落語日記 春の嵐を味方につけて悪党譚を聴かせてくれた春陽先生
神田春陽連続講談の会~徳川天一坊 その20
3月13日 墨亭
この日は馬治師匠の久々の高座があると知り、予約を入れて訪問。神田春陽先生の連続物の会で、馬治師匠はゲスト出演。会場の墨亭は今回が初訪問。
墨田区の東向島にある鳩の街は、戦後も旧赤線が残っていた場所。この近所の鳩の街商店街の入り口付近に墨亭がある。墨東奇譚の舞台となった永井荷風が通ったという玉の井遊郭があった場所からもほど近い。
現在残っている鳩の街通り商店街は、90年近くの歴史を持つ古い商店街で、東京大空襲をまぬがれたので、通りの道幅は戦前のまま。会場へはこの商店街を通っていくと、確かに、商店街としては道幅が狭い。向島は、こんな路地がいたるところにある地域。
この墨田区向島界隈の地域に根ざした寄席をコンセプトにしているので、会場の名前も、隅田川沿いの古い呼び名の墨堤に、洒落でかけて名付けられたそうだ。そして、向島は、江戸後期に江戸落語中興の祖である烏亭焉馬が咄の会を開いていた落語所縁の場所。
そんなところに建てられた墨亭。昔は町内に一軒は有ったという寄席。おそらく、昔の寄席はこんな風だったのではと思わせる造り。歴史好きな寄席ファンからすると、以前の寄席の雰囲気を偲ばせる風情はたまらない。
この墨亭の開場とほぼ同時に始まった春陽先生の長編講談を連続で読む会。一年半に渡って読み進めてきた長編講談「徳川天一坊」がこの日に大団円を迎える。私は初参加にして、最終回での参加となった。毎回通っているご常連さんも多いようだ。削減した定員14名で、満員御礼の盛況。
当日は春の嵐、一時的には雷も鳴る暴風雨。会場は古民家なので、換気のために窓を少し開けている。そのため、雨交じりの隙間風が吹き込んでいる。高座も嵐の予感。
神田春陽「木津の勘助」
まずは、春陽先生の一席からご機嫌伺い。まずは、ゲストの馬治師匠の話題。馬治師匠とは、二人で東北地方を巡業することが多かった。東北大震災後も北上や宮古に出掛けたそうだ。そんな旅の思い出。
本編は、江戸時代前期の土木技師で開拓者だった実在の人物、木津勘助がモデルの演目。
木津川の治水や堤防を築いて、大坂の発展に大いに貢献した勘助。冷害で不作のさい、大坂城の米蔵を破って庶民の救済にあたり、大坂町民の英雄的存在となった。その勘助と大坂商人との交流を描く。
実在の人物の若かりし頃を、張扇で釈台を叩く回数も抑えめにして、淡々と物語を進める。春陽先生らしさを感じる一席。
金原亭馬治「短命」
ゲストの金原亭馬治師匠は墨亭初登場。仲良しの春陽先生とは会や旅を共にすることが多かったので、面白エピソードは数多くあると思われる。この日も、春陽先生と北上に行った際の、女性が接待する飲み屋での思い出話を披露。文章に出来ないきわどい内容で、会場は大受け。この狭い空間、少人数の前だから話せた逸話。寄席では絶対に聞けないマクラ、この日、行ったかいがあった。
本編は、最近よく掛けている噺。男女の機微に鈍感な熊さんに対して、辛抱強く説明し続けるご隠居が穏やかで優しく、馬治師匠らしい短命。例え話に、夏の風景、冬の風景を丁寧に語って聞かせる。欠伸指南のように、季節感を感じる噺に仕上がっている。
仲入り
神田春陽「徳川天一坊 その20 召し捕り~大団円」
馬治師匠の思い出話を受けて、反撃するマクラ。こんな遣り取りも、この会ならではの楽しさ。
トリの演目は、本日のお目当ての連続講談の最終回。コロナ禍の影響もあって、間隔が空いてしまい、台本を探すのにも手間取ってしまった。この演目を最後まで通して掛ける講釈師は、そうそういない。なぜなら、最後の召し捕りの段は、そんなに面白くないから、とのこと。そんな冒頭の解説から始まる。
この「徳川天一坊」は実話に基づいた演目。江戸時代中期、山伏の天一坊改行が将軍吉宗の御落胤を称し、浪人を集めて市中を騒がせたという事件を脚色したもの。名奉行の大岡越前が活躍するが、史実では大岡越前は関係していないらしい。大岡越前をヒーローとして登場させ、何でも大岡政談としてしまうところが講談らしい。
侠客物でも世話物でもない、強いて言えば悪党物。最後は召し捕られて獄門となる最終回。悪役たちの最後の悪あがきが聴かせどころか。
風雲急を告げる場面の連続、ときたま雷が落ち暴風雨が荒れ狂う天候は、この物語のBGMにピッタリ。この春の嵐が、春陽先生の熱演の盛り上げ役となった。