どんぐり珈琲セレモニー
1. はじめに
身近にある自然をもっと上手に利用したい。例えば,道端に生えている雑草と呼ばれる植物は,摘めば野草茶として利用することが出来るはずであるし,家に飾ればお花屋さんで高価な花を購入しなくても,暮らしの中で自然の恩恵を享受することができるはずである。身近にあるものや今まで利用されてきたものを残していくこと,新たな利用価値を見出すことは大切なスキルの一つであると考えている。
私が注目したのはドングリである。ドングリの木である樫の木や椎の木などは日本中どこにでもあり,日本の森林の最も主要な樹木となっている。少し昔まで薪炭や器具材などとして暮らしに欠かせない樹木でもあった。また,稲作が始まる前は縄文人の食料としても利用されていたことはよく知られている。しかし,現在ではドングリ生産国や国産ドングリといった言葉はないし,スーパーにドングリが売られていることもない。
そこで本報の目的は,今日失われつつあるドングリと人々の関わりについて調査すること。そして,有効利用の方法を提案し,身近な植物の利用について関心をもってもらうこととした。
まだ幼かった頃,リスを真似て食べたドングリの強烈な不味さは今でも鮮明に憶えている。しかし,少し調べてみるとドングリを使ったクッキーやコーヒーがあることがわかった。しかも,ドングリには食べやすいものとそうでないものがあるらしい。なによりドングリコーヒーはどんな味がするのか飲んでみたいという動機から,イチイガシを使ったドングリコーヒーセレモニーを企画し実施した。
2. ドングリについて
ドングリの成分
ドングリコーヒーに使用したイチイガシの堅果の主な成分は,水分(40%),粗たんぱく質(25%)粗脂肪(13%),炭水化物(54%),粗繊維(0.6),灰分(14%) (※1),その他,ビタミンC,ビタミンA,タンニンである。
ドングリの利用
ドングリは栄養バランスがよく,稲作が始まる前の縄文人の大切な食糧であった。中国浙江(せっこう)省田螺山(でんらさん)遺跡では,ドングリピットよばれるドングリ貯蔵庫が見つかり,そのドングリのほとんどがイチイガシだったという報告がある(※2)。イチイガシは比較的アクの少ないドングリであるので,生のまま,または加工して食糧としたと考えられる。日本や中国のみならずヨーロッパやアメリカ大陸の北半球の様々な地域でドングリは食用されてきた3)。その後,農耕文化の発達により米や小麦に主役の座が奪われた。しかしながら日本では,昭和19年に文部省の通達によって小学校長に救荒食糧としてドングリが集められたことがある他,現在においても高知県では樫豆腐というドングリ使った郷土料理があるし(※4),全国各地では嗜好品としてドングリを小麦粉に混ぜた縄文クッキー(ドングリクッキー)やドングリコーヒーなどがあり,細々と利用されている。
ドングリの種類
日本にはシイ類を含めると25種のドングリがあるといわれている。一般的に「ドングリ」と呼ばれるのは,果実の下半分を腕状の殻斗(かくと)が覆っている堅果を指し,堅果全体を殻斗が覆っているシイ属も加えた木の実である。そのうち身近にありタンニンの含有量が少なくドングリコーヒーに適すると思われるドングリは,イチイガシ(Quercus gilva),スダジイ(Castanopisis cuspidata sieboldii), ツブラジイ(Castanopisis cuspidata),マテバシイ(Lithocarpus edulis)の4種類。なおアラカシ(Quercus glauca),クヌギ(Quercus acutissima)など身近によく存在するドングリはあく抜きが必要である。ちなみに山口で行われた調査ではドングリの約60%はアラカシであった(※5)。アラカシとドングリコーヒーセレモニーに用いたイチイガシは見た目が似ているので間違えないように気を付けた。
ドングリは柱頭,へそ,殻斗の特徴によって見分けることができる。ドングリコーヒーに使用したイチイガシの特徴は,柱頭は円錐状,密に短い毛が被い3方に開く,へその直径は,胴直径の約50%で中心部が盛り上がり,縦筋模様が入る,殻斗は,深い杯型で輪を積み重ねた形状,などである。
しかしながら,ドングリの見分けは非常に難しく,運よく見つけた神社の御神木にイチイガシと書かれていたので,神社の神様に感謝の意を述べ有難く使用させて頂いた。
3. ドングリコーヒーセレモニーの準備
コーヒーセレモニーとは,エチオピアのコーヒーで客人をもてなす一連の儀式のことを指す。儀式というと大げさになるが,目の前でコーヒーを焙煎し,まず香りを楽しみ,お菓子を食べ,コーヒーを淹れ,コーヒーを飲む(もちろんおしゃべりを楽しみながら)という一連の流れである。雰囲気も大事で,草や花を床に敷き詰めて行う。日本でいうと煎茶道に近い感じになるが,それよりももっと気軽に行うもので,隣人を招き,数時間かけて日常的に行われているようだ。なんとも豊かな習慣だと感心する。
ドングリコーヒーセレモニーでは,小さな茶室をイメージし,マルシェなどに使用するテントを通常よりも低めに建てて,周りを布で覆った。テントの内部はイチョウや紅葉で落葉した葉っぱを敷き詰め,天井には葉っぱを吊るして森の中が連想されるような雰囲気にした。
4.ドングリコーヒーセレモニー
ドングリコーヒーセレモニーは以下の順で実施した。
手順1. 使用するドングリの説明と鑑賞
手順2. 殻をむく
手順3. ドングリを焙煎する
手順4. 焙煎したドングリを鑑賞し,香りを嗅ぐ
手順5. コーヒーミルを使ってドングリを砕く
手順6. ドリッパーで抽出する
手順7. ドングリコーヒーを頂く(ドングリクッキー付き)
ドングリコーヒーセレモニーは,愛媛県喜多郡内子町の菜月自然農園にて2017年11月26日に行われた「てづくり るるる」にて実施した。参加者は,幼稚園児や小学校低学年くらいの女の子から大人まで,ベトナム人の参加もあった。
5. コーヒーの味
ドングリコーヒーの色はこげ茶色であったが,見た目と違って苦味が少なく香ばしいナッツの風味で美味しく頂けた。ドングリコーヒーセレモニーに参加した小学生の女の子にも美味しく飲んでもらうことが出来た。彼女は,大人の飲み物というイメージがあったコーヒーを初めて飲むことが出来て自信を持ってもらえたようだ。
6. ドングリ利用の可能性
ドングリの収量は豊富で10アール当たり1トン(ソバの収穫量の10倍)(※4),一本のカシの木は一年間におおよそ225キロから450キロのドングリを付けるともいわれており(※3),しかも落ちているものを拾うだけでよいので,まさに天の恵みといえる。ドングリコーヒー用のドングリを拾いに行ったときには,地面に落ちたドングリを拾うたびに新しいドングリが落ちてきた。10分もすれば持ってきた籠一杯のドングリを拾うことが出来た。ドングリは,栽培を開始してから実の収穫までに時間を要するが,今あるドングリを利用することは,自然保護や地域資源の活用の観点から有効であると考えられる。
※参考文献
1) 藤原 滝尾:ブナ科植物の果実(堅果)の成分と味について,香川生 物,10,25-28,1982
2) 中村慎一:中国の初期稲作遺跡を掘る ―浙江省田螺山遺跡の日中共同調査―,金沢大学サテライト・プラザ ミニ講演 (2008)
3) スティーブン・レ :食と健康の1億年史, 亜紀書房
4) 近藤 日出男:四国・食べ物民俗学 pp.18-21アトラス出版(1999).
5) 阿部弘和,伊達千絵. 山型県のドングリ: マテバシイ属とシイ属の分布. (2007).