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『俺、空を飛ぶ』


 俺には特技がある。
 それは空を飛ぶこと。
 宙に浮くこと、のほうがイメージは近いかな。

 小3の時、その才能に気づいた。
 だけど、誰も信じてくれなかった。

「じゃあ飛んでみせろよ」

 ・・・友達の前で浮くことは出来なかった。

 それ以来、封印している。

 だけど今、やっぱり俺、宙に浮いてる。
 6年ぶりに、上から地上を見下ろす。
 自分ちの屋根、古くなってんなぁ~。

 おっと、やばいやばい。
 こんな姿、人から見られたら変人扱いだ。

 そっと地上に降りる。

 学校行かなきゃ。めんどうだけど。

 その時、頭の後ろで声が聞こえた。

「見たよ」

 ゾワッ・・・思わず振り向く。
 同い年くらいの女の子だ。
 もう一歩、近寄ってきた。

「言いふらしちゃお」

「なななな、何を見たっていうんだよ」

「言いふらされたくなかったら・・・」

 女の子の鼻が俺にくっつきそうだ。

「あたしを乗せてって。あんたの背中に」

 は・・・?

「学校まで」

「そ、それ、脅し?」

「どう捉えてもかまわないよ、あたしを乗せてぇ! お願い。だって、あたし・・・」

 女の子が肩を落とした。
 頭に〝天使の輪っか〟がついている。

「飛び方、わかんなくなっちゃったんだもん」

 今度は泣き出しそう。
 背中に〝白い羽根〟がついている。

「お前・・・誰?」

「へ?」

「だから、お前」

「あらぁ、この姿見てよ、天使の輪っかに白い羽根、天使ちゃんに決まってるじゃない」

 女の子が一度背中を俺に見せて、チャーミングな(と本人は思ってるに違いない)ポーズをとった。

 唖然・・・。
 俺はどうやら、こういう非現実的なものに縁があるらしい。でも普通の人間ぽく見えるけど・・・本当に天使なのかなぁ。

「天使なら何で飛べないの」

「あのね」

 めちゃめちゃ小声だ。

「あたし今日初めて下界に降りたのよ。そしたら、天界と違って、空気がある所を飛ぶって、案外難しいのよね。風もあるし。天昇中学まで行かなきゃなんないの。ほら、バッグまで用意したんだから。学生っぽいでしょ? あんた飛べるなら乗せてってよ」

 こんな展開ある?
 驚きで考えがまとまらない・・・困ってるなら別にいいけど、人目につくしどうしようかな。

 でも俺が返事をする前に、女の子が俺の背中を押すと、体がフワリと宙に浮いた。そのまま高く昇っていく。

「まだ返事してないけど!」

「ふへへ~、ゴーゴー」

 満足そうな声出してやんの。

 下を見ると、クラスメイトの福田が全速力で走ってる。

「あは、あいつ夜遅くまでガンプラ作ってて寝坊したんだぜ、きっと。あの様子じゃ遅刻だな」

 ふと声にでた。
 すると後ろから天使が返してきた。

「あんたもさ、ガンダムとか好きでしょ。ガンプラ作ったらいいのに」

「え、何でそんなこと知ってんの」

「だってぇ、あたし天使ちゃんだからぁ、人の人生が見えるっていうかぁ・・・」

 うわっ、恥ず!
 どこまで見えるんだろ。

「矢神シュン、15歳、男、血液型・・・」

「わーかった! わかったから!」

「あんた、漫画家志望だよね」

 うわー! そんなこと他人に話したことねぇし。
 いや、母さんには言ったな。

「もう少し現実的な夢を持つのがいいと思うなぁ、母さんは」

 あれ以来、口にしてねえや。
 いや、先生にも似たようなこと言ったな。

「将来の夢、ですか? えっと、漫画家・・・」

「ん?」

「いや、漫画家の役に立つような、雑誌社の社員とか・・・」

「まぁそれもいいけどねぇ、普通科の高校志望なんだから、もう少し違う目標を持つのがいいね」

 って・・・今の学力からその高校勧めたの先生じゃん。

 天使が続ける。

「どんな漫画描きたい、とかあるの?」

「・・・いや、ないよ」

 描きたいアイデアはいっぱいあったけど、今は無いや。

 中学校に到着。
 1時間目、英語の授業始まってる。
 こっそりドアを開けて席についた。
 先生には気づかれなかったみたい。

「授業、途中からになっちゃったね」

 天使が横でささやく。
 どうやら他の皆んなには、天使の姿は見えてないらしい。

「いいんだよ、別に外国に行くわけじゃねぇし」

「あら、あんた色んな国を旅行して絵を描きたいって」

 うわぁ、何でも知ってると面倒だな。

「いいんだよ、別に本音で生きてるわけじゃないんだからさ。そんなふうに言いたい時もあるの!」

「ふぅ~ん、複雑ねえ」

「それより、なんか用事があったんじゃなかったの? うちの中学に」

「うん、だけどその前に、お礼が言いたいんだ。あんたが背中に乗せてくれたおかげで、飛ぶ感覚を思い出せたのよぉ、ほぉら!」

 背中の羽根をゆっくり動かして宙に浮いてる。

「これで人の魂を天に導けるぅ」

「へえ、よかったじゃん」

 ちょっとつまんない。
 もう俺は用無しか。

「じゃ、もう話しかけないで。授業中だし、俺ひとりごと言ってるみたいになってるし」

「大丈夫だよ、あんた、周りからは見えてないから」

 え・・・。

「あんたはもうこの世にはいない、魂だけの存在だよ」

 どういうこと・・・。

「だから、あんたを導いて差し上げます。天国へ」

 いやいやいや。

「ちょっと待ってよ」

 英語の授業が終わり、担任の先生がクラスに入ってきた。

「皆さんにお伝えすることがあります。席について。・・・今朝、矢神が登校して来ないので、先生からおうちの人に電話したところ」

 え、嫌な予感・・・それ聞きたくない。

「登校中に、交通・・・」

 やめてくれぇ!
 待ってくれ!
 聞きたくない!

 聞 き た く ないよ!

 俺は天使の方を向いた。

「俺まだやりたこと何もやってねえ、本当は英語だって勉強したいし、ガンプラだって作りたい。アニメもまだ観てねぇのいっぱいあるし、漫画家だって! まだ本気で目指すことすらやってないんだ」

 真顔で聞いていた天使が、笑顔になった。

「そうなの」

 次の瞬間、周りの景色から教室が消えて真っ白になった。かと思うと自分の体が瞬間移動でもしたような感覚になった。

 思わず目を閉じる。

 そして後ろから腕を引かれるような感覚とともに目を開けると、目の前を軽トラが勢いよく通り過ぎていった。

 朝の風景だ。

 俺の家の前。

 振り返ると、そこに天使がいた。

「・・・時間を、巻き戻してくれたの? さっきの軽トラに轢かれるはずだった?」

「背中に乗せてくれたお礼。飛び方を思い出すことができたから」

 と言いながら、少しずつ体を浮かせていった。背中の羽根が、ゆっくりと動いている。

「やりたいこと、やりなよ。・・・じゃあね」

 俺は体じゅうにエネルギーが満ちてきた気分になった。

「うん、やるよ。やりたいこと全部」

 そして言いたいことを全部言う。

 俺は家の玄関ドアを開けて、母さんを呼んだ。なぁに? 忘れ物? と言いながら出てくる。

「母さん、やっぱり俺、漫画家を目指すよ。もしダメでも、一度は本気で目指してみるから」

 驚いた母さんの顔が、少し緩んだ。

「・・・本気で取り組むなら、母さんは応援する」

「うん、じゃね、行ってきます」

 玄関ドアを閉じる前に、付け加えた。

「勉強も、頑張るから」

 外に出ると、天使はさっきと同じ位置にいた。俺が出てきたのを見ると、また昇りはじめた。

「ありがとう」

 天使は頷いただけだ。

「あ、そうだ。ひとつ聞きたいことがある。さっきは俺が魂だけの存在になってたから空を飛べたってことだろ?」

「うん、だと思うよ」

「じゃあ小3の時は? あの時は本当に空を飛べたんだ!」

 天使は少し考えた。
 そして言った。

「その時は本当に飛んだんだろうね、きっと」

「信じてくれるの?」

「うん。あんたが本気で言ってるのがわかったから。じゃあねぇ」

 俺は胸の中にガッツポーズを作って、天使を見送った。
 彼女は空の高い高いところで見えなくなった。

 次に描くマンガのテーマ、決まった。
 空を飛べることを隠しながら、天使の手伝いをする少年の話。

 ふふふ。

 でも、今まずやりたいことは・・・。
 俺はダッシュで走り始めた。

 福田がそのあたりを走ってるはず。福田に追いついて、あいつとガンプラの話をするんだ。

「おーい! 福田ぁ~!」


 おわり



「登校!」
AIイラスト by Sakerart





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