが犯罪とされていない。だが、前田先生は「植民地支配は自決権の侵害であり、植民地支配を犯罪とするべきではないかとの議論が起こった」という。
ニュルンベルク・東京裁判における「平和の罪」は1998年国際刑事裁判所規程における「侵略の罪」へとつながっていったという。
国連国際法委員会は国家によるものでなく、国際法の専門家30人余りから成り、ジュネーブの国連欧州本部などで会合を開いている。
その国連国際法委員会は1991年に「人類の平和と安全に対する罪の法典草案」をまとめている。
その18条は「植民地支配及びその他の形態の外国支配」と題された。「国連憲章に規定された人民の自決権に反して、植民地支配またはその他の形態の外国支配を、指導者または組織者として武力によって作り出しまたは維持した個人、もしくは武力によって作り出しまたは維持するように他の個人に命令した個人は、有罪にされた場合・・・判決を言い渡される」。
93年には各国からの意見書が出て議論になった。
第三世界諸国は賛成意見を寄せたが、オーストラリア、オーストリア、オランダ、北欧5か国、イギリス、アメリカ、スイスは反対意見を表明した。ちなみに日本は意見を出さなかった。
イギリスにいたっては「「植民地支配」は政治的態度を思わせる時代遅れの概念である」とまで述べたほどだ。
「お前が言うなっていう感じですね」と前田先生。
こうした植民地支配国などの反対で植民地支配を犯罪とする動きは一旦は保留され、挫折をすることになる。
人道に対する罪としての植民地支配論
2001年、国連は南アフリカのダーバンで「反人種主義・差別撤廃世界会議」を開いた。その会議の三大目標は「植民地支配は人道に対する罪」だとすること、「謝罪」そして「補償」だった。
ダーバンではホロコーストの世界史的位置づけ、イスラエル/パレスチナ問題、大西洋奴隷制などが議論された。
そしてダーバン宣言が出された。「植民地支配は人道に対する罪」だと認めたかった向きに対して「植民地時代の奴隷制は人道に対する罪」とプレイダウンされてしまった。植民地支配に「時代」が加えられ、支配そのものではなく、そのなかでの「奴隷制」のみが取り上げられる結果だった。
そして「謝罪を推奨」し「補償・経済協力を推奨」するにとどまった。
つまり植民地支配の犯罪化は出来なかった。
前田先生によると「ヨーロッパ諸国は何とかまとめようとしました。一方でアメリカとイスラエルは途中で会議をボイコットしたのです」。
だが、ダーバン宣言は極めて重要な文章が含まれており、例えば奴隷制と奴隷取引は人道に対する罪で「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のなる不寛容な主要な源泉である」との表現もそうだ。
また「植民地主義が人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容をもたらし、アフリカ人とアフリカ系人民、アジア人とアジア系人民、および先住民族は植民地主義の被害者であった」とした。
「民衆の法」の形成を
国連国際法委員会も人道に対する罪条約の草案をまとめる。
2013年に人道に対する罪防止条約の審議が提案され、議論が開始されることになる。そして2017年に草案が出来上がった。
前文そして全15か条から成る草案。
第3条では人道に対する罪の定義がなされ、殺人、絶滅させる行為、奴隷化すること、住民の追放または強制移送、国際法の基本的な規則に違反する拘禁その他の身体的な自由の著しい剥奪、拷問、強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力、人の強制失踪などが列記されている。
「議論は続いていますが、植民地支配犯罪にまでは至っていません。。国連平和への権利宣言では「平和」や「侵略」の概念の議論がなされていますが、まだ成果は得られていません」と前田先生はいう。
「民衆の法形成ということを植民地支配犯罪に議論と共にしていかないといけません」。
閉ざされているイスラエルの虐殺を穏便に止める手段
パレスチナ自治区でイスラエルが行っている虐殺について、前田先生は国際刑事裁判所(ICC)、国際司法裁判所(ICJ)と国連での対応が考えられるが、唯一強制力があるのがICCだという。
そのICCはイスラエルのネタニエフ首相らに戦争犯罪や人道に対する犯罪の容疑で逮捕状を出した。
かつてユーゴスラビアでの内戦に関連してユーゴスラビア法廷が作られたが、イスラエル法廷が設置されることは出来ないだろうという。
「作ろうと思えば国連は分裂してしまう。そこまで正面切って喧嘩を売ることができるのか疑問です」と前田先生。
逮捕状は請求出来たのは「大きな成果」だが、「実際に逮捕をしたらイスラエルに空爆される可能性もある」というのだ。
「穏便に止める手段は閉ざされてしまっている。アメリカが変わらなければいけないが、もっと悪い方向にいってしまいそうだ」と前田先生は悲観的な見方を口にした。
実際、国連安全保障理事会はガザでの戦闘について、日本など非常任理事国10か国が提案した無条件の即時停戦を求める決議案をアメリカの拒否権行使によって否決されたばかりだ。