8.18才から始める文無し橋の下生活(1)
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病室のベッドで目を覚ました。
全身に包帯を巻かれ、あちこちがひどく痛む。
隣の椅子に宵人がいて、俺の胸に覆い被さるようにして寝息を立てていた。
頬に涙の筋が残っている。
俺は手を伸ばし、その前髪にそっと触れた。
(ごめんな。怖い目に遭わせちまった)
ドアが開き、白衣を着た女医が入ってきた。
「起きた?」
「ここは?」
「あなたみたいな人専門の病院。藤堂さんがが運び込んで来たのよ、女房と子供の礼だって言ってたわ」
問診の合間、芥のことを聞いてみた。
彼女は眠り続けている宵人にちらと目をやった。
「ああ……彼が〝凶拳〟嵐道芥なの。少し前に始末されたって聞いたけど」
「誰に?」
「わたしも詳しいことは知らない。九霊会を裏切ったとか何とか」
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一週間後、退院した俺は芥とともに家路についた。
体はほぼ本調子に戻っていたけど足取りは重い。
あの医師は当然ながら闇医者で、「今月中に治療費100万円を払えない場合は内臓をもらう」と言われた。
俺は長々とため息をついた。
「100万って……どーすんのマジで」
「お前の善人ごっこの結果がコレだ。笑えるな」
他人事のように言う芥の横顔を盗み見た。
この数日、寝ても覚めても彼のことで頭がいっぱいだ。
敵を薙ぎ倒すあの姿が目に焼き付いている――それは獲物を食いちぎる肉食獣みたいに怖くて、美しかった。
(芥のことを知りたい)
心の底からそう思った。
彼の思いに、過去に少しでいいから触れてみたい。
俺は何気なく切り出した。
「あー、えっと。ところでさ……芥って何で格闘技始めたの?」
「お前はどうなんだ」
俺は苦笑いした。
「俺? 俺は子供のころイジメられてたから。女みたいな顔だって。やり返したくて」
「俺もまあ同じだな」
彼の額の傷跡に眼を向ける。
「それをつけたやつにやり返すため?」
芥の顔からすっと表情が消えた。
「こっちの事情だ。つき合わせる気はない」
「もうじゅうぶん付き合ってるだろ」
「お前は藤堂を殺せなかった。あのとき俺が宵人のままならどうなってた?」
声は静かだが、有無を言わせぬ拒絶が含まれていた。
早足になった相手をあわてて追うと、芥は突然立ち止まってこちらを見た。
その真っ直ぐな視線に思わず立ちすくんでしまう。
「あの家で暮らすのは終わりだ」
「えっ……?」
体に冷たいものが込み上げてきて、俺は思わず叫んだ。
「ちょ……ちょっと待ってよ! だって、これからお前だけでどうするんだよ?!」
彼は首を振り、向こうに顎をしゃくった。
「お前も終わりだ。見ろ」
そちらを見ると、燃え尽きた俺のアパートがあった。
トースターに放り込んだまま忘れていた食パンのように真っ黒コゲだ。
作業服の男たちが解体作業をしている。
「えぇ!?」
唖然としてそこに駆け込んでいくと、作業員が立ちふさがった。
「コラ、入っちゃダメ!」
「そこ俺んちなんだけど?!」
「ああ。そりゃ気の毒に。三日前に全焼しちゃったよ」
「ウソだろ……何で?」
「放火だってさ。管理人が大喜びしてたぞ、保険金が入ったって。ニーチャンも前向きに生きろ」
仕方なく切捨橋の下へ向かい、ダンボールで仮住まいの家を作った。
宵人は「秘密基地だ!」と言って大喜びしていたが、俺は暗澹とした気分だった。
(九霊会のやつらだ! ここまでやるかよ!?)
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数日後。
スーパーマーケットでアルバイト中、俺は金を作る方法を考えた。
保証人も家もないんじゃどこからも借りられないし、親戚縁者も頼れるあてはない(あったら橋の下で寝泊りしてない)。
九霊会の連中が俺たちを見逃すとも思えないし、悩み事だらけだ。
いっそ宵人を抱えて夜逃げしてしまおうかと思ったが、どこへ行ったって金がないことは変わらない。
(また金だ。いつもいつも金がない! くそ!)
鬱々とした気分で商品の品出しをしていると、向こうで大声が聞こえた。
客の老人が新入りバイト店員に怒鳴り散らしている。
見ていられず割って入ると、そのバイトが通路にジュースの箱を積み上げている最中に倒してしまい、老人に当たりそうになったということらしい。
謝り倒して場を収めると、そのバイトは小さな声で礼を言った。
ゆるくウェーブした黒髪を顔に垂らしている。
その伏せがちの暗い瞳を見たとき、俺ははっとした。
「煉《レン》くん?」
向こうもはっとして俺を見た。
手にしていたペットボトルを取り落とし、唖然としている。
「せっ、センパイ?!」
高校時代、俺の所属していた空手部はときどき柔道部に行って投げ技を教わっていた。
そのときもっぱら俺が相手をしてもらったのがいっこ下の彼、白砂《シラス》煉だ。
あんまり上手いほうじゃなくて、ほかの柔道部員からは「投げられ役」とか「サンドバッグ」とかって呼ばれていたし、素人同然の俺でもぽんぽん投げられた。
性格も明るくはなくて、ほかの生徒と話してるところを見たことがなかったけど、いつもひたむきに練習に打ち込んでいる彼の姿を俺はひそかに気に入っていた。
ほんの5000兆円でいいんです。