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落語日記 出演者のバラエティさに富んでいる楽しい寄席

鈴本演芸場 8月中席夜の部 橘家文蔵主任興行
8月9日
連休前の金曜日の夜、仕事を切り上げて向かったのは久々の寄席。この芝居は橘家文蔵師匠が主任、顔付けもユニークなので出掛けてきた。

遠峰あこ アコーディオン漫謡
あこさんの高座から途中入場。あこさんは落語協会員ではなく、ゲスト出演。実は、この日があこさん初体験。華やかさが鈴本演芸場の高座によく似合う。ぜひ落語協会の会員になって欲しい。
パリで流しで歌ってきたという思い出からのメドレー。「オーシャンゼリゼ」「私の京浜東北線(プッチーニの曲に載せて)」「ぼくカッパ巻(オリジナル)」「東京節」

春風亭一朝「桃太郎」
いつもながらの安定感。お馴染みな噺なのに、笑ってしまうという、全くもって正統派、お手本のような一席。歯切れの良さは天下一品。
古典の退屈さを感じさせず、現代のエンタメとして通用するような演者の工夫があるから古典落語は観客を楽しませることができると考えている。この一席で言うと、金坊が父親を遣り込める生意気な理屈が、現代の客席の笑いの感性にマッチしたものだ。金坊が父親に教えた「普遍性」という言葉、思わず吹いてしまった。

柳亭こみち「女泥棒」
仲入りを任されたのは、古典でも異色の改作を見せている爆笑派のこみち師匠。
マクラは、寄席の楽屋は男女の区別がないという話。着替えの工夫で、見えてもいいように黒いシャツと黒いタイツのようなものを下に着込んでいる。これに腰ひもを付ければまるで、某アニメキャラの女泥棒。そんな前振りから本編へ。
噺は自作の新作。大店のお嬢様が伝説の女泥棒に弟子入りし、盗みを実践する修行なかで見せる大騒動。泥棒志願のお嬢様は、こみち師匠がよく見せてくれる天然の不思議ちゃんキャラ。師匠である化け猫のお貞が常識人なので、その遣り取りのギャップが可笑しい。最後に、一朝師匠の演目と同じ「桃太郎」をひと踊り。

仲入り

ダーク広和 奇術
ロープの結び目が移動するマジックから。その後、各色のロープの組合せを取り出し、それらを混ぜると五色のロープで五輪のシンボルが出来上がる。パリオリンピックにちなんだネタはさすが。後半のファンカードも、地味ながら見事だった。

田辺いちか「豆腐屋ジョニー」
いちかさんも落語協会員ではなく、ゲスト出演。こんな顔付けが見られるのが文蔵主任興行の楽しさ。鈴本演芸場の英断もあったのだろう。
本編ではない演者の話を、講談ではマクラではなく「引き事」と呼んでいる。これは講談の本筋に関連して、講釈師の体験談や豆知識などを余談として聞かせることを言うらしい。なので、引き事を話します、大豆は小さいのに、なぜ大きい豆と呼ばれるのか。ちょっとした薀蓄話。これが本編のモチーフと繋がっていると、後で気付く。
本編は、三遊亭白鳥作のお馴染みの演目。多くの落語家が掛けているが講談で聴くのは初めて。この演目は白鳥作品のなかでも浪曲の清水次郎長伝がベースという「流れの豚次伝シリーズ」と同系統の任侠物。なので、講談の演目としてもピッタリなのだ。張扇叩きながらリズム良く、豆腐とチーズたちが繰り広げる任侠の抗争と悲恋を描いていく。笑い声で言えば、私が入場してから一番多かったと思う。
近所に在住の身としてツボったのが、物語の舞台のスーパーが浅草の三平ストアという設定。よりリアルに場面が浮かんできた。

春風亭百栄「露出さん」
駒治師匠の代演で百栄師匠の登場。笑いの多い熟練の一席だった。
本編に登場する露出さんは、引退を考えるほど長年に渡り街に出没し続けて、今ではすっかり街の人達と馴染んでいる。出没時間が決まっているので、まさに、先々の時計になれや小商人と同じ状況。露出さんによって性犯罪の抑止にもなり、街の治安維持にも貢献し、本来の被害者である少女たちからも慕われている。
そんなあり得ない風景は爆笑を呼ぶのだが、この百栄師匠の演じる露出さん自体、寄席の高座でも違和感がなくなっている。それでいて、爆笑を呼んでいる。寄席の世界では、まだまだ見せ(店)仕舞いして欲しくない露出さんだ。

風藤松原 漫才
協会では文蔵門下で、文蔵師匠の芝居の常連。設定はシンプルだが、次から次へと繰り出されるネタで、寄席にぴったりなスピード感あふれる爆笑漫才。この日は高校教師と生徒役になって進める生活指導やことわざの授業で笑わせてくれる。

橘家文蔵「スナックヒヤシンス」
袖から笑顔で登場するなり、照れたような笑顔で客席を指さして横断幕をしまってくれと。客席を振り返ると、真ん中くらいの列のお客さんが「楽しい落語をありがとう!」などのメッセージが書かれた2枚の横断幕を掲げていた。寄席での応援の横断幕は初めて見た。さすが、熱狂的な贔屓の多い文蔵師匠だ。
そんなマクラの途中で、客席の携帯からピューッピューッという緊急地震速報の警告音が鳴り、そのうち客席全体が揺れ出した。前日の宮崎の地震で南海トラフ地震のニュースも流れている中、客席にも緊張が走る。しばらくして止んだが、文蔵師匠も初めての経験で焦ったようだ。何も自分の高座で揺れなくても、俺は持ってるかも、とリカバリー。

本編は、林家きく麿師匠の新作。きく麿色がかなり強い演目。おそらく、演じ手はきく麿師匠以外はそうはいないだろうと思われる演目。そんな演目に挑戦するという無茶、ヤンチャな文蔵師匠ならではの楽しさだ。
ネットを見ると、この日は浅い時間にはきく麿師匠がこの演目のエピソード0を掛けて、文蔵師匠が主任の高座でその続編を掛けるというコラボ企画だったらしい。残念ながら、私は途中入場だったので、きく麿師匠のエピソード0は聴けなかった。文蔵師匠が本編に突入して、柿ピーを食べ出す仕草で笑い声が起こっていたのは、前方のきく麿師匠の前振りがあったからだと、家に帰ってネットを見て納得。
この不思議な演目の世界に、違和感と照れを見え隠れさせながら、登場人物が文蔵師匠の任と合わないスナックのママとチーママという高齢者の女性同士の会話を進めていく。その二人は可愛くて、そんなに高齢者にも見えなかった。ただ、舞台となるスナックの場末感は、見事に表現されていて、この辺りは文蔵師匠の生活圏とかぶっているからなのかも、そんなことも感じさせる。
中盤の見せ場、常連客のヤマダの悪口をリズムに載せて踊りながら歌うように言い合う場面がある。これが見ている方も恥ずかしくなるような場面、文蔵師匠も恥ずかしさを飲み込んでの熱演で、思わず応援したくなる場面だ。
終盤に、嫌われている客、噂のヤマダが店にやって来る。そこからが、またひと騒動。このヤマダともう一人のホステスがデュエットでカラオケを歌う。その歌がきく麿師匠作のオリジナルな歌らしいのだが、これがよく出来た歌詞で、まじに曲としても存在しそうなもの。タイトルが「恋のオーライ~坂道発進~」というらしい。これを熱唱する文蔵師匠、普段からスナックでカラオケを歌い慣れている雰囲気ぷんぷん。大いに盛り上がった。
顔付けも含めて、バラエティーさに富んだ楽しい寄席だった。


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