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『ボクはハリィ!?』


 ボクはハリィ。ペットショップに住んでる。
 正確に言えば、売られてるハリネズミ。ペットショップはとっても快適。カラフルなおもちゃ、お家のかたちの遊び場、それにふかふかのベッド、何でも揃ってる。おトイレだって汚れたら店員さんが取り替えてくれるのさ。

 毎日たくさんのお客さんが入ってきて、いろんな人がボクを見ていく。人間に飼われるのって、どんな感じなのかなぁ。ドキドキ! 全然知らない世界。ここの生活もいいけど、人間の世界もすごく興味あるよ。あ~、素敵な優しいお嬢様が現れてボクを買ってくれないかなぁ。

 そんなことを考えていると、店員さんの手が突然ボクを持ち上げた。一瞬の出来事。お客様の目の前にボクを差し出す店員さん。

「この子なんてどうです?」

 ついにこのときが来た!? ボクを買ってくれるのは、ど、な、た?
 あれ、いや、目の前におっさん。おい店員、おっさんやん! この客おっさんやん! アラフォーやないか(たぶん)。ああボクの夢、優しいお嬢様 ・・・。ボクの人生ピンチ、運命の分かれ道。ここは何か手を打たねば。
 よし、死んだふり。

「ちょっと元気なさそうだけど大丈夫ですか?」
「眠たいんですかね~、昼間は大抵お昼寝してますからね」

 おい店員。違うのにしますか? とか提案はないのか。死んでるんだぞ。

「なんかヒクヒクしてますけど、死にそうなんじゃ・・・」
「死んだフリですかね(笑)なかなかひょうきんな奴ですよね。こいつめ!」

 死にそうなんだよ、店員! 三途の川を泳いでんの!

「ひょうきんでやってるんですか?」
「みたいですよ」

 じゃねえし!

「じゃあ、これください」

 ・・・。
 ガクッ。
 ・・・。

「あのぉ、こいつ本当に元気なんです?」


 ボクは箱に詰められて、どこかへ運ばれていった。きっと、おっさんの家。もう観念するしかないよね。腹をくくって、おっさんに飼われよう。

 箱のフタが開くと、おっさんのデカい手がボクを両手で持ち上げた。
 わー、ついに来ちゃったよぉ、おっさんの家? どんなところだろう。

「はい、プレゼント」
「わぁ~! カワイイ~」

 あ。なんだ♡ ボクはプレゼントだったのかぁ。

「ひとみが欲しがってた、」
「ハリネズミだぁ!」

 この子が飼ってくれるの? 小学生かな? おっさんと親子? 恋人?

「ハリネズミは デリケートだから、最初はお父さんと一緒に世話をしような」
「うん。でもひとみの部屋に勝手に入っちゃダメだよ」

 ・・・くじけるなおっさん。がんばれよ。

「そういえば、いつも遊びに来てるノラ猫、あいつ気をつけておかないとな。こいつを食べちゃうかもしれない」
「ニャリンはそんな悪いことしないもん」

 ニャリンて猫がいるのか。ボクを食べる、だって?? どんな凶暴な猫なんだ?

 ——ピンポーン。
「あ! テツヤくん来た。お父さん、出てって、続きはあとで」

「さ、入って。どうぞ」

 ボーイフレンドか。微笑ましいね。

「あ! 何こいつ~!」

 ボクを見つけた男の子が勢いよく入ってきた。

「今日ね、お父さんが買ってきたの」
「すげ~! アルマジロじゃん。初めて見た」

 ・・・アル・・・。

「カワイイでしょぉ」

 違うよ、とか、そういうの無いんだ。

「名前は?」
「そういえば、まだ決めてない。どんなのがいいかなぁ」

 呼び名を決めるのか。ショップではハリィて呼ばれてたけど。

「アルマジロの、〝ジロー〟!  俺はジローがいい。どうだ?」

 はぁ!?

「あ、えっと、ジロー・・・?」
「スシローみたいで覚えやすいだろ」

 アルマジロはどこいった・・・。いやむしろ離れてくれて嬉しいけど。

「うん・・・そうかな、いいかも」

 ひとみ! 頼む、自分をしっかり持ってくれ、一生の名前だぞ。

「おい、ジロー。ジロー」

 ・・・。
 ふ。おっさん、思えばあんただけだよ、まともな人間は。
 天を仰ぐボク。

 ——コンコン。
「こんにちは、テツヤくん。おやつだよ」

 お! おっさん登場! 聞いてくれよ、ボクの名前なんとかしてくれ! あ。二人にケーキを持ってきたんだ。そういえば僕もおなかすいたなあ。あらおっさん、手に持ってるそのプラスチック容器は ・・・? 何か臭うぞ。あ! それ、ミルワームの幼虫じゃない?  そうだ! ボクの大好物! やっぱりおっさん、わかってるね~。

「な、ひとみ、こいつも腹減ってるんじゃないかな」
「うん・・・だけどなにその・・・ウジ虫みたいな」
「ハリネズミの好物は昆虫らしいから、」

 わぁ~! 大きなミルワーム! いっただきまぁす。

「コオロギとかだと食べてるシーンがちょっと残酷かなと思ってミルワームにしたけど・・・」

 クチャクチャクチャ。おいし~い。

「・・・これもかなりグロいね」
「うぷ。あたしシュークリームいらない・・・テツヤくんあげる」

 うわぁ最高だねこの舌ざわり。
 テツヤ無言だけど、どした?

「おやつ、リビングで食べようか! そうだ、そうしよう。ひとみ、テツヤくんも、ささ」

 ——パタン。

 みんな行っちゃった。
 はぁ~、これが人間の世界かぁ。最初おっさんに買われたときはヒヤッとしたけど、この暮らしも悪くないのかなぁ。
 ん?
 んんんん? 何だ? 窓から・・・。

(ニャーァ。)

 あ! あれが猫? 想像したより大きい。窓の隙間からストンと降りて、まっすぐこちらを向いてる。体じゅうが濃い色の毛で、迫力がある。敵? 味方? ボクを食べるかもとか言ってたよな。どうしよ。ちょっと、威嚇。威嚇しなきゃ。あれ? どうやるんだっけ? 全身の針が立たない。怒んなきゃだめなのかな? ルァー! ウォー! ・・・ありゃだめだ。

(ニャニャニャァ~。)

 どうやら攻撃してくる雰囲気ではない・・・な。何か話しかけてるみたい。ミルワームが欲しいのかな。

(ニャァ~ン。)
(あのぉ、こんにちは。猫さんですか? もしかして、ひとみが言ってたニャリン?)
(ニャァ~ン。)

 猫語かぁ。ボク猫語は勉強してないんだよ。残念だけどコミュニケーションとれないね。

(オマエ、ペット?)
(わぁ、助かるよ! 小どうぶつ語、わかるの?)
(スコシダケ、ワカルネ。ワシ、トモダチ、)
(友達になってくれるの?)
(ヒトミ、トモダチ。)
(あ、そ。ボクもよろしく頼むよ。ボクはハリネズミの・・・ジ、ジロー。君の名前は?)
(ウン?)
(き、み、の、なまえ。ニャリンなの?)
(ン??? アー。ホワットイズユアフェェイバリットティーム?)

 えーと、なになに? 英語?

(ホワット、)
 うん。
(イズ、ユア、)

 ん〜何言ってんのかなー。ちょっとめんどくさくなってきたなー。

(フェイバリニャギャ~~~~!)

 わー。どした? 急に倒れちゃって。

(おい! 大丈夫? おい!)

 ひっくり返ったままフーフー言ってる。苦しそうだ。その時、窓の方から声が聞こえた。

(ごめんね、坊や。迷惑かけちゃって。)

 窓辺にもう一匹、猫。いつから居たの?

(アタシはニャリン。ここの人間には世話になってる。そいつはアタシのダンナ。最近、体の調子が良くなくてね。坊や、お願いがあるんだけど聞いてくれないかい?)
(うん、なぁに?)
(そこにひっくり返ってるアタシのダンナを助けたいんだ。作戦はこうだよ。アタシが坊やを背中に乗っけて、この家のリビングまで連れてくから、ここの人間に知らせてほしい。坊やがリビングに姿を現せば、すぐにそのカゴに戻しに来るはずだ、そうすればそのオス猫に気づいてもらえるだろう? 人間が外に連れ出してくれる。そのあとはアタシが看病するわ。
 アタシ一人がリビングに行ったところで、「よく来たね」で終わってしまうだろうから、坊やの力が必要なのよ。どう? お願いできる?)
(誰かの役に立つなら、喜んで。)
(ありがとう、いい子ね。じゃぁ急いだ方がよさそうだから、そのカゴの扉を開けるよ。)
(えっ!? どうやって?)
(そのくらい簡単さ。この手をつかえば・・・。)

 わぁ、猫ってすごい。力があるんだな。それからボクはニャリンの背中に飛び乗って、縞模様の綺麗な背中の毛をギュっと握った。

(じゃぁ行くよ。部屋のドアは閉まってるから、窓から出て直接リビングまで行くわね。)

 言い終わった頃にはジャンプしていた。窓から出て壁をよじ登る。

(ニャリンて、すごいな。こんなことができるのかい?)
(猫なら珍しいことじゃないさ。アタシのようなおばさんでもね。)

 外の世界。知らないことがいっぱいある。これからの生活、どんなことが起こるんだろう。

 屋根の上に登ったニャリンは、一気に一番高いところまで登り、今度は反対側の端っこまて滑り降りた。ほとんど足音を立ててない。

(ここの真下がリビングの窓だよ。降りるからしっかりつかまって!)

 足元がどんな場所でも、ニャリンの動きには躊躇もなければ無駄もない。

 感心して見ていたボクは一瞬だけ気が緩んだのか、ニャリンを掴む手を離してしまった。空中高くに舞い上がるボクの体。わぁ~。どこにもつかまるものがない。落ちていく。下に視線をやる。こんなに高いところから落ちたら、痛くて死んじゃうな。人生これから、ってところだったのに、おっさん、ひとみ、短い間だったけどお世話になったね。外の世界に連れ出してくれてありがと。
 ボクは目をつぶった。最後のあがきもできそうにない。このまま落ちてしまおう。みんな、さよなら。
 その時、素早く動く黒い影が見えた気がした。目をつぶているのに、はっきりとわかった。
 次の瞬間、ボクはニャリンの背中の上にバウンドした。ボクより早く地面に飛んできたの? 信じられないくらい素早い動き。おかげでボクは地面に叩きつけられることはなかった。そうだ、それより、ボクの針が背中に刺さって痛かったんじゃないかなぁ。ボクは地面を転がって、そのあと立ち上がって言った。

(ニャリン、大丈夫だった?)
(アタシは何でもない。坊やこそ大丈夫かい? 危険な目に会わせてごめんなさい。あんたを外に出したのはアタシだから、アタシはあんたを絶対守るよ。絶対に死なせたりはしない。それに・・・アタシは、ダンナを助けたいんだ。必ずこの作戦を成功させる。さ、また背中に乗れるかい?)

 ニャリンの背中は、皮膚が少し赤くなっていた。ボクのトゲが刺さったせいた。ボクはもう一度その背中につかまって、リビングの窓辺までたどり着いた。窓は少し隙間が開いてる。そっと中を覗く。

(みんなおやつを食べてる。あとはあんたが姿を見せれば万事うまくいく。ありがとう、この恩は忘れない。じゃ、アタシは先にさっきの部屋に先に戻ってる。)

 瞬く間に壁をよじ登り、屋根の向こうに姿を消したニャリン。かっこいいなぁ。よし、ボクも急ごう。リビングの窓から室内の床へ。

「あ! ジローだ。ジローがいる」

 気づいたのはテツヤ。おっさんが床を見る。

「ん? ジロー? ・・・あ! こいつ、なんでここに?」

 おっさんが抱き上げながら続けた。

「名前、ジローにしたの?」
「うん、俺がつけたんだ、ハリセンボンのジローだよ」

 ハリセンボン・・・テツヤそれ魚の名前。もう何でもいいや。

「ひとりで淋しかったのかなぁ」

 ひとみが女の子らしいことを言う。

「ひとりカゴの中、淋しい人生だね」

 誰かテツヤを黙らせてくれ。

「自分で出て来れるとなると困るな。カゴの扉、壊れてるのか?」

 おっさんが言いながら席を立つ。

「カゴに戻してくるから、二人とも食べてて」

 察しのいいおっさんはこのあと、部屋の状況を全て理解した。カゴの扉を開けたのは猫で、横でぶっ倒れてるオス猫の具合が悪そうだ、てこと。ひとみが「病院に連れてってあげよう」と強く言うので、すぐに二人して動物病院に出かけた。

 その夜。

「だけど、やっぱりわからないんだよなぁ」

 おっさん、もう何度同じセリフを言ったことか。

「カゴの扉を開けたのが猫だとして、ひとみの部屋もリビングの部屋もドアは閉まってた。・・・ならどうやって、ジローはリビングに入ってきたんだ? 窓から? 一度外に出て窓からリビングに? そんなことって、ある?」

 そんなことってあるんだよ。おっさんには永遠に解けない謎だね。

「ジローがしゃべれればいいのになぁ」

 ひとみ、ボクはいつもしゃべっているよ。君たちも今度ぜひ、小どうぶつ語を勉強してくれよ。

「ジロー」

 ひとみが覗き込む。

「ジロー」

 はい?

「かわいいね」

 あ〜ん。

「明日は学校に行ってる間、お留守番だよ。おやすみ」

 はーい♡ オルスバンて何だ? 楽しみだな。
 おやすみ。これからもよろしく、ひとみ、おっさん。

 あ。ついでにテツヤもな。

 

 おわり



<他のストーリーへのリンク>
https://note.com/kuukanshoko/n/n4251357b90d3


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