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記憶を消してもう一度
大どんでん返し。伏線回収。衝撃のトリック。
映画やドラマ、小説などで、こういった触れ込みをよく目にする。
大どんでん返しの映画を観た時、「まさか真実がそんなことになっていたとは」「騙された〜」と、ゾクゾクと爽快な気持ち良さを感じる。
その瞬間をもう一度味わいたいという気持ちにすらなる。
ただ、真相を知ってしまった以上、今後同じ映画を何度観たところで、もうあの衝撃は戻ってこない。
記憶を消してもう一度観られたらいいのにと思う。
映画や小説のような大層な作品でなくても、日常の些細な出来事でも、気持ち良さを感じることがある。
思い出せそうでなかなか思い出せなかった芸能人の名前を、自力でやっと思い出せた時。
みんなが悩んでも分からないなぞなぞを、一番に閃いて正解できた時。
誰かにヒントを出してもらったり、スマホで検索した時には、その気持ち良さは得られようもない。
「真相に辿り着く」ことには、アドレナリンかドーパミンかアリナミンかなにかを分泌する効果でもあるのだろうか。
わたしは器やコースター、箸置きなど、食卓周りのグッズを集めるのが好きだ。
ランチョンマットがだいぶ増えてきたので、収納方法に悩んだ結果、酒樽を使おうと思いついた。
おしゃれな立ち飲みバーみたいな場所で、テーブル替わりに使われることもある木の酒樽。
インテリアとしてもいい感じの雰囲気になるだろう。
クルクルと筒のように巻いたランチョンマットを、傘立てのように立てて収納できれば良い。
小バケツぐらいのサイズの酒樽がホームセンターに売っているらしく、買い出しに出かけた。
家具や園芸用品、DIYができるような木材や工具など、幅広い商品が売っている広いホームセンター。
「すみません、樽ってどこにありますか?」
大学生と思しきバイトのお兄さんに尋ねた。
わたしは客だが、店員さんに尋ねるのにタルという二文字で済ますのは不親切であることは分かっていた。
あのー、樽なんですけど。
木でできたやつで、お酒が入っているような酒樽、分かります?
大きいものだとバーとかでテーブル替わりに使われてたりもする感じの。
あと、海賊がガハハと豪快に酒盛りしてる後ろにありそうなやつです。
本来ここまで説明してやっと伝わるのかもしれない。
ただ、これはもう完全に酒飲みだ。
わたしは、バイトのお兄さんに「酒飲みの女」だと思われることを恥じらい、ぶっきらぼうな尋ね方をしてしまった。
少ないヒントながら、お兄さんは売り場を案内してくれた。
「こちら、ですよね?」
少し不安そうなお兄さん。
案内された売り場をざっと見たところ、樽は見当たらない。
長い菜箸。ボウル。
違う。
キッチンバサミ。しゃもじ。
何だ、この感じは。
目を皿のようにして売り場の商品を見る。
醤油さし。お弁当に入れる緑の葉のようなバラン。
何と間違えられたのだろう。
巻き寿司を巻くときの竹の巻き簾。
もしや、、
酢飯を混ぜる木の桶。
「オケですね、これ。
わたし欲しいのタルなんです。」
真相に辿り着いた。
お兄さんはタルをオケと間違えていた。
わたしは観念して、前述の詳細な樽の説明をした。
お兄さんはインカムで「お酒の樽です。そうです、海賊の。」と他のスタッフに訪ねてくれて、無事、酒樽の売り場まで案内してくれた。
「オケですね、これ。
わたし欲しいのタルなんです。」
自ら真相に辿り着いたこの時の気持ち良さが忘れられない。
記憶を消してもう一度
この台詞を言った時の気持ちを味わいたい。
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さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「カツオの説明」
をお届けします
お楽しみに〜
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