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落語日記 遊かりさんが見せてくれた花魁は、なかなかに新鮮な印象

三遊亭遊かり独演会 vol.18
3月8日 日暮里サニーホール コンサートサロン
毎回通っている遊かりさん主催の独演会。前回は日程が合わず不参加。第1回から休まず通っていただけに、皆勤賞を逃すことになり残念。
前回までの本拠地のお江戸日本橋亭が、2024年1月より当面の期間、ビル建て替え工事により休館となり、今回より新会場に移転。
この会のコンセプトは、遊かりさんが背中を追いかけていきたいと憧れている先輩の真打をゲストに迎え、その胸を借りて腕を磨こうというもの。今回のゲストは、笑点でお馴染みの三遊亭好楽師匠。最近は大物ゲストが続いている。BS笑点の女流大喜利に出演している遊かりさん。そんなご縁で、好楽師匠を招聘できたのだろう。この日のゲストも、追いかけたい背中が高くて遠い人気者。そんな高みを目指す遊かりさんの意気込みが伝わってくる。と同時に、自分の会に来てくれる観客を喜ばせたいという強い思いも感じられる。そんな遊かりさんの気持ちが前面に出ている会なのだ。

桂れん児「寿限無」
桂歌助門下の前座さん。この会は昨年以来で3回目の出演。
寿限無の長い名前を途中で省略して、これが不思議と笑いを呼ぶ。皆が感じているこの噺の冗長さを皮肉っているようで、新人らしい新鮮な視点が面白い。

三遊亭遊かり「鷺とり」
マクラで、この日のゲストの好楽師匠を招聘できたことの喜びを語る遊かりさん。
BS笑点の若手大喜利に出演したときの司会者という好楽師匠とのご縁。今回の出演を好楽師匠へ依頼するにあたって、そのタイミングを計っていた。王子の居酒屋の名店である宝泉で行われる毎年恒例の瀧川鯉昇師匠の忘年会に、好楽師匠と遊かりさんも参加。この宝泉は、生ホッピーで有名な店で、好楽師匠が生ホッピーを2杯飲んだタイミングでお願いしたとのこと。
この宝泉の生ホッピーは、割られる焼酎の量が半端なく多く、3杯飲むと普通の人は潰れるという噂の代物。酒に強いという好楽師匠でも2杯飲めばかなりご機嫌になったはず。遊かりさんはそんなタイミングを見計らって頼んだのだ。こんな作戦を考えるほど、遊かりさんにとって好楽師匠を迎えることは一大事だったということなのだ。
そして、今回から移転してきた会場の思い出話。この会場は、以前、遊雀師匠が独演会を行っていた場所。前座のころ、運営の手伝いでここに通っていた。音響などの調整室が二階にあり、裏方が一人だとなかなか大変な会場らしい。
そこから、前座時代の思い出話。寄席の日給は千円だったとのこと。修行とはいえ、経済的にはかなり厳しい。そこで、楽屋で忘れ物を貸すと先輩方から謝礼がもらえることから、予備の足袋や和装の小物を用意しておいて、謝礼を貰って稼ぎの足しにしていたとのこと。さすが遊かりさん、亀の甲より年の功、気遣いと社会人経験を活かした前座時代の生活の知恵だ。
長いマクラのあとの本編は、2022年11月の「遊かり一花のすききらいVol.11」で聴いている噺。おそらく、遊かりさんが好きで得意な噺。まったくよどみなく、噛まずに流暢な一席。場数を踏んでいることを感じさせる演目からスタート。

三遊亭遊かり「親子酒」
一旦高座を降りて、着物を着換えて再登場。これで、演者も観客も2席目という区切りがつけられる。
マクラは、この時期、花見の噺をしたかったのに、今朝のいきなりの雪という嘆きから。花見の噺は、今月の別の会でやりますので是非来てください、とのこと。
続いて、遊かりさんのマクラではお馴染みの話題、日本酒販売員時代の思い出話。ワインばかり売れていたクリスマス商戦が終わったとたん、正月用の日本酒が売場を占めようになる。そこで見られるのが、試飲だけして買っていかない常連客と、店員である遊かりさんとの攻防戦。店員の間では試飲魔と呼ばれるくらいの有名人。買わないと分かっていても、接客サービスは怠れない店員の辛さ。そんな悲哀を面白可笑しく聴かせてくれる。日本酒の販売員だけあって、その試飲会や関係者の飲み会では常にベロベロになったという思い出。そこから、酔っ払いの噺へ上手い流れ。
この大旦那の酒に賤しいところが協調されているのは、飲兵衛の気持ちが分かる遊かりさんならでは。女房に着物一式を強請られ、結局は高くついた家飲みだ。
飲みながらつまむ肴は、お馴染みの塩辛。この食べ方がぐずぐずで、徐々に酔っていく様子は、意地汚い酔っ払いの生態を見事に表現。ここでは、日本酒販売員の観察力やご自身の飲酒経験が活かされているのだろう。
酔った大旦那が語った珍しいセリフは、女房の前なのに、女性二人で楽しく酒を飲む話。女房がよく怒り出さないものだ。女房に弱いように見えるが、亭主関白な時代の匂いを感じさせるセリフだ。
帰ってきた若旦那、酔っ払う経緯の説明で、菅さん麻生さんと廻って若旦那が飲まされたのは岸田の旦那というクスグリ。これもなかなか楽しい、遊かりさんのサービス精神を感じさせる一席だった。

仲入り

三遊亭好楽「胡椒の悔やみ」
満場の拍手で迎えられるも、神妙なお顔で登場。開口一番、正月に転んで怪我をして、やっと正座ができるようになったとのお話。
その後のマクラは、笑点の引退を発表した木久扇師匠の話へと移り、徐々にヒートアップ。気が付けば、会場は爆笑の渦だ。木久扇師匠の話を楽しそうに語る様子から、お二人の仲の良さが伝わる。元々、8代目林家正蔵の兄弟弟子だったお二人。ご縁は、かなり昔からなのだ。
本編は、初めて聴いた珍しい噺。古典落語らしいが、あまりお目に掛かれない噺。
通夜に出掛ける長屋の衆が集まり、いつも笑っているように見える表情の八五郎は悔やみの席では問題ありと、なんとか悲しみの表情を作らせようと奮闘する町内の仲間たち。その馬鹿々々しい工夫が、胡椒を食べさせて苦悶する表情で悲しんでいる様子に見せようというもの。
この主役の八が、どちらかと言えば与太郎キャラ。無理やり胡椒を食べさせられたときにヒーヒーと悶絶する様子は、まさに顔芸。好楽師匠弔いの場面では、弔問客の悔やみの挨拶が見せ場。長々と悔やみを述べる男はなかなかに聴かせる悔やみ。そして悔やみが脱線して、女房との惚気話になるという不思議な噺なのだ。
演り手が少ないであろう演目を、大切にして好楽スペシャルで聴かせてくれた。結果、客席も満足な一席だった。そんな、好楽師匠の演目に対する思いも、遊かりさんにとっては刺激になったことだと思う。

三遊亭遊かり「お見立て」
遊かりさんの主任の一席。まずは、好楽師匠の新刊本を手にして紹介。高座の上で、好楽師匠への恩返しだ。
さて、主任の演目は、2019年9月に開催されたこの独演会の第1回の主任ネタとして掛けた噺。私も遊かりさんで聴くのは2度目。女流落語家としては、なかなか難しいと思われる廓噺に挑戦されている遊かりさんだ。
噺のマクラは、江戸の頃、女性が出世した職業と言えば吉原の花魁、そんな言葉から。この言葉は、遊女の社会的な立場が、現在の性風俗の女性とは異なるものであることを伝えている。幾代餅の例でもお馴染みなのだが、当時の花魁は現代で言うと一種のアイドル的な存在、人気者の芸能人のような側面もあったようなのだ。ということで、廓噺であることが冒頭に伝えられてから本編に入る。

まずは、喜助と喜瀬川花魁の会話から始まる。おーぅ、お見立てかあと、ちょっと意外な感じ。廓噺に果敢に挑戦されている遊かりさん。第1回で披露したときと同様に、この日も主任ネタとして披露。かなり力が入っていることが分かる。
滑稽噺でもあるこの演目は、登場人物の性格が笑いの源泉となっている。しかし、遊かりさんが見せてくれた男性陣は、人の好い人達で笑い者にはしていない。
まずは、喜瀬川に一途で純朴で思い込みの激しい田舎者である杢兵衛お大尽。遊かりさんが見せてくれたのは、喜瀬川が嫌がるほど気味悪くもなく、野暮天でも無粋でもないように感じられた。言葉も田舎弁が薄目、感情の起伏もそんなに激しくない。
若い衆の喜助は、かなり真っ当な常識人だし、杢兵衛お大尽を上客として扱う商売人でもある。喜瀬川が、なぜ杢兵衛お大尽を嫌っているか理解不能な様子。また、喜瀬川から科を作くられても、それは客の前でやってくれと冷静に突き放す。これを毎度繰り返す。嫌々ながら、杢兵衛お大尽に噓の断りを入れる喜助は、職務に忠実な本当に好い奴なのだ。
登場する男性陣がそんな好い奴なのに対して、喜瀬川の性格は最悪だ。我がままで、自分勝手。客を選り好みしているというより、職場放棄している。それでいて、お茶を挽いていると文句を言う。良く言うと強か、辛い身分からくる我儘なのか。
登場人物の性格描写が、今まで聴いてきたお見立てと、若干異なる印象なのは、女性演者だからか、または遊かりスペシャルなのか。そんな意味では新鮮に聴けた。ただ、滑稽噺として登場人物の破天荒さが少なめなのは、人情噺に寄せているためなのか。いずれにしても、遊かりさんの解釈と表現が、なかなか新鮮なお見立てだった。


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