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映画「お茶漬の味」を観て

 すれ違うことの多い地方出身の夫と上流階級の出の妻の二人が心を寄せることが出来たことを象徴的にお茶漬を通じて描いている小津安二郎の作品「お茶漬の味」(昭和27年)を観た。
 今はもうあまりいないのかもしれないが、かつては一杯やって帰宅した夫が小腹がすいたといってお茶漬をすする光景はよくあったと思う。
 余ったご飯、それも冷たくなっていても、お茶をかけるだけですぐにさらさらっと食べることが出来るからだ。
 質素な夫・茂吉(佐分利信)が好んで食べたそんなお茶漬を嫌っていたのが小暮実千代が演じる良家の出の妻・妙子だった。
 茂吉の戦死した友人の弟を若く初々しい鶴田浩二、茂吉の軍隊時代の部下を笠智衆、妙子の親友あやを淡島千景が演じている。

左から鶴田浩二、笠智衆、佐分利信

 時代というのはあると思う。しかし、いつの時代であっても人を描くのが映画であってそれは変わらないと思う。
 それが映画であり本当の芸術だろう。
 「お茶漬の味」はタクシーで妙子らが銀座に向かうところから始まる。
 タクシー、銀座、歌舞伎、ピカデリーなどなど。妙子らが良家の出だということが問わず語りに語られている。

 そして夫に嘘をついての女4人での修善寺旅行。
 良家の女性たちの今でいうところの「女子会」だ。
 4人で歌う「すみれの花咲く頃」。もちろん宝塚歌劇団を象徴する歌。
 夫を「鈍感さん」と女子会では呼ぶ妙子。

温泉でくつろぐ妙子たち

 若い人から見た夫婦、お見合い結婚などが伺える会話も出てくる。
 21歳でもうお見合いした方がいい年齢だそうだ、この時代は。
 しかし、お見合いをすっぽかしてくるのだ。
 ちょっとした、ダスティン・ホフマン主演の「卒業」だ。
 お見合いを「封建的」という娘にはやがて出会いが巡ってくるのだが。
 
一方、夫の茂吉。軍隊時代の部下と会ったり、会えばその時代の仲間たちの話となる。何と言っても戦後間もない頃だからだ。
 「シンガポールは楽しかったですね」
 「いや、もう戦争は御免だ」
 そんな会話の後、軍歌が歌われる。
 味がある歌を披露するのは笠智衆演じる軍隊時代の茂吉の部下。

 お見合いをすっぽかした子をしかる妙子。妙子は叱ってくれと茂吉にいう。しかし気持ちが分かる茂吉は形だけ叱ってみせる。
 そして本音が漏れるー「嫌だってものを無理やり言っても。君と僕のような夫婦がまた出来るだけじゃないか」と妙子に告げた。

 友だちのところに行く妙子。
 でも、逆に言われてしまう。
 「あなた、学生時代のスカート長いままにしてたじゃない。わがままなのよ。同じなのよ、自分の好きなようにしたいって。スカートも旦那様も」。
 「あなたには分からないのよ、私の気持ち」と返す。

夫婦を繋ぎとめているものって?
 そもそも男女が、この世に数多いるなかで、たまたまツガイとなった夫婦が一生互いを思い続けられるのか。
 なかなかに難しいというのが本当のところではないか。
 お花畑や蝶々ではないのである。
 そんなツガイを繋ぎとめているのは何かといえば、結婚という制度であり世間体であり自分可愛さだったりするのだろう。
 しかし今や、それが崩れている、良くも悪くもだ。

 お茶漬をどう捉えているかは夫婦関係のメタファーとして使われている。
 さらさらと音をたててお茶漬を食べる茂吉。
 それを「犬にやるご飯みたい」な食べ方だと責める妙子。
 女中に「お前の家ではこうやって食べないか」と茂吉が聞くとその娘は「いただいています」と答える。階級のようなものが伺える場面だ。
 
 「子どもの時から田舎でああやっていたから」「嫌いなら止めるけど」「僕の育ちの問題になるけど」と茂吉は妙子に妥協しようとする。
 タバコの銘柄についても育ちによる違いがあるらしい。

最後は二人でお茶漬を食べる

 茂吉が急な海外出張が決まり帰宅すると、妙子は数日、須磨に行くという手紙を残していた。一人煙草を吸う茂吉。
 場面は変わり、海外出張へと出かけて行った。プロペラ機だ。
 茂吉が電報を送ったにもかかわらず妙子が見送りにも来なかったことを責められる。一人煙草を吸う妙子。
 そして夫の部屋に入って机の前でたたずむ妙子だった。
 が、茂吉は夜、帰宅する。飛行機の故障で帰って来たのだ。

 「須磨はどうだった」
 「もうしない、あなたに黙って遠くに行くことなんて」
 「していいよ、君らしい」
 「もうしない」

 そして「腹減った」
 「何か召し上がる?私も頂く」
 夜なので手伝いがもういない。
 珍しく自分で台所に立ち準備をする。
 食べるのはお茶漬だ。たくわんで。
 二人で台所にいると本当に仲睦まじい真の夫婦のように見える。
 きっとこの映画の見せ場なのだろう。

お茶漬は夫婦の味
 時計が深夜零時を告げる。
 向かい合ってお茶漬を食べる二人。
 「ぬか味噌臭い」って手の匂いを嗅ぐ妙子。
 でも「美味しいわ」
 「うまいね」

 そして妙子は謝るのだ、今までのことを。
 泣きながら。
 「やっと分かったの、私」
 すると茂吉も涙を浮かべて「うれしい」と。

 茂吉はいう「おあがり、お茶漬は夫婦の味なんだ」
 「今まで知らなかった」と妙子。

 後味がいいお茶漬、いや映画だった。
 お茶漬が食べたくなった。

 


 


 
 
 
 
 

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