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日本の現代美術と世界
昭和が終わり平成元年を迎えた1989年と東日本大震災に見舞われた2011年という大きな節目に挟まれた20年間の日本の現代美術を概観する企画展が2025年9月3日(水)から12月8日(月)まで東京・六本木の国立新美術館で開かれることになった。
「日本の現代美術と世界 1989-2010(仮称)」は国立新美術館と香港の現代美術館M+(エムプラス)の初めての共同企画となる。
逢坂恵理子・国立新美術館長は記者会見で「1989年は冷戦終結、国内に目を転じるとバブルの崩壊、グローバル化の進展など政治、経済、社会、文化、アート、市民生活が大きく変化を遂げた時期です。その89年を起点とした日本の現代美術の変遷を辿ります」と述べた。
「近年、文化庁は現代美術の振興を目指し、若手アーチストの発掘や海外発信強化に取り組んでいます。その流れの中、2012年頃から大巻伸嗣、荒川ナッシュといった日本のアーチストの大型個展が開かれました」。
「また、パブリックスペースでは若手・中堅アーチストの作品も紹介されています。こういった方針に従って進めています」。
2022年初めにM+のアーティスティック・ディレクターであるドリアン・チョン氏に打診したのがスタートで、今年の3月に本展のパートナーシップ調印式が行われたという。
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チョン氏によると、同展は3部構成となる予定だという。
まずは「アイデンティティ」という観点からで、日本の現代美術の複雑で変化し続ける姿を浮かび上がらせるという。そして、日本美術を特異なものとする考え方を再検討する。
そして「記憶と反記憶」が次のテーマで、日本の過去に関する個人的あるいは集合的記憶に焦点を当てる。「長年、作家たちは歴史というモチーフを得ている。そうした作品を集約させてゆく」とチョン氏。
最後のセクションは「関係のネットワーク」というテーマににフォーカスする。チョン氏は「美術を通して新たなコミュニケーション関係作りが行われてきたことがこの時代の特徴でもあります」と話す。
「特に2000年代以降の変化は、それまでの欧米の作品ばかりの紹介から、アジアの作家たちが飛躍的に多く紹介されるようになり、それによってつながりが強化されてきたことに注目します」。
逢坂館長は「80年代半ばまでは日本にとってアジアの国々はまだ遠かった。今は境界線を越えていろいろなアイデアをキャッチボール出来るようになりましたが、これは80年代、90年代の先人たちによる蓄積があったからこそではないかと思います」という。
「日本ではバブル崩壊からは失われた20年ともいわれるなど、美術史上も含めて収縮していった時代であり、現代美術だけをポジティブに捉えるのはいかがなものか」との疑問が呈された。
それに対して、逢坂館長は「2011年の東日本大震災以降(が収縮の時代)だと思います。(1989年からの)この間は現代美術が豊かになった時代です」と反論した。
さらに、「私としては否定的でなくある程度肯定的に見ており、難しいことはありましたが、それを乗り越えて様々な現象が出てきたということを捉えたいと思っています」と付け加えた。
チョン氏もその時代に、「草間彌生や奈良美智といった日本のアーチストたちがグローバルなアートの世界で重要な活動をするようになり注目されるようになったことなどから「失われた」という言葉はふさわしくないと思っています」と述べた。
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記者会見の後、シンポジウムが開かれた。
インディペンデント・キュレーターで元ロバート・ラウシューバーグ財団のエグゼクティブディレクターかつ元ニューヨーク近代美術館(MoMA)アソシエイト・ディレクターのキャシー・リルビライヒ氏が初来日の1961年の時の印象から今までの日本の変化をどう見ているかを話した。
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続けて美術評論家でインディペンデント・キュレーターの神谷幸江氏は「かつては周辺的だとみなされてきたローカルから生まれた多様なものたちに正当な光を当てようという動きになっている」と話した。
そして1985年の「「再認識」日本の前衛芸術 1945-1965」、1989年の「アゲインスト・ネイチャー:80年代の日本美術」といった重要な美術展を神谷氏は挙げて説明を加えていった。
神谷氏は2011年に戦後からの復興や価値観を問う出来事が起こったことから現代美術の再興になっていると話す。
そして、「日本という枠組みや限定的な因習の束縛からどう逃れるか」ということも考えるべきポイントだという。
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次に香港の大館当代美術館のアート部門長のピー・リー(皮力)氏が日本と他のアジアのアーチストとの交流の歴史について話をした。
中でもとりわけ重要だとしたのが2006年の「西京人」という北京大学でのインスタレーションだった。
M+のキュレーター(ビジュアル・アート部門)のイザベラ・タム氏は「グローバルコミュニティの一部としての日本になった時期なのです。そして日本国内では多様性が育まれていきました」と話した。
そして国立新美術館の特定研究員の尹志慧(ユン・ジヘ)氏は「キュレーターとして日本の様々な美術展を踏まえて、もう一度交流のネットワークを築きながら新たな国際展を作ろうという試みです」という。
「日本という国がこの20年の間に作家たちにどう捉えられてきたのかを、この展覧会でフューチャーしてみたいと思います」。