落語日記 リアル世界より一足早く花見の世界に浸らせてくれた遊雀師匠
2月国立演芸場寄席(21日~25日) 三遊亭遊雀主任興行
2月24日 内幸町ホール
国立演芸場の2月の定席は、会場を内幸町ホールへ移し、期間も短く5日間で開催された。この芝居は、落語芸術協会の担当。主任を務めるのは、芸協の人気者、遊雀師匠。ということで出掛けてきた。
笑福亭ちづ光「鈴ヶ森」
前座さんは、鶴光師匠の弟子。元は落語協会で、林家彦いち門下のひこうきさんで、芸協に移籍。落語協会時代は拝見していない。甲高い声と変顔での熱演。なんとなく、不思議ちゃんな感じ。一生懸命なのは伝わってくる。
桂銀治「思い出(古着屋)」
桂伸治門下、昨年二ツ目に昇進。初めて拝見。演目も珍しいもの。日記を検索してみると、2017年2月28日三笑亭夢丸師匠で聴いて以来の二度目。調べると、五代目古今亭今輔師の持ちネタで、作者は演芸作家の鈴木みちを氏という噺。当時は新作の範疇だったのだろうが、充分に古典の雰囲気。芸協で引き継がれている噺のようだ。
筋書きは、古着を売る奥様と買い取る古着屋との会話で成り立っている噺。古着に纏わる思い出で、なかなか手放せない奥様と古着屋の攻防戦で笑わせる。語り口も端正で本寸法な芸風。将来が楽しみ。
桂伸衛門「マスクの女」
登場したときに、めくりが返されず銀治さんのままというハプニング。客席は気付いていたが、伸衛門師匠だけが気付いていないという微妙な空気。高座返しの前座は瀧川はち水鯉(みり)さん。慌てて、めくりを返しに登場。この後も、演者の皆さんにイジラレまくりのはち水鯉さんだった。
コロナ禍でマスク姿が当たり前となった世相のマクラから、本編は伸衛門師匠作の新作。筋書きは、マスク姿の女の子の同級生に対して、告白するマスク姿の男子高校生のどこか甘酸っぱい青春の物語。女の子の素直過ぎる拒絶と、そんな反応にもめげずに粘る男子の告白が今風。その後、三角関係に発展し、お互いにマスクを外した素顔を初めて見て、恋が冷めたり目覚めたりと、複雑な想いが交錯する恋模様が楽しい一席。
林家喜之輔 紙切り
メクリを返してないことに気付きパニックになったはち水鯉さん(鋏試し)・干支(辰)・恵比寿様・ふじやま芸者・パンダ
最初の一枚は「鋏試し」と言って、注文を貰わず演者がお題を決められる。なので、前の一席のハプニングを、早速いじって題材にするという見事な技を見せる。
色々と切ったあと、会場にお子さんがいらいっしゃいますよねと女の子を指名して、パンダの注文を受ける。出来上がった作品を見せるボードの背景がオレンジ。そこで、黒紋付の袖にパンダをかざして、見事に白黒の模様を見せるという機転に拍手喝采。
桂枝太郎「タイムカプセル」
三笑亭可龍師匠の代演。朴訥とした語り口から、ときたま飛び出す毒舌や客イジリで笑わせるという芸風。これらから、落語協会の三遊亭天どん師匠に似ている雰囲気を感じる。はち水鯉さんイジリもしっかり入る。
本編は、ご自身作の新作。小学校時代の恩師の葬儀に集まった教え子たちが、恩師のことや自分たちの過去と現在を比べて感慨にふけるという物語。
「久し振りぃ~、お前いくつになった」「同い年じゃねえかよ」という同級生に対する挨拶で、何度も笑わせる。同級生たちが語り合う当時の夢と現在の生活とのギャップをめぐる話は、可笑しさと共に観客自身にも思い当たり、青春の思い出を蘇らせる。伸衛門師匠の一席に続き、青春を感じさせる噺が続いた。
掘り出したタイムカプセルで、同級生たちの昔の夢を知る。そこにあった恩師の手紙に書かれていた大きくなった教え子たちに対する言葉が、なかなかに感動的。「誰もが自分の人生の主役」という言葉が観客の心に染み入る。このときに流れる三味線による「星に願いを」が効果的。なかなかロマンチストな枝太郎師匠。
仲入り
三遊亭遊かり「ちはやふる」
クイツキは、二ツ目ながら主任の一番弟子として遊かりさん登場。一番弟子ですが弟子は一人だけです、はお約束。
マクラでは、後輩を前に知らないと言えない先輩芸人の話題で笑わせる。米丸師匠のエピソードは、ほのぼのとしていて楽しい。
そんな知ったかぶりの話題から本編へ。物知りで知ったかぶるのは隠居ではなく、長唄の師匠の女性という設定が遊かりさんらしさ。師匠の得意技である前方の噺を取り込む「ぶっ込み」の技を連発。そして、お約束の、はち水鯉さんイジリ。そんなリレーも寄席の楽しさだ。
瀧川鯉橋「時そば」
膝前は、鯉昇門下の鯉橋師匠。落ち着いていて、端正で穏やかな語り口は私の好み。
マクラは、師匠である鯉昇師匠のお言葉の話から。入門当時に言われた、噺家は食えないぞという言葉。でも飢えて死んだ奴もいない、と下げる。語り口や声も鯉昇師匠と似ているように感じる。
本編は、お馴染みの噺。変わったクスグリを入れることもなく、本来の噺の可笑しさで笑わせるという正統派な一席だった。
鏡味正二郎 曲芸
遠心力の芸は、下げがあって笑いをとる。五階茶碗、傘廻しと太神楽曲芸定番の出し物は安心感。華やかで寄席らしい膝替わり。
三遊亭遊雀「花見の仇討ち」
いよいよ、お待ちかねのお目当て登場。まずは、どんなマクラかなあと待っていると、短い花見の小噺からすぐに本編へ突入。この日はフリートークのマクラは無し。時間の関係もあるのだろう。しかし、これが観客を本編の世界へ没入させる効果を生み、どっぷりと遊雀ワールドに浸れた。
演目は、この季節に聴ける得意の噺。登場人物たちが生き生きと活躍した一席。毎度お馴染みの花見の余興、馬鹿々々しくて楽しい大騒動を見せてくれた。六部役と叔父さんとのやり取りはかなりカット。花見の余興の場面に集中する構成は見事。
花見の舞台は、上野の山。分かりやすく想像し易い場所の設定は、史実との整合性より優先されるのが落語。飛鳥山にこだわらなくても問題はない。
この日に見せてくれた遊雀マニアポイントは「泣き虫」。おもいっきり泣いてくれたのは、敵役を演じてくれた男。描いた筋書通りに進行しない余興に、敵役が嘆く様子は可哀そうだが可笑しい。現実世界では味わえない、困っている人物を見て笑い飛ばせるのも、落語ならではの楽しさなのだ。
この日の遊雀師匠は、その他の遊雀マニアポイントを見せることは少なかったが、ぶっ込みや入れ事もなくても充分に楽しい、噺の持つ本来の可笑しさを十分に活かした、本寸法な一席を見せてくれた。さすがの主任という一席でお開き。