落語日記 コロナ禍の苦境も撥ね除けた新真打桂宮治師匠のお披露目
浅草演芸ホール 2月下席昼の部 桂宮治真打昇進披露興行
2月28日
芸協の人気者、桂宮治師匠の真打昇進披露興行に出掛けてきた。長文になってしまったが、コロナ禍での披露興行の様子を記録しておきたいと思い、書き記すことにする。
今回の宮治師匠の真打昇進は、その人気と実力を認められて、5人抜きでの抜擢昇進。芸協の落語家としては現会長の昇太師匠以来29年ぶりの抜擢昇進という快挙であり、「成金」メンバーでは柳亭小痴楽師匠、神田伯山先生に続いての、単独での披露興行となった。2月中席末廣亭から始まった披露興行は、連日満員が続いている。動画配信やSNSでも盛り上がりをみせ、まさに芸協挙げてのお祭りといった様相。という訳で、このお祭り騒ぎの目撃者となるべく、出掛けてきた。この日は浅草演芸ホールでの千秋楽、タイミングもよく、一日掛かりで参加してきた。
コロナ禍での披露目となった。宮治師匠の人気なら客席を埋めることは間違いない。しかし、感染症対策でソーシャルディスタンスで市松模様の客席として、人数制限が掛けられている。これは宮治師匠ご本人も、協会も寄席側も悔しい思いに違いない。
この大人気の宮治師匠の披露興行を感染症対策を採り入場規制を行って、混乱なく開催できるよう、寄席側も対策を講じている。
今回の浅草演芸ホールでは、事前に整理券を配布し、前売券でも当日券でもこの整理券がないと入場できないという仕組みとなっている。この整理券は、当日の午前8時から配布され、整理券をもらった人は午前10時50分までに再集合することになっている。この整理券の配布状況や行列の混雑状況などは、浅草演芸ホールのツイッターで刻々と告知されている。非常に親切な情報なので、観客として大変助かる。
SNSの情報から、前日は顔付けが良かったせいか、9時すぎには整理券が終了し満員御礼となったようだ。我が家から徒歩10分の浅草演芸ホールなので、整理券が空振りになっても、朝の散歩をしたと思えばいいやという気軽な気持ち半分、せっかくなので良い席に座れればという期待半分で、午前7時ころには家を出た。
到着したときには3、40人の行列。意外と少ない。その後、続々と行列が伸びていった。結局入手した整理番号は、34番。遠くから来られているファンの方々も多いことだろう。着物姿の女性もいらっしゃる。行列の皆さんを見ていると、楽させてもらって何だか申し訳ない気持ちになる。
入場時にも行列が整然と整理され、上手い誘導で整理番号順に粛々と木戸口に入っていく。会場内でも席取りの混乱はなく、余裕をもって席を選ぶことができた。この辺りは、浅草演芸ホールの運営の手際の良さが光る。結果的には立見も出た満員となった。
寄席は主任を盛り上げるための団体戦と言われている。最後に登場する主任の高座に向かって、多くの出演者たちが短い持ち時間のリレーで繋ぎながら徐々に会場を温めて客席全体のテンションを上げていく。主任以外の出演者は、主任の高座への期待感を膨らませ観客の高揚感を高めていく。
今回の披露興行では、普段の寄席よりそれがよく解るし、普段以上に落語芸術協会全体で盛り上げようという団体の気概を感じた興行だった。
三遊亭こと馬「穴子でからぬけ」
圓馬師匠のお弟子さん。キッチリ感あり真面目な雰囲気。初めて聴く下げ、ネギの腐ったやつ。
桂しん乃「狸札」
前座が続いてビックリ。宮治師匠の妹弟子。前名は三遊亭日るねさんで三遊亭歌る多師匠門下、廃業したのち、伸治師匠に入門し芸協に移った。久しぶりに拝見。ふにゃふにゃした子狸が可愛い。
三遊亭遊子「強情灸」
「ゆうこ」と読む。初めて拝見。遊三師匠のお弟子さん。芸協所属の若手二ツ目で構成される落語ユニット「芸協カデンツァ」メンバー。宮治師匠たちの成金が成功したので、二匹目の泥鰌ねらいか。
休日は前座が二人上がるとの説明で納得。前座二人が女性で、その後に上がった二ツ目が女性のような名前の男性落語家という可笑しさ、そんな自虐ネタから始まる。
勢いある芸風がぴったりの噺。灸を据えるさいに腕まくりすると、マジックで書かれた宮地の刺青。盛り上げ作戦は大成功。反対の腕にも「大好き」の文字。ここで宮治師匠が高座に乱入。初っ端から盛り上がる客席。
ちなみに、遊子さんは披露興行の番頭を務めているとのこと。楽屋仕事に高座にと、大活躍だ。
おせつときょうた 漫才
こちらも初見。芸協の芝居は機会が少ないので、初見の楽しみを大いに味わえる。
メインのネタは、鍋の中の食材、白菜とシュウマイを擬人化してのやり取りが笑いを呼ぶ。小ゑん師匠の「ぐつぐつ」のよう。
春風亭昇々「指定校推薦」
この浅草の顔付けでは、成金の仲間が出演する二ツ目枠と真打枠が設けられている。まずこの順番は、二ツ目枠で、小笑、柳若、昇也、羽光、昇々の皆さんが交互出演。この日は昇々さんが担当。
マクラは浅草の思い出として、この近所でテコンドーを習っていたことの話。
イケメンの外見とは裏腹な、狂気あふれる新作を聴かせてくれる昇々さん。この日の本編は、鯉八師匠に「気が狂った男」と呼ばれるような高校生の進学をめぐる新作。
指定校推薦を受けたいがために、内申書の成績にこだわる生徒が、教師に詰め寄る話。終始、この生徒の懇願というか抗議というか、必死のお願いが続く。その理由と内容が、一見理論的で、実は理屈になっていないという馬鹿々々しさ。教師に対して執拗に懇願する様子は、狂気が滲み出ている。平然と応えている教師との対比も可笑しさを増している。
瀧川鯉八「俺ほめ」
続けて、成金の真打出演枠。小痴楽、伯山、A太郎、伸衛門、鯉八の皆さんが交互出演。この日は鯉八師匠。
人気者の鯉八師匠を聴くのは、実はこの日が初めて。鯉八ワールド初体験なのだ。昇々さんの狂気の後は、鯉八師匠の不思議ワールド。落語協会には、いないタイプ。不思議な語り口と内容は、かなり衝撃的。私の落語の概念の枠から大きく外れている鯉八さんの落語。そしてそれは充分に楽しい衝撃だった。
瞳ナナ マジック
紙に書いたスプーン曲げのマジック。子供の観客の名前を書いてネタにしてプレゼント。披露興行の舞台に文字どおり華を添えたナナさん。
三遊亭竜楽「MISOMAME」
ゲスト枠として立川流、円楽一門会、上方落語協会など芸協以外の演者が出演。この日は、五代目円楽一門会から竜楽師匠。
マクラでは宮治師匠との思い出。宮治師匠を前座のころから可愛がっていて、地方公演にも度々同行させていた。そんな話を聞くと、義理ではなく本当にお祝いしたい、ひときわ喜ばれている方が出演されているのは嬉しいことだ。それは、口上の挨拶からも感じられた。
私は竜楽師匠は今回が初見。本寸法で丁寧な語り口で私好み。海外公演が多いようで、その経験を元にして外国語による落語を披露。まずは、普通に味噌豆をやってから、7カ国語バージョンを聴かせてくれた。聴きなれない言語なので、正確なのかどうか不明だが、何となくそう言っているように聞えてそれが可笑しさになっている。これが竜楽師匠の芸の技。
春風亭柳好「禁酒番屋」
ほのぼのした芸風から、芸協らしさを象徴している師匠の一人と感じている。好きだった先代柳好師匠と似ているのは芸風のみならず、特徴的な太い下がり眉だ。ニコニコ語る風貌から、登場人物に悪人はおらず、善良な落語世界の住民たちの大騒ぎが楽しい。
仲入り(感染症対策のため、換気通風のための小休止)
コント青年団 コント
青木イサムさんと服部健治さんのコンビ。今回は先生と生徒のコント、お馴染みのネタだ。服部健治さんが、N国党首の立花孝志氏に似ていることをいじられ大受け。今はこの激似イジリが最強ネタ。
桂右團治「動物園」
膝を痛めているようで、合曳(正座椅子)を使用。マクラから上方弁。あれ、上方落語の方だったっけ、とちょっとビックリ。お馴染みの噺の上方版。こんなに笑いを取ってる師匠だったのか。芸協の寄席に行く機会が少なかったので、その変化に驚いた。
桂小文治「長短」
浅草演芸ホールはツイッターでネタ帳の写真をアップしてくれるので、演目名が分かり、日記を書くには大いに助かっている。竜楽師匠のネタも、この小文治師匠のネタもツイッターのネタ帳で判明した。というのも、いつも聴くお馴染みの「長短」とは異なる内容で、ネタ帳を見ないと分からなかったからだ。ネタ帳を見なければ、おそらく「漫談」と書いていたはずだ。
噺は、地方へ行って道を尋ねると、地元のおじいさんがノンビリ気長な返答をするというもの。噺の趣旨はまさに長短で、尋ねる方が短七、答える方が長さんと重なる。
林家今丸 紙切り
舞妓(鋏試し)・宝船・宮治師匠・お客さんの似顔絵
柳家蝠丸「新桃太郎」
毎日の口上では伸治師匠の話が長い。なので、伸治師匠の為に自分の高座時間を5分削りますと宣言して短めに切り上げた。かっこいい蝠丸。さすがの連携プレー、伸治師匠の口上が楽しみだ。
マクラは志ん生師と先代正蔵師の楽屋での会話のネタ。その後、昔話の桃太郎のパロディの小噺で会場を盛り上げて切り上げる。
仲入り
真打昇進披露口上
鯉八(司会)・伸治・竜楽・宮治・小文治・蝠丸・柳橋
司会に若手を起用したり、口上の順番が本日の主役の師匠から始まるなど、落語協会の口上ばかり見ている者からすると、ちょっとビックリ。
また、トップバッターの伸治師匠の口上が、ノンビリな漫談でまたまたびっくり。蝠丸師匠も伸治師匠のことばかり話して終わり、大喜利の様相。
竜楽師匠は、前座時代から優秀だった、地方公演での前座として仕事を頼んだことの恩義を感じて、披露目に呼んでくれたのは彼だけ、そんな話で宮治師匠や客席をウルウルさせる。小文治、柳橋両師匠がきっちり締めて口上らしさを取り戻す。
東京ボーイズ 歌謡漫談
後半の色物さんは、芸協のベテラン色物勢ぞろい。お二人の歌が聴けるとほっとする。今、落語協会ではボーイズの楽しさを味わえないので、芸協ならではの色物といえる。
春風亭柳橋「魚根問」
噺は「やかん」の前半部分の魚の名前の由来のところまで。軽い噺で、客席を温めたまま次につなぐ。ポジションをわきまえたベテランの技、さすがです。
桂伸治「あくび指南」
さていよいよ膝前という出番、主任の高座の盛り上げ役を師匠が上手くアシストされた。
ニコニコと笑顔で登場。本当に嬉しそうだ。その気持ちが前面に現れた本編。とにかく明るい高座。登場人物が皆、今回の昇進を喜んでいるかのように聞こえる嬉しそうな語り口。客席にも嬉しさが伝わってくる。弟子の昇進披露をこんなに素直に喜べる師匠も珍しい。
ボンボンブラザース 曲芸
さて、いよいよ膝代わりはベテランのお二人。観客と行う帽子投げの曲芸が十八番。この日も前列の男性が指名された、突然の指名に、帽子投げに苦労する男性。それでも、最後は観客からの帽子投げを何とか頭でキャッチを成功させ、拍手喝采。会場がおーっ、と盛り上がって主任へバトンを渡す。芸協最強の膝代わりだ。
桂宮治「蛙茶番」
盛り上がりの中、いよいよ新真打の登場。午前8時前に列に並んだ人達は、早朝に家を出たはずで、一日掛かりで観に来た高座なのだ。期待が高まらないはずもなく、満場の大拍手で迎える。お辞儀のあと、鳴り止まない拍手に両手で指揮者のように合図して拍手をコントロール。この時点で大爆笑。
マクラから飛ばしていく宮治師匠。得意の観客イジリが炸裂。目の前に子供を見つけ、隣のお母さんと子供の朝の会話を空想して再現してみせる。嫌がる子供を自分の趣味に付き合わせるという架空の設定。この観客をネタにした即興噺が大受け。大人気による面倒な入場規制の状況を、少しの毒舌と客観視で観客の共感を呼ぶ笑い。これも宮治師匠の魅力のひとつだろう。
ご贔屓のおじさんとのメールの遣り取りも紹介して笑いに変える。客席にそのご贔屓さんを見つけたに違いない。これも観客イジリ。毒舌を浴びせて相手を喜ばせる、これは中々の技。
今日は楽屋に落語協会の林家あずみさん、林家つる子さん、林家たま平さんが来てます、そんな話をしていたら、伸治師匠が三人を連れて高座に乱入。こんなハプニングも盛り上げる余興となる。結果的に、協会をまたいでのお祭り気分が伝わる。これも宮治師匠の人徳。
元々役者志望だった宮治師匠、演劇役者の物真似でも笑いを取る。そんなマクラの流れから、素人芝居の噺と上手い流れ。
本編に入ると、徐々にテンションを上げていき、後半はバカ半の一人舞台。小僧定吉との掛け合いが楽しい。
道端で下半身丸出しの場面から、猥褻さ下品さと、可笑しさ楽しさを天秤にかけて、微妙に可笑しさと楽しさが勝っている。ここは宮治師匠の力技。爆笑の場面連続で。観客も笑い疲れするくらいだ。細かいクスグリも宮治流のアレンジ。身体全体を使っての表現も迫力満点。
舞台番に付いた半公、客席のみい坊を探すが見つからない。自慢のフンドシを見せようと着物の裾をくるっとまくり、「みいちゃんはどこ?」と浅草演芸ホールの客席を探し出す。女性客を見つけては「みいちゃん?」と観客イジリ。
高座が素人芝居の舞台となり、半公と宮治師匠が重なって、客席も大喝采。実際に下半身を見せてる訳ではないのに、客席が恥ずかしくなるという大熱演。下品さも吹っ飛ばす、可笑しさ爆発の熱演。
お披露目の演目として、あえて爆笑必至のバレ噺を持ってきた。ギリギリの卑猥さ下品さで勝負した宮治師匠。結構な冒険だと思うが、観客を満足させたいというサービス精神が勝って、ウケる演目を選んだのだろう。
いずれ、令和の爆笑王との異名が冠される日も遠くないだろう。そう感じたお披露目の高座だった。