2.天使かと思ったらやべーやつだった。(2)
「近い! 顔が……近い!」
両手で突き放そうとしたが、宵人はすばやく身を引いてそれを受け流した。
つんのめって転びそうになったところを、彼の大きな手で支えられた。
俺はとっさにその手を振り払い、身構えた。
「くそ……」
宵人はあざけるように笑い、両手を広げて「やってみろよ」と挑発する。
さすがに俺も頭に来てパンチを繰り出したが、本気ではできなかった――フィギュアを手にして笑っていた宵人の顔がよぎってしまった。
相手は易々とかわし、逆に俺の腕を取ってねじり上げた。
必死に身をよじったが振りほどけない。
「あっ……」
相手を睨むと、宵人は微笑みながら俺の顎を掴んだ。
人差し指の先端が喉のあたりをなぞる。
大きくてたくましい手なのにその動きは繊細で、ぞくぞくする感じに襲われた。
「ん~……美味そうなお兄さん」
「宵人、どうしちゃったんだよ……?!」
「宵人はいない。ここにいるのは俺、芥《アクタ》だけだ」
宵人は歯を見せて冷たく笑うと、俺の首筋に舌を這わせた。
同時にその指が俺の尻のほうへと滑り降りていく。
「あいつの面倒を見てくれてありがとう。俺の面倒も見てもらおう」
「やめ……」
悲鳴を上げかけた瞬間、宵人の眼の中で光が揺らいだ。
数度まばたきすると、右のこめかみを押さえ、めまいに襲われたようによろめく。
「う……」
「宵人?!」
彼はぽかんと口を開けたまま、あたりをきょろきょろと見回した。
きょとんと俺を見る。
「ココ兄ちゃん」
俺は呆気に取られ、しばらく彼を見つめた。
表情や仕草が元の宵人に――子供に戻っているのだ。
「ん……あれ? ぼく、寝てた?」
ともかく彼をタオルで拭い、服を着せた。
ドライヤーで髪を乾かしてやっている最中、宵人は『黒猫ニンジャ』のオープニング曲を歌い始めた。
「復讐秘めた赤黒猫の~必殺! タツマキ猫拳炸裂だ~♪ イヤーッ! ……ココ兄ちゃん、一緒に歌ってよ」
一緒に口ずさむ一方、俺はパニックになっていた。
さっきまで宵人だったのは誰なんだ……こいつの頭は一体どうなってんだ!?
ほんの5000兆円でいいんです。