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『タイムトラベリングテツヤ』


 出来ちゃったな・・・。
 タイムマシン。

 1年かかったけど・・・ふぅ。
 やっぱ私、天才かあ。

 とりあえず、テツヤに知らせとこっか。

 チャットを開く。

──タイムマシン作った

 すぐに返事来た。

──え あのタイムマシン?
  あの、っていうか アニメとかの?

──うん できた
  まぁ マシンていうか、仕組み?

──直接話せる? 電話かメタバか

──別府 鉄輪温泉、いつもの丘で

──じゃあ すぐに
  PC起動したら行く

 ヘッドセットどこだっけ? あった。
 メタバースにエンターする。
 そして待ち合わせ場所に、テツヤが現れた。

「相変わらず好きだよな、〝日本の情緒〟みたいな街」

 こういう景色は気持ちが落ち着く。
 特にここのメタバースは細部まで作り込まれてるし。

 だけど、いつも思うのは・・・

「湯けむりの匂いとかも再現してたらいいのに」

「その技術を開発するの、ひっティンだと思う」

 仲のいい友達はたいてい、私のこと、ひっティンと呼ぶ。

「そだね、私だね」

「〝うちの大学に来てくれて〟ってラブコールいっぱい来てるって言ってたじゃん。どこかに決めたの?」

「決めてない。テツヤは? 進路決めた?」

「いや。俺は学力的に行ける大学が無くて決まってない。・・・それより、その、タイムマシンって何? タイムトラベルできる、あれ?」

「そ。タイムトラベルできるあれ」

「未来に行ったり?」

「うん、過去に戻ったり」

「嘘だろ」

「ほんと」

「正真正銘、天才少女だな・・・。ひっティン、過去か未来、もうどっちか行ったの?」

「ううん、まだこれから。・・・あのさ」

 タイムマシン作ることにしたキッカケを話さないと。

 こっちを向くテツヤの眼差しが変わった気がした。何かを感じ取ったみたい。
 察しがいい・・・。

「あのさ、このタイムトラベリングシステム、通称タイムマシンだけどさ」

「タイムマシンでいいよ」

「人助けのために作ったの」

 テツヤが、ため息こそ出さないけど、ひとつ小さな呼吸をした。そしてトーンを落として、言い放つような雰囲気になった。

「兄貴の、こと?」


 テツヤの兄、サトシは、大学の登山部で登山に行って、1年前行方不明になった。
 小学生の頃は、テツヤと3人で、よく一緒に遊んだ仲。だから私はサトと呼んでいた。

 テツヤとサトは、小学生3年の時、何処かへ引っ越したきり会わなくなっていたのだけど、偶然にも二人と高校が同じになった。テツヤと私は同じクラスに。その時高3だったサトにも再会し、幼い頃の恋心が胸の内に再び現れた。同時に、サトには彼女がいることを知った。

 そして私はサトへの想いを抱いたまま、今に至る。


 〝兄貴の、こと?〟というテツヤの問いかけに、私は頷いてみせた。

「バカな兄貴だな・・・でも、そうか・・・そうだよな。過去に遡って、行方不明になる直前の兄貴に会えれば、兄貴を助けることができる・・・」

 テツヤは心の整理をするように、そして自分に言い聞かせるように呟いたあと、何かを決心してその瞳の色が濃くなった。

「俺、行くわ、過去に。ひっティンも行くんだろ? 俺も一緒に行くわ」

「そう言うと思った。でもいいよ、私一人で行く。このタイムトラベリングシステムを人体に使用すると、ひとつ重大な副作用が予想されるから」

「ふ、副作用? それ、どんな?」

「体が小さくなる」

「体・・・。体全体が? どのくらい?」

「たぶん、身長1ミリ以下」

「え・・・身長1ミリ以下になっちゃうの? それ、過去に戻っても兄貴に存在気付いてもらえないじゃん」

「そうだね、どうやって過去のサトに話しかけるか、とか、そういうのは現状の課題ではある」

 テツヤがまた、思案モードに入った。
 そして口を開く。今度は穏やかな口調。

「だったらなおさら、俺も一緒に行くわ。ひっティンを一人では行かせられない。その課題も一緒に考えよ」

 ちらっとこちらを見たあと、続ける。

「現在に戻ってきたら、体の大きさは元に戻るんだろ?」

「うん、たぶんね」

「たぶん、か。そのたぶんに掛けよう」


 私は、本当に一人で行くつもりだった。もしも私に何かあった時のため、私の行動をテツヤに知っておいてほしくて話しかけただけ。

 でも、50パーセントはこうなることを予想してた。だって知ってるよ、テツヤ、あなた私のこと好きだもん。

 タイムトラベルなんて初めてのことだから、二人で行動できるのは心強い。ありがとう、テツヤ。感謝する。


 このタイムトラベリングシステムは、スマホとイヤフォンがあれば実現する。
 私が開発したアプリをスマホに入れ、両耳にイヤフォンを装着。アプリから、ある特定の周波数の音波を再生する。
 音が止まると同時にスマホの画面をタップ。・・・すると、あらかじめアプリに設定しておいた年月日の時間に飛ぶことができる。
 ジャンプ先の緯度・軽度も設定することができるので、場所の移動も可能。


「作戦としては・・・」

 空(くう)を見ながらテツヤの口が動く。

「登山に行く前の兄貴に会って、登山に行くのをやめさせる?」

「ううん、それだと登山部の人たちとか、サトと接してた色んな人の過去を変えてしまうから、それはちょっとやめときたいの。・・・何が起きるか私には予想できない」

「そうか。じゃあ兄貴が遭難した〝あと〟に会う必要があるのか。完全に一人になった後なら、他の誰の過去も変えないですむ」

「そうだね」

「つまり、」

 テツヤの眉間に、これ以上ないほどの縦じわができてる。

「兄貴が遭難した日時に行って、何らかの方法で兄貴にイヤフォンをつけさせればいいんだよな」

「だけど〝そのまま  今この現在  にタイムトラベルさせる〟ではダメだよ、サトの体が小さくなっちゃう」

「え、過去に行く=小さくなる、ではないんだ」

「うん、現在ではない=小さくなる、が正しいと思う。サトにとっては、遭難した日時が現在だから」

「うぅ~ん、やっかいだな。なんでそんな副作用が・・・」

「たぶん地球全体の質量が時間を跨いでも均等になるような作用が働くからではないかなと思う。過去にも私たちは存在するわけだから私たち二人の体重が合わせて100キロだとして地球規模で誤差と認識できる質量が・・・」

 長々と続く私の仮説を、テツヤがこのあと止めた。

 そして作戦を二人で考え抜いた。

 ・サトが遭難、つまり一人きりになったタイミングに行く
 ・サトのスマホにメッセージを送る
  又は電話する
 ・サトに遭難の危機が迫っていることを伝える

 テツヤが口を挟む。

「ここ、難しいな・・・兄貴、そんなに簡単に信じるだろうか」

「確かに。遭難の危機が迫っているよ、なんて突然言われてもね」

「・・・うん。しかも未来から来た、なんてな」

「一度、彼も時間移動してもらう?」

「そうか、副作用を逆に利用するわけか。体が小さくなれば信じさるを得ないな」

 ・サトが遭難、つまり一人きりになったタイミングに行く
 ・サトのスマホにタイムトラベリングアプリを転送
 ・サトのスマホにメッセージを送る
  又は電話する
 ・サトにイヤフォンをさせ、遠隔操作で他の日時に三人で移動(体を小さくする目的なのでどの年月日でもよい)
 ・直接、遭難の危機を伝える

「伝えたあと、どうするかも問題ね」

「というと?」

「過去を変えてはいけないから、例えば、遭難の際、捜索隊とか出たでしょ? そういう事実は変えてはいけない」

「じゃあ、兄貴は遭難は免れても、姿を消して1年間どこかで過ごさなきゃならないのか」

「そうね」

「そこは兄貴と一緒に考えよう、三人で、アイデア出そう」

 計画を詰めないまま行動するのは、やめときたい。
 だけどサトの1年に関することではあるから、サトと一緒にアイデアを練りたいのも事実。

「・・・うん、そうしようか」

「じゃ、〝善は急げ〟だ」

「え?」

「実行しよう、すぐに」

「ちょ、ちょっと待って」

 初のタイムトラベル。一応、お父さんに置き手紙くらいしておきたかった。もしも、もしも帰って来れない場合があっても、嘘でも「すぐに帰るから」と書き置いておきたい。
 テツヤにも、そう伝えた。

 数分後。

「俺も、親に書き置きしてきた」

 ふたりとも準備を終えて、それぞれの部屋で、電話してる。

「うん、じゃあ、本当にやるよ? 電話切ったら、すぐにアプリを操作して、過去で待ち合わせね」

 テツヤのスマホにもアプリを転送済み。

「根本的なこと聞くけど、スマホも一緒に小さくなるんだよな」

「うん、私たちが触れてるものは全部。私はノートPCも持ってく」

「よし、じゃあ行こう。絶対成功させるぞ」

「うん」

 電話を切って、アプリを操作。
 耳から音が入ってくる。不快な音だ。脳に到達して、体中に響きわたるような。でも3秒くらいで止まるはず。
 止まった。画面をタップ!

 一瞬、視界の全部が真っ白になった。

 そして私は外にいた。
 瞬間移動したのだ。登山道だ。
 体が風にあおられる。
 体重が軽いから、ちょっとした風でもふらついてしまう。

 目の前にテツヤが現れた。
 かと思うと、そのまぶたをまん丸に開いて私に手を伸ばした。

「ひとみ!」

 その瞬間、私の腕を掴み、私は風にあおられるのを免れた。そしてテツヤの腰のベルトを握る。
 こんな時なのに、〝ひとみと呼ばれるのはいつぶりだろうか〟と考えた。
 もう片方の手で土壁を押さえながら、その横顔を見つめる。

 テツヤがサトを見つけたみたい。

「兄貴がいる。もうイヤフォンつけてる。ありがたい。ひっティン、兄貴のスマホにアプリを転送できる?」

「うん、すぐにやる。私を支えてて」

 その場に座り込んでノートPCを起動した。作業を始める。
 横でテツヤが喋っているのを聞きながら。

「兄貴、なにやってんだろう、登山部の集団から離れて行ったぜ。横道にそれてる」

「転送、終わった。いつでも私たちのスマホから遠隔操作で起動できるよ」

「よし、じゃあ完全に一人きりになるのを見届けよう。電話するのはそれからだ」

 鼓動が高鳴る。

 サトがかがんで、手を伸ばしているのが見える。

「何やってんだ? 花を摘みたいのか」

「ゴミを、拾いたいのかな・・・」

 二人がサトの動きに注目してしていた、その時だ。

 

 サトの姿が、消えた!


「え!」

 二人とも、思考が働かない。

「消えたよな」

「うん」

「アプリ、操作したの?」

「いや、まだ何も」

「じゃあ・・・なんで・・・」


 放心と言える状態のまま、二人は一旦、現在に戻ることにした。


 戻った・・・。
 自分の部屋だ・・・。

 ハッ・・・。

 テツヤは? 戻ってこれてるだろうか。
 スマホを手に取る。
 電話しても、話し中だ。
 自分の部屋に戻ってるはずなのに。
 もう一度かける。
 ・・・話し中。

 ちょっと・・・心配になるじゃない。
 応答してよ。

 メッセージを送る。

──どこにいるの? 無事?

──ごめん、説明する
  すぐ、そっち行く


 すぐ、って・・・。

 目の前にテツヤが現れた。

「なによ、心配するじゃない」

 思わずテツヤの両腕を、強く握った。

「い、いや、ごめん、あの、説明するから」

 あれ?

「だけど、どうやって、ここに現れたの?」

「いや、ひっティンのアプリってさぁ、目的日時の設定しなかったら、つまり緯度と経度だけ設定すりゃ瞬間移動装置として使えるじゃん。すげ~わ。時間の移動は無いから、体も小さくならない」

「あ、そうか。そういう使い方もできるね」

 テツヤの笑顔が、真面目顔になる。

「それで、結論から言う。兄貴、今日戻ってくるよ。ありがとな。順を追って説明するから、聞いてくれ」


 どういうこと?
 わからないことだらけの私に、テツヤが丁寧に話し始めた。

 あの時、サトの姿を消したのは、もう一人のテツヤだという。
 一旦、現在に戻ったテツヤが、もう一度あの時間にタイムトラベルし、別の場所からサトのスマホを遠隔操作したのだと。

 なぜなのか。

 本当は、あの後(サトが地面に手を伸ばした直後)、サトは崖を滑り落ちて行った。
 サトの滑落現場を目の当たりにしてしまった私は、パニック状態になってしまったそうだ。それで私を現在に戻しつつ、テツヤはもう一度過去に戻った。次は、滑落事故の5分前に。

 そこでサトに電話をかけて、適当な理由をつけて、イヤフォンをさせた。

「その時兄貴はイヤフォンをつけた後、珍しい花があったから写真撮っておきたい、と言ってた。だけど俺が想像するに、その花の近くにゴミを見つけてしまったんだな。誰かが捨てたプラスティックゴミ。そしてそれを拾おうとして・・・」

 5分前に戻ったテツヤは、滑落事故のタイミングを知ってるから、サトが足を滑らせる直前でアプリを遠隔操作した。

 だからサトは
 ・滑落事故を起こした
 ・滑落事故直前に姿を消した
 ふたつの過去を持つことになった。

 私も、そのふたつのサトを目撃したはずだけど、記憶に残っているのは新しい方のサト。つまり姿を消したサトのことしか覚えていない。

 サトは、テツヤの遠隔操作で、その体を別の場所に飛ばされた。タイムトラベルさせるのではなく、緯度と経度だけを入力して。
 飛ばされた場所は別府。

「鉄輪温泉の緯度・経度は、覚えてた。よくひっティンとメタバース上で会ってたから。それに、兄貴に確認したら、別府には知り合いはいない、って。念のため知り合いとは接しないよう、つまり知り合いの過去に関わらないように言っておいた」

 そこからのテツヤの行動に、私は驚いた。

 別府に瞬間移動したあと、現在までの1年、その間、サトが自宅に戻ってしまわないよう、毎日電話をかけ続けたそうだ。1年間、偽名で生活するよう、知り合いに会わないよう、どこか別の場所に行ってしまわないよう、言い聞かせる目的もあったとのこと。
 もちろん、〝過去に飛んでは電話をかけて現在に戻ってくる〟を繰り返していたから、テツヤにとっては実際に1年が過ぎたわけではない。

 そして今日になった。

「さっき、最後の電話をかけたよ。〝今日〟戻っておいで、ってね。あとで、このアプリで迎えに行くつもり。それまでアプリ、使わせてくれ」

 私は、腰が抜けたように両膝をついた。

 サトが帰ってくるのは嬉しい。
 だけど、今私の感情を覆っているのは、それよりも、私が知らない間にテツヤがとった行動だ。

 パニックになった私に気を使って、独断で行動したの?
 予知出来ない危険だってあったかもしれないのに。
 それに、1年分の電話を?
 サトを帰すという信念だけで300回以上、続けたの?

 たぶん、
 私からは生まれてこない行動力・・・。


「ひっティン、もうひとつ、落ち着いて聞いてほしいことがあるんだ」

 テツヤが少し目を逸らすような格好になった。

「兄貴が帰ってくる喜びを、家族に伝えなきゃならない」

「うん、ぜひそうして」

「そして・・・兄貴の彼女にも」

「そうだね、そうしてあげて」

 テツヤがこっちを向いて頭を下げた。

「ごめん」

「な、何よ。私は、サトを助けたかった。ただそれだけ。願いは叶ったよ」

 頭を上げたテツヤに、付け加えた。

「だから、ありがと」

「・・・」

「テツヤがいてくれなかったら、この作戦は成就しなかった。・・・ていうか、ほとんどテツヤひとりでやったんだよ。それに、」

 私の気持ちの整理も、つくかもしれない。

「・・・ううん。とにかく、成功したんだから、パッといきましょ。私、ジュース取ってくる。待ってて。乾杯しよう」

 私は部屋のドアを開けた。
 胸の内側を覗き込むと、複雑な感情で溢れていた。
 だけど、キッチンへの足取りは軽かった。

 冷蔵庫の扉を開ける。

 これだけは言える。
 タイムマシン、作ってよかった。

 缶ジュースを2本、見つけて手を伸ばす。

 次は・・・匂いのデジタル化をやってみよう。
 大学を決めるのは、そのあとでいいや。

 冷蔵庫の扉を閉めて、テーブルに置いたお父さんへの手紙が目に入った。
 ポケットに入れる。

 もちろん、出来上がったらテツヤに試用してもらう。
 お人好しで、大胆で、ちょっとだけ頼りになる、マイパートナー。
 待ってなさい、次は、メタバースで匂いが嗅げるぞ。

 

 おわり
 



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