人はいかにしてコンテンツにハマるか、ということ(ハイキュー!!に愛を込めて)
気がつくと、体が宙に浮いていた。両の手は上に添えられて。なんなら、少し微笑んでいたかもしれない。
……今の、完全にオーバーハンドトス。
一連の動作が終わってから気づく。自分のしたことの意外さに、少し心臓がどきどきする。
それまで、バレーボールはおろか、あらゆるスポーツの真似なんかしたことがなかったのに。なぜ、トスなんか。
心当たりは……ある。いや、あれしかない。
週刊少年ジャンプで連載中のバレーボールマンガ「ハイキュー!!」。
中学時代に一度だけ、バレーボールの大会で対戦した主人公の日向翔陽(手前の人物)と影山飛雄(奥)。そこから始まる、高校時代の彼らの共闘とチームの成長がメインで描かれる。現在は最終章を連載中だ。
恋は突然落ちるものかもしれない。でも、コンテンツを好きになるのは、初見でハマるよりもじわじわくる方が多いのではないでしょうか。この「ハイキュー!!」によって、自分の心がどのように動いていったか、ここに綴っていきたいと思います。
1.最初、1巻に会う
何年も前から周りの人が「ハイキュー!!」を絶賛していました。noteでもたくさんの人がその素晴らしさについて書いていますね。
一度、重い腰を上げて1巻だけ読んでみたのですが、「絵がかわいらしく、親しみやすいな」で終わってしまい、2巻に手を伸ばしませんでした。結局、普通に面白いというかなり解像度低めの感想で終わってしまった。
その後、他のコンテンツで色々学習した結果、マンガは3巻(ドラマやアニメは3話)まで味わってから判断した方がいいことを学びました。1巻はまだ、その世界のエンジンが100%かかっていないことも多い気がしています。
2.数年後、アクシデントに合う
1巻での挫折から数年後。途中の巻(20巻代)だけを読む機会がありました。当たり前ですが知らない人、知らない学校がたくさん。ものすごく話が飛んでいたので当然、話についていけない。竜宮城から帰ったばかりの浦島太郎みたいになってしまいました。
コンテンツは、順序正しく摂取すべし。
3.出会えずにいた理由
今年の2月初旬、とあるイベントで写真家の方と話す機会がありました。会うのは2度目で、2回ともマンガの話をしました。その時、彼女が好きと言った作品の中で、唯一読んでいなかったのが「ハイキュー!!」。語り合えないのが悔しく、残念な気分になりました。
そこで読めば良かったのですが、実はまだそこまで至りませんでした。読まなくては読まなくては、と心に言い聞かせながら、毎日は過ぎていく。朝起きて、仕事に行って、疲れて帰りの電車でnote書いて、その繰り返し。なぜか本屋や電子書籍で探そうともしなかった。今はまだ、いいやと。
その理由はどこにあるのだろうと探ってみると、二つのことが思い当たりました。一つは、巻が多いマンガを読むことに躊躇していたこと。ジャンプ作品は週刊ゆえ、ヒット作の30巻超えは当たり前のような世界です。単純にその物量に慄いていました。あまり巻数が多いものに慣れていなかったのです。
もう一つは、私の球技、いや体育全般への苦手意識があったからだと思います。
小学校が体育中心の学校なのにスポーツが不得手で、6年間良い思いをしませんでした。途中まで逆上がりができずいたたまれなかったこと。ハードルや跳び箱は転んで以来怖くなってしまったこと。ソフトボール投げがとにかく絶望的な距離だったこと。枚挙に暇がない。
早くそこから出たい一心で過ごしていました。今思えば、ここでつけた体力はけっこう大事になったのだけれど。
逆に中学、高校は体育はとても楽でした。それでも球技は苦痛で、その最たるものがバレーボール。ローテがあるので必ず下手な技を披露しなくてはいけないのがきつかった。サーブはネット前で確実に落ちる、レシーブは真逆に返る。ペーパーテストを受けるのも嫌で、コートが何メートルとか興味ないよ! 聞かないで! とやけになってました。
そんなことばかりで、バレーボールとは友達になれなかった。大学卒業後は体育と縁遠くなり、運動全般はすっかり彼方へと遠のきました。
あと少しなのに、手が出ない。また緩やかに時が過ぎていったのです。
4.2020年、電子書籍で遭遇
同年4月。緊急事態宣言が出て、変わったことも変わらないこともありました。半リモート、半会社勤務のような形で日々を過ごし、少し心にゆとりが出てきました。
そんな中で発見し、登録したのが集英社の電子書店サイト、ゼブラック(最初サイト名を覚えられなかった)。きっかけは「鬼滅の刃」でした。
そして遂に見つけてしまった。「ハイキュー!!」の途中まで読み放題キャンペーンを(現在は終了しています)。
これを逃したら次はない気がする。そう思って手を伸ばしました。
まるで、初めてボールに触れるような気持ちで。
5.青春にあう
人がコンテンツにハマることの一番の条件、まずは話が面白いことだと思っています。
主人公たちが所属する烏野高校排球部のメンバーが揃う辺りの話で、これは読み続けたい、好きだと自覚するようになりました。それがちょうど3巻。
特に、小柄だけど男前なリベロ・西谷(にしのや)と、体格、風貌が立派なのに繊細なエースの東峰(あずまね)がコートに帰ってくるまでの話は、これぞ少年漫画というべき良エピソードでした。
頑なになっていた彼らの天の岩戸を開いたのは、メインキャラクターの日向と影山。この2人のバレーボールへの思いはとにかく熱い。だけど、彼らは弱さもさびしさも知っているから、押しつけがましくない。西谷、東峰だけでなく、かなりたくさんの人の扉がこじ開けられてしまったことだろう。もちろん、私も。
この巻を読み終える頃には、もうすっかり夢中でした。自分とは異なる世界の煌めきに。いいなあ、部活に打ち込んでみたかった。
その後、さらに深く沼に潜るには、キャラクターへの愛を感じるかどうかが深く関係すると推測しています。私にはしばらくそれがありませんでした。中学、高校時代はたくさん持っていたのに、いつの間にか消えてしまった。思い出はあるけれど、やはり全て過去のもの。
原因は、大人になってしまって妄想力が衰えたせいかもしれないし、コンテンツに対し努めて冷静であろうとしてきたせいなのかもしれません。
ところがです。「ハイキュー!!」4巻を読んだら推しができたんだ。
6.人間国宝級の推しにあう
メンバーがそろい、本格的に烏野高校排球部が始動したすぐ後。練習試合のスタメン選びにコーチは悩んでいた。実力、才能は1年生の影山が上。でも、もう1人のセッターで副将の菅原は3年生。どちらを選ぶか、誰だって迷いそうなものだ。コーチもOBだったから、なおさら。
先に動いたのは菅原。普段は優しくて、面倒見のいい先輩といった風の彼が、こう口にした。
(4巻26話、16-17ページ)
・・・・・・なんだこの人。
3年生なのに可哀想って思われてもかまわない。ただチャンスがほしい。仲間と1プレーでも多くコートに立ちたいから、だから。
才能ある1年を選べ。
こんな風に大人に言えるこの人は何者だ。もはや普通の人間じゃない。
しかも、顔が好みだ。
このようにして、菅原もといスガさんは推しになりました。しかもこの人、42巻でもやることが全くブレてないんですよ・・・・・・!
やはり人間国宝に認定したい。史上最年少の。
7.変わった自分にあう
その後順調に読み進めていき、昨日最新刊まで読み終えました。これで心置きなく人と語れるのでわくわくしているし、ほっとしている。やっと一人前になれた感じというか。やっぱりマンガはコミュニケーションツールとしての側面が大きい。今の自分にとっては。
3ヶ月前はこんな風にnoteを書いているなんて思わなかった。バレーボールの公式球であるMIKASAのTwitterをフォローする未来も描けなかった。そして昔は東京体育館に1mmも興味がなかったが、今となっては聖地だ。
変われるもんだな。少しだけ。
「ハイキュー!!」はそろそろ本格的に終わりそうな局面を迎えているのだが、それでも今、出会えて良かった。
気がつくと、体が宙に浮いていた。両の手は上に添えられて。なんなら、少し微笑んでいたかもしれない。
……今の、完全にオーバーハンドトス。
一連の動作が終わってから気づく。自分のしたことの意外さに、少し心臓がどきどきする。
これは全部愛のせいだ。
照れながらそそくさと姿勢をただす。そう、ここは会社の廊下。しかもエントランスにほど近い。見られたら完全にやばい。
・・・・・・うちの会社、元バレー部多いしな。
もしも私のエアトスを受けたら、「ハイキュー!!」読んでみてくださいね。心は何度だって飛べるから。