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【インタビュー】京都市立芸術大学の学生が挑戦するインディーゲーム『巡るアトリエ棟』とは?
2023年10月に新しいキャンパスに移転した京都市立芸術大学。移転前のキャンパスである沓掛キャンパスには、そこで過ごした人だけが知る魅力がたくさん存在します。
そんな沓掛キャンパスを舞台とするインディーゲーム『巡るアトリエ棟』が京都市立芸術大学の学生によって制作されました。本作はいったいどのような経緯で生まれたのでしょうか。
今回は、代表の川原奈々さんと松田優さんに、その制作過程や想いについて詳しくお聞きしました。
▼まずはこちらのトレーラーをご視聴ください。
川原奈々
京都市立芸術大学美術学部デザイン科ビジュアルデザイン専攻4回生。ゲームをプレイしたりゲーム実況を見たりするのが好きで、ゲームを制作するテーマ演習を立ち上げた。最近はじめたゲームは『原神』で、RPGなどでゆったり探索できるようなゲームが好き。
松田優
京都市立芸術大学美術学部デザイン科プロダクトデザイン専攻4回生。ゲーム制作に興味がありつつ、ゲームを広報することに興味を持って企画に参加した。好きなゲームは『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』で、ゲームの中でコレクションをするのが好き。
偶然が重なってはじまったゲーム制作

まずはじめに、この企画の背景についてお聞かせください。
川原:
もともと私が個人的にゲームをつくりたいなと思っていて、大学でできないかなと題材を探してました。そんな話を友達だったり、大学の知り合いに話してるときに、同じように思っている人がいっぱいいることがわかって、京芸にはゲーム制作をしたいという潜在的なニーズがあるんだということを感じました。
それで、そういう興味のある人が集まってグループ制作ができたらと考えていてたときに、ちょうどテーマ演習の募集が始まっていたんです。そこで、グループでゲーム制作ができる授業を企画できないかなと考えました。
テーマ演習とは
京都市立芸術大学の3回生以上が必修で受講する共通教育科目で、専攻の枠組みを超え、自由にテーマを設定して制作や研究に取り組む授業。
なるほど、そこから実際にテーマ演習の授業を立ち上げ、本企画がスタートするわけですね。その後はどんなことをしましたか?
川原:
まずは研究テーマを考えました。実は、テーマ演習の担当教員をしてくださった谷川先生が、ちょうどデジタルゲームに関する論文※を書いていたんです。
※谷川嘉浩「デジタルゲームから考えるコンテンツツーリズムの教育性:記憶の参照、積層する記憶、確認とズレ」
論文では、実在の場所を舞台にしたゲームを取り上げている。実在の場所を扱うゲームでは、プレイヤーはその場所に対する自分の記憶を参照しながらプレイする。また、ゲームをプレイしたあとにその場所を訪れたときはゲームでの記憶を参照する。そういったことについて段階を踏みながら丁寧に整理することで、その文化的な価値について論じている。
この内容がテーマ演習のテーマにちょうど良いと考えました。
さらに、京芸が半年後に移転するということもあったので、移転で立ち入れなくなる沓掛キャンパスを舞台にしたゲームというのは、制作する価値が非常に高いのではと考えました。
最初に川原さん自身がゲームをつくりたいという想いを周りと共有できて、それから谷川先生の論文を見つけてテーマが決まり、ちょうど移転を控えた沓掛キャンパスを舞台にしたというわけですね。
川原:
はい。最初から意図してそうしてきたというよりは、いろんな偶然の状況が重なって生まれた企画であると今は感じています。
沓掛キャンパスの魅力をうまく活かしたゲームシステム
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今回の沓掛キャンパスのように、実在の場所をモデルにしたゲームをつくるのは決して簡単ではないと思います。沓掛キャンパスにはどういったテーマ性を見出したのでしょうか。
川原:
沓掛キャンパスは、先ほどもお話したようにもう踏み入れられない場所になってしまいます。またそもそも沓掛キャンパスは、とても山奥のキャンパスで限定的な場所だなと思ったんです。坂も厳しくてめちゃくちゃ不便な場所なので、近隣の人か京芸生くらいしか立ち入ることのない場所だったんです。
そんな沓掛キャンパスをデジタルゲームにすることで、誰でもアクセスできるようになるのがおもしろいんじゃないかと考えました。
たしかに、沓掛キャンパスには他にはない独特な空気感がありますよね。沓掛キャンパスの特徴を作品に落とし込むにあたって、良かったことはありましたか。
本作は沓掛キャンパスのなかでもアトリエ棟という建物が舞台となっています。アトリエ棟は、設計の面でも本当に他にはない建造物で、半階ずつにフロアがあったり、その階段をちょっとずつ上って移動していく感じがどこにもない感覚でした。
また、廊下に作品が無造作に置かれていたりしていて、ぜんぜん知らない専攻の学生の作品を知ることができたり、どこか学生の生活感もあったりして、いろんなことを伺い知れる感じがおもしろいと思っています。
謎解きゲームの舞台としては絶好の舞台だったんですね。PVも見せていただいたのですが、赤い昇降機がとても映えていて、京芸の雰囲気を感じるし、純粋に画面で見たときに良いビジュアルだなと感動しました。

川原:
ありがとうございます。あんなにかっこいいのに動かないんですよね。そこがおもしろい。
本作は主人公が守衛さんである点も特徴的だと思います。そこに至った経緯を教えていただけますでしょうか。
松田:
では私の方から。最初は学生を主人公にするアイデアももちろんありました。そういういろんな案の中の一つに守衛さんも考えられていて、みんなで決めていった感じです。
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守衛さんは、京芸生ほど京芸や京芸生のことを知っていないので、本作を通して京芸生のことを知っていくことになります。
また、職務の一つである構内を巡回する仕事が、ゲームのシステムに落とし込みやすい点も良かったです。探索ゲームとして歩き回る理由にもなるし、いろんな場所を見るのでキャンパスのアーカイブという要素も満たせると考えました。
なるほど。沓掛キャンパスをまったく知らない人も楽しめるゲームに仕上がっていそうですね。
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京芸だからこそ実現した制作チームのかたち
次に制作過程についてお聞きします。まずはお二人が『巡るアトリエ棟』の中でどういったポジションにいたのか、何をしていたのかを教えて下さい。
川原:
はい、私はディレクターとして、作品の統括をしたり、スケジュール管理などを担当してます。制作に関しては浅く広くしていて、シナリオ、謎解き、キャラクターデザイン、会話パートのプログラムなども担当しました。
松田:
私の役割としては、チーム全体のマネジメントをしていました。次回までに何をやるのかをピックアップして、それを全体に伝えるのが主な役割です。外との繋がりがあったときの連絡係として動くこともあります。また、ゲーム内のサウンドや守衛さんのキャラクターデザインも担当しました。
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制作チームとしてはどのような体制だったのでしょうか。
松田:
参加メンバーとしては、学生が全員で15人いて、加えて先生が1人です。専攻もバラバラで集まっています。
制作体制は時期によって異なります。最初はすぐにゲーム制作に取り組むのではなく、役割を決めずにアイデアを出して模索しながら進めました。
その次に3チームに分かれて、それぞれが企画案を考えてプレゼンをするという流れになりました。
制作段階に入ると、ディレクターとマネージャーは一番はじめに決めて、それ以外はその都度役職を決めていきました。1人がひとつの役割を持っているというわけではなく、複数の役割を兼任することも多くあります。
そうやって柔軟に変えられる体制を意識してつくっていました。
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制作にはどれくらい時間がかかりましたか。
川原:
まず最初の1年で、どういうゲームかがわかってプレイできる状態のベータ版を制作しました。その後、今年度は有志のメンバーで集まって、引き続きブラッシュアップをしていて、ちょうど現在は配信版を制作しているところです。
スケジュールはおおむね予定通りだったのでしょうか。
川原:
いえ、そんなことはまったく。当初は簡単なゲームを2023年秋冬くらいまでには制作できると思っていたんですけど、進めていくうちにやっぱりこれもやりたいよねとか、やりたいことが膨らんできて、時間が足りないぞとなりました。
ずっと手探りで進めています。進めるといろいろわかってきて、やばいって言ってまた戻ってきて、そこから考え直してっていうのを、何度も行ったり来たりしながら取り組んでいますね。
松田:
参加しているメンバーはそれぞれこのゲーム制作以外にも自分の専攻の本制作があるので、それと同時にやるのは難しかったですね。
毎回夜中の1時くらいまで会議をして、そこからまだ気力のある人は作業していました。それと並行して学科や実技の授業も受けないといけないんですけど、それでもみんな楽しんでやっていたのですごかったですね。それだけ沓掛キャンパスに対してみんな思い入れがあったんだろうなと思います。
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川原:
みんなクオリティに対するこだわりとスピード感もすごくて、ラフでいいよってお願いしたものがもう完成版になって出てきたりとか。毎回全部予想以上のものが返ってきて、そこが京芸でゲーム制作をやってよかったなというポイントですね。
インディーゲーム制作に挑戦できる環境が京芸にはある
今回、京芸という環境でインディーゲームの制作をやってみて、なにか良かったことがあれば教えて下さい。
川原:
京芸にはいろんな専攻があるので、個人個人の得意不得意があって、それぞれ補い合って作業できることが良かったです。
みんな制作に対しては真剣なので、作品に対する意見も真摯に出してくれます。ふんわりチームでつくろうねというよりは、一人ひとりに自分のつくりたいものの軸があって、その上ですり合わせをして進めていくのが、難しくはあるのですが、おもしろかった部分でもありますね。
また、これは京芸の文化的な面ですけど、メンバー以外の京芸生も制作に対して理解があるので非常に協力的なんです。たとえば資料集めやアンケートなんかも、お願いしたときにまったく不審な目で見られず、むしろ積極的に答えてもらえて、すごく助けられました。
チームだけでなく、京芸全体としてつくりやすい環境があったんですね。逆にこれは困ったということはありますか。
松田:
京芸にはゲーム制作を専攻できる学科はないので、すべて一から自分たちで調べていく必要があるのが大変でしたね。たとえばGoogleで「ゲーム 制作 ソフト なに」みたいな感じで調べるんですけど、そこで始めてUnityを知るみたいな。本当にそういうところから、地道に進めてきました。
なので、最初は知らないことや慣れないことばかりで、心が折れそうになることのほうが多かったかもしれない。けれど、同時にできるようになることも徐々に増えてきて、何よりゲームの画像が出来上がったり、そういう制作過程が見えてくることによって「ああ、頑張ろう!」と思いました。

もともと京芸にはゲーム制作に興味がある人が多かったと言っていましたが、そんな中先陣を切ってやり遂げた皆さんには、ぜひその知見を広く発信してもらいたいですね。
川原:
たしかに、まとめてどこかで発信できたらいいですね。今もとても困っていることがたくさんあって、セーブの実装方法がわからないとか、本当にいっぱいあるので、そういうのを共有できるコミュニティもあればいいですよね。
今後のそういう動きにも期待しています。
いよいよ配信スタート。今後の展望は?
それでは、『巡るアトリエ棟』に関して今後の展望があれば、教えてもらえますか。
川原:
はい。ゲームに関しては、もう本当に配信間近なので、それを無事配信できるように頑張りたいです。あとは、もうすぐホテルアンテルーム京都という場所で体験版を試遊できる展示会があるので、そこでいろんな人に来てもらって知ってもらいたいなと考えています。
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展覧会概要
名称:art bit - Contemporary Art & Indie Game Culture - #4
会期:2024年6月23日(日)〜9月7日(土)10:00~20:00
会場:ホテル アンテルーム 京都 l GALLERY9.5
入場料:無料
さらに、もっと知らない人にも知ってもらえるようにSNSをちゃんと動かすとか、ゲーム自体もミニゲームを追加するなどアップデートしていきたいですし、海外の人も遊べる英訳版もつくっていけたらいいなと思っています。
これからさらに盛り上がりそうですね。そのさらに先、3年後にはお二人はどうなっていたいですか。
川原:
私は、今のチームでのインディーゲーム制作がすごく楽しいので、このままどんな形でもゲーム制作を続けていきたいと思っています。
松田:
私はそうですね、あまり考えたこともなかったですけど、でもゲーム制作に近くで関われるようにはしたいと思っています。自分がつくらないとしても、話は聞いていたい、触れていたいです。
川原:
うん、3年後もマネジメントをお願いして…(笑)
きちんとマネジメントして完成させて本当にすごいので、ぜひ続けてほしいです。
川原:
本当にすごい!
松田:
いやいやななちゃんがすごいよ。
ディレクターとチームマネージャーのお二人がいたからこそ、素晴らしい作品になっているんだろうなとインタビューを通して伺えました。
実際にゲームをプレイするのを楽しみにしています!
川原・松田:
ありがとうございます!
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■2024年6月20日、配信開始
『巡るアトリエ棟』は、2024年6月20日よりフリーゲーム投稿サイト「unityroom」にて配信中です。
沓掛キャンパスで過ごした人も、そうでない人も、ぜひ一度遊んでみてください。
インタビュー日:2024年6月16日
インタビュアー:大三