落語日記 小さな地域落語会を盛り上げてきた扇辰師匠
第60回ととや落語会 入船亭扇辰の会
12月1日 下板橋駅前集会所
寿司店「ととや」の親方主催の落語会が今回で、なんと第60回を迎えた。落語好きな親方が自ら落語会を主催したのが2007年(平成19年)で、今から17年前のこと。そして現在に至るまで、年4回ほどの開催を続け、コロナ禍での中断も乗り越えて、この日、第60回という節目の回を迎えた。
この17年間という期間、最近ではコロナ禍という大きな出来事もあったが、それ以外にも主催者の親方には、観客の我々には見えない苦労があったことだろう。そんな楽屋の苦労は微塵も感じさせず、いつも自らの身体を張った馬鹿々々しくも可笑しい芸を披露して、観客を楽しませてきた。寿司職人のときと全く違う、エンターテナーの顔を見せ続けてくれた。この落語会は、プロの落語家の凄い芸を間近で見せてくれるのと同時に、親方が芸を披露し続けて、この17年間もの歴史を重ねてきたのだ。
振り返れば、この会を主催し芸を披露してきた親方の功績が大きいのは勿論のことだが、出演された落語家さんたちや、この会に通い続けてきた常連さんたち、その皆さん全員の力で達成されたのが、今回の60回という記録だと思う。
私がこの落語会に通い始めたのは、2010年ころからなので、約14年間は通っている計算。そして、私がライブでの落語の魅力に気付かされて落語沼にハマったのも、この落語会が切っ掛けだったのだ。親方チョイスの多くの魅力的な落語家と出会えたのも、このととや落語会のおかげ。この節目の回に参加して、改めて親方にお祝いと感謝の意を表したいと思う。
そして、この日に記念の回の舞台を飾るのは、人気者の入船亭扇辰師匠。常連さんにも絶大な人気を誇る師匠だ。この日も扇辰師匠の熱演で大いに盛り上がり、節目を祝うに相応しい会となった。
親方の余興「ワイルド村ちゃん」
まずは、前座代わりの親方の余興がお約束。この親方の余興は、何種類かの持ちネタがあり、毎回どのネタを披露してくれるのかが常連さんの楽しみになっている。そんな期待で待つ常連さんたちの前に登場したのは、袖なしのGジャンに切りっぱなしのジーンズの短パン姿で、大型のコーラのペットボトルを持った親方。もちろん、ペットボトルにキャップはない。このキャラは初めて拝見するもので、良い意味で常連さんたちの期待を裏切った。
この妙に可笑しい若作りな服装は、杉ちゃんのパロディ。ということで、第60回を記念する節目の回を祝うように、ワイルド村ちゃんが初お目見えだ。ワイルドな小噺と「ワイルドだろう」という決め台詞に、常連さんたちは大喜び。ちょっと前に流行った人気者を選ぶ親方のセンスにも唸らされる。いつもながら、会場を盛り上げる親方の捨て身の芸はお見事。長年に渡って人前で芸を披露し続けてきたのは伊達じゃない。
入船亭辰むめ「子ほめ」
昨年の扇辰師匠の会での出演に引き続き、今回も露払い役として登場。今回は見習いではなく、今年の2月上席から正式な前座となって、文字通りの前座としての高座。楽屋仕事や寄席の高座も経験されて、一年前とはずいぶん変わったという印象を受けた。携帯電話などの注意のアナウンスも、前回は扇辰師匠からお小言をもらったが、今回は笑いをとりながら上手く伝えている。これからが楽しみな前座さんだ。
入船亭扇辰「ちはやふる」
扇辰師匠はこの会のレギュラーメンバーで、年に一度の12月出演は定位置となった。なので、客席にいて感じる常連さんたちの期待感が凄い。客席は満場の拍手喝采で迎える。この日は末廣亭で主任を務めてからの出演。人気者のととや落語会出演は嬉しい限り。
一席目は、笑いどころの多い滑稽噺から。知ったかぶりのご隠居の強引な屁理屈が馬鹿々々しい。質問した男の納得したような、していないような表情もさすが。
仲入り
入船亭扇辰「藪入り」
マクラは、この噺の定番のペストや鼠捕り、警察の懸賞の話などを丁寧に。これが噺の後半で効いてくる。なので、このマクラを聞いて、この演目を掛けてくれるのかあ、と期待が一気に高まる。
この噺はどちらかと言えば人情噺なのだが、かなり極端にエキセントリックに走った父親の言動が馬鹿々々しくて、爆笑の絶えない高座となった。
久し振りに帰ってくる息子の亀に、あれも食べさせたい、あそこにも連れて行ってやりたいとの思いを熱く語る父親。その思いが募りすぎて、尋常を突き抜けているのだ。扇辰師匠も父親の馬鹿々々しさを楽しんでいるかのように感じる。そして、ついに帰宅した亀を迎えるのだが、会いたい気持ちが高じて、父親は亀に目を向けることが出来ない。ここは父親の愛情表現として、ひとつの山場。
そのあとに、母親が亀のガマグチの中から十五円を見つけ、父親は亀が悪事を働いたと勝手に思い込んで激高。父親の感情は喜びの頂点から、怒りと悲しみの頂点へと一気に急降下。落語世界の住人としては珍しくない、感情の起伏が極端に振り切った性格の父親。この直情型の登場人物の感情表現を、この日の扇辰師匠の一席では、感情の起伏の振り幅をマックスで振り切って見せてくれた。この演目の特徴である愛憎両面の極端さを、まさに上手く活かしてた扇辰師匠だった。
抽選会
扇辰師匠の高座で盛り上がった客席の熱狂が冷めやらぬなか、親方も高座に登場して引き続き節目の回を記念した抽選会が始まった。景品は親方と扇辰師匠が用意、色紙など貴重な品もある。
観客には事前に番号札が配られている。袋の中から番号札を扇辰師匠が引いて読み上げる方式で、いよいよ抽選会が始まる。最初に読み上げられた番号が、なんと自分の番号。やったー、と番号札を掲げて当選をアピールすると、やり方は分かりましたね、では次から本番です、えーっ、で会場を盛り上げる。扇辰師匠にイジってもらい、思い出深い回となった。