落語日記 一日で様々な顔を見せてくれた一之輔師匠
第23回一之輔たっぷり 後援会主催落語会
8月31日 鈴本演芸場 余一会昼の部
毎年1月31日と8月31日は、鈴本演芸場の余一会として、春風亭一之輔師匠の後援会主催の会員限定の落語会が開催されている。前回の1月31日は夜の部だったが、今回は昼の部。なので、一之輔師匠はこの昼の部からスタートするので、体力充分での独演会なのだ。
今回のゲストは、この9月下席より真打に昇進する弟弟子の春風亭朝之助さん。一之輔師匠は、弟弟子の真打昇進を強力に応援している。台風10号が近づくなか、満員の会場。相変わらずの大人気。
春風亭貫いち「熊の皮」
前座さんは4番弟子の貫いちさん。今年の11月上席より二ツ目昇進が決まっている。
人の好い甚兵衛さんと気の強い女将さんの描写は、すでに二ツ目級。医者は甚兵衛さんが大好きで、どんなにボケても決して怒らず、嬉しそうに反応してみせる。この甚兵衛さんのボケを、反発せずに受け入れる医者の反応は、まさに師匠譲り。
春風亭一之輔「かぼちゃ屋」
まずは、この台風が近づいている状況下でも来場してくれた満員の観客に対して、感謝の言葉から始める。楽屋でもテレビの台風情報をチェックしていて、紀伊半島から真北の方向に移動する予報。その先の能登半島で明日、24時間テレビの枠内で笑点の生放送があるとのこと。今日は夜の部まであり、明日には台風の能登に居る。自虐的な表情で笑いを取るが、その過密なスケジュールに身体は大丈夫だろうかと心配になる。
貫いちさんの一席を受けて、甚兵衛と与太郎との違いを解説。演者による違いは多少あるだろうが、甚兵衛が好人物ではあるが極度な粗忽者であり、与太郎は愚か者の代表、そのような趣旨だったと思う。そこから、やってみます、と与太郎兄弟の小噺を披露。前座が「からぬけ」の冒頭で演るので良く聴く小噺だが、一之輔師匠で聴くとなかなかに新鮮だ。
本編は、この季節の定番であり、一之輔師匠の得意の演目。何度も聴いてきた噺だが、聴くたびに新鮮な印象を受ける箇所がある。その代表的なものとして、与太郎が唐茄子屋政談の若旦那と道で突然に出会う場面は、すっかりお馴染みとなった入れ事。この場面でも、与太郎のセリフが増えて、長くなっている。ひとつの見せ場として、定着してきたようだ。
まず一席目は、そんな定番の噺から入っていった。
春風亭一之輔「寝床」
二席目もたっぷりのマクラからで、一之輔師匠の青春時代の思い出話でたっぷり楽しませてくれた。
自分が落語家になりたいと思った出発点の話として、高校時代に遡る。寄席に行って落語が好きになり、進学校にいながら勉強はほとんどせず、カールを食べてぼーっと過ごしていた。皆さん、0点を取ったことがありますか。そのひと言で、爆笑とともに一之輔師匠の高校時代は、いかに勉強していなかったかが伝わる。
卒業してから、浪人時代に初めて一生懸命勉強し、日大芸術学部に合格。大学時代には落語研究会に入り、学部の友人は一人もいなかった。落研の先輩からは、学部の同級生たちの悪い評判を聞いて、あまり近寄らなかったので友人も出来なかった。
授業でラジオCMを作るという課題が出て、落研の先輩からのアドバイスで、風俗のラジオCMを作った。結果、学部の女子がドン引きし、ますます学部の仲間から浮く存在になってしまった。思えば、学部の同級生たちは皆まともで、落研の方がいかがわしい集団だった。そんな、一之輔師匠の青春の苦い思い出は、爆笑とともに我々観客も青春時代を懐かしみ、共感を覚えるものだった。
そんな落研の仲間の中にいることで、落語に対する強い想いが育まれていったのだろう。そして、落語を職業とすることを選択し、今日に至る。
こんな思い出話から、芸事を職業とする者と好きな芸事を趣味にする者の違いを語ってから本編へ。私は、一之輔師匠の「寝床」はこの日が初体験。
本寸法な基本型の中に、一之輔師匠オリジナルのクスグリがたっぷり入ったスペシャルな一席。その代表的な場面が、怒って部屋にこもってしまった大旦那を番頭が説得する場面。
大旦那が、自分の義太夫は下手だから聴かなくていいと逆切れする。それに対して、そうだよ、下手だよ、とタメ口で語り掛ける番頭。下手でも、義太夫を愛してるんだろ、だったらやれよ、そう一喝する。まるで部活の先輩が後輩を励ますような口調で、まさに青春ドラマの一場面のようだ。この場面で、マクラでの落研時代の思い出話が何となく思い起こされる。
そんな部活の先輩のような番頭の励ましで、次第にやる気を取り戻す大旦那。そして、大旦那に対する最後のひと押し、切っ掛けを作ったのが猫の三毛。店の衆だけでなく、飼い猫の三毛ですら義太夫と聞いて逃げ出していた。激怒した大旦那に、三味線屋に売り飛ばせ、とまで言われた三毛。そんな三毛が、しょうがないという風情を見せ、何と言葉を喋って大旦那を説得する。これには驚きと爆笑で客席がどよめいた。
大旦那の義太夫と差しで対決し、番頭が逃げ込んだ蔵に義太夫を語り込んで苦しめたという「素人義太夫」で語られるエピソードも、終盤に盛り込む贅沢さ。ここでも、辞めた番頭はオーストラリアでブレイキンやっているとオリンピックネタをぶち込んでくる。
そして、落ちついて語った下げは、定番のもの。爆笑のあとに、静かに後味を濁さない終わり方だ。
仲入り
開演前と仲入りの時間帯では、ロビーで朝之助さんの真打披露興行の前売券を販売。この案内の影アナを、寝床に登場した猫の三毛が登場。これには会場もビックリ。弟弟子思いの一之輔師匠のグッドジョブ。
春風亭朝之助「ぐつぐつ」
本年9月下席より真打に昇進する報告に満場の拍手。お名前も、梅朝と改めるそうだ。
やや緊張の面持ちで登場。まずは、披露興行の前売券購入のお礼を述べるも、まだ残数もあり、何とかお買い上げお願いしますと必死な様子も伝わってくる。
本編は、リクエストがあった噺をやります、と言って始める。演目は小ゑん師匠作のお馴染みの新作。
この噺を小ゑん師匠以外で聴くのは、三遊亭遊かりさん以来2人目。他の演者で掛けられるというのは、人気がそうとうある証拠。
筋書は、ほぼ小ゑん師匠の型。登場するおでん種たちの演じ別けは、なかなか器用で上手い。噺の長さは寄席サイズで、控えめなところは朝之助さんらしさか。兄弟子の独演会のゲストなので、いささかの遠慮と緊張が見えた気がする朝之助さん。しかし、実は昨年(令和5年)の第34回北とぴあ若手落語家競演会で奨励賞を受賞している実力派なのだ。
春風亭一之輔「千両みかん」
朝之助さんの噺は、冬の風物詩のおでんを題材にしたもの。なので、一之輔師匠から、落語は季節感が大切、というひと言のマクラから。これは朝之助さんに対するお小言ではないようだが、落語ファンなら当然に感じたこと。たしかに、あえて季節外れの噺を持ってくるのは、高座にインパクトがある。朝之助さんは、ネタで観客の記憶に印象を残そうとしたのかも、というのは私の勘繰り。
季節感のマクラから本編へ。トリの高座は、季節感ピッタリの夏の定番の演目。若旦那が寝込んでいる場面から始まり、落語ファンにはこの季節の噺であると、すぐにピンとくる。
この噺の主役は若旦那のワガママと大店の価値観に翻弄される番頭さん。真面目で仕事熱心で心優しい好人物だ。しかし、感情が表に表れすぎ。喜怒哀楽の反応が素直すぎて、まるで子供のような番頭さんなのだ。
若旦那の悩みを聞いて、勝手にほっとひと安心するも、季節柄、ミカンを簡単に入手できないことが分かり大慌て。そのうえ、悲観した若旦那が死んでしまったら、主殺しの大罪だと大旦那に脅かされ、恐怖の表情を見せる。その後、主殺しの処刑方法を八百屋の主人が語って聞かせる場面では、番頭さんが恐怖に怯える表情が爆笑を呼ぶ。次々と脅され弱っていく番頭さん。こんなイジメは良くないことだと分かってはいるが、現実世界では出来ないことを落語世界でやってみせてくれて、それを笑いに変えて楽しませてくれた一之輔師匠なのだ。
噺の下げ直前の場面、みかん3房を手のひらに載せて、1房百両かぁとため息つきながら眺める番頭さん。このシリアスな場面も、表情豊かな一之輔師匠。ここは、まさに一之輔師匠の上手さが垣間見えるところ。
何とも切ない後味の幕切れは、観客に色々な感情の余韻を残してくれた。そんなしみじみとした一席でこの日の独演会は幕を下ろした。