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『格闘家、ユキ』


——ユキ、指名だ。準備しろ。
「私が?」
 私はシステムに聞き返した。
——指名だ。

 由緒ある格闘ゲームのe—sports大会、決勝の舞台で私が指名されるなんて。
 指名人気ナンバーワンは、筋肉隆々の少年格闘家、リュウヤ。そのリュウヤを差し置いて、プレイヤー1から私が指名された。
 ステージに上がる。今日のステージは近未来都市ネオ香港、夜の裏路地。
 私は一瞬だけ画面左上に視線をやり、表示されているプレイヤー1の名前を見た。TOSHM76。

(TOSHM76、あなたの期待に答えてみせるわ)

 プレイヤー2の格闘キャラがステージに上がってきた。リュウヤだ。私の目の前で仁王立ちになり、闘志に満ちた眼差しのまま口元だけで笑った。

「決勝であんたと闘うことになるとはな」

「思い切りやらせてもらうわ」

 と言いながら、私は少し不安になっていた。大抵のプレイヤーはこのタイミングで指慣らしを始める。コントローラーの感触を確かめるためだ。私もそれに反応してプレイヤーとの相性を確かめる。でもTOSHM76は未だそれをしない。なぜ?

——ROUND1:READY
——FIGHT

 リュウヤがテンポよく私に接近する。私はすかさず姿勢を低くしてキック。続けて下からパンチ、パンチ、パンチ。

(速い!)

 リュウヤの体が宙に舞う。やるわね、TOSHM76。
 体勢を整えたリュウヤがすぐに反撃に出るが、攻撃のひとつひとつをうまくかわす私。
 TOSHM76のボタン操作が、私の身体の芯に響く。速くて正確。そして無駄がない。各指の力が均等になる訓練を繰り返しやってきたのだろう。ボタンの打音と打音が、かぶることがない。ゆえに私は、ひとつの打音に対するレスポンスをひとつずつこなしていけばいい。それだけで効果的なヒットと防御が得られる。

「気持ちいいわ!」私はリュウヤを見た。「勘違いしないで。あなたを打つ事が、ではなく、このプレイヤーにコントロールされることがとても心地いいの」

「ふん、こっちはまだ少し緊張している。それだけだ!」

 画面右上のプレイヤー2の名前に視線を投げた。わたちんZ。リュウヤの言う事も一理あるだろう。ここは決勝戦、緊張してしかるべき闘いの場。それにわたちんZも決勝まで上り詰めた強者だ。油断はできない。

 お互いが打ち合い、幾分の体力を消耗した。そしてふたりは間合いをとった。

 TOSHM76のボタンさばきには相変わらず無駄がない。余分な指慣らしをしないのも、恐らく無駄な体力消耗を控えるためだ。

 ふたり見合ったまま、タイムカウンターが進むだけの時間・・・。
 長い——そう思った時だった。リュウヤの怒濤の攻撃がはじまった。一度防御に失敗した私は体勢を持ち直すことができず、身体が宙に舞った。血しぶきが飛び散る。
 連続コンボ。リュウヤの顔つきが険しくなったように見えた。

(まずい、来る!)

 必殺技だ。身体を回転させ、かろうじてよけたものの、頭部を背景に強打。体力が激減している。このラウンドは持って行かれるかもしれない・・・。

 私が諦めかけたそのとき、TOSHM76のボタン操作が強烈に私の芯を突き上げた。試合開始時と変わらない美しいリズム、私の鼓動と同期しているとさえ感じるほど激しく波打つコントローラー。
 私の士気はみるみる蘇った。そして攻撃に転じる。
 体力消耗時の攻撃は通常よりも大きなパワーを込められる。リュウヤはそれを真っ向から受けた。まだ勝負はわからない。

 弾け飛んだリュウヤの身体を追う私。ひと呼吸も置かず私に向き直るリュウヤ。ネオ香港の夜景の中、ふたりの影が交差した。それぞれの攻撃がヒットしたが、先に倒れたのはリュウヤだった。

 ひとつのラウンドを得た。全3ラウンド、ふたつ取れば勝利。この調子なら2ラウンド先取も夢ではない。この大会の歴史を振り返ると、ユキを使った優勝者はかつて存在しない。今日その歴史に新たなストーリーを刻むのか。いえ、それそのものは重要なことではない。今はTOSHM76とのプレイを、一瞬一瞬を、大切にしたい。そして楽しみたい。

「私、TOSHM76とならやれると思う」

「ふん、甘く見るなよ。俺ももうわたちんZの癖は完璧に把握したさ。
 これからだ」

「これからね」

——ROUND2:READY
——FIGHT


 おわり



<他のストーリーへのリンク>
https://note.com/kuukanshoko/n/n4251357b90d3



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