遅刻魔・アリサ
わたしは高校時代、吹奏楽部に所属し、「パーカッション」と呼ばれる打楽器全般のパートを担当していた。
同じ学年のパーカッションパートは、わたしとアリサ(仮名)の2名だけ。
つまり、アリサはわたしにとって相方というべき存在だ。
アリサは真面目に練習し、演奏も器用にこなす。
見た目は小柄で華奢でかわいい。
天然ボケで周りから弄られながらも、愛されキャラである。
ただ、わたしはアリサに一つだけ、許せないポイントがあった。
アリサは遅刻魔だ。
我が母校の吹奏楽部で意味する「集合時間」は、「登校時間」とは異なる。
楽器の準備や配置、ウォーミングアップなどを済ませ、合奏や練習を開始できる状態が「集合」である。
つまり、9:00集合の場合、遅くとも8:30には登校しておく必要がある。
しかし、アリサは8:30に登校することはほとんどなく、集合時間の9:00でさえも危うい。
出欠確認は、みんなが準備万端となった集合時間に行われる。
フルートやクラリネットなどの小さい楽器から順番に、8つのパートごとに出欠報告を求められる。
フルートパート
「○○さんが体調不良で欠席です」
クラリネットパート
「××さんが家の用事で遅刻です」
サックスパート
「△△さんが補修で遅刻です」
100名を超えるマンモス部活だったため、出欠確認にも時間を要する。
その間、未だアリサの姿は見当たらない。
わたしたちパーカッションパートの出欠確認は、一番最後だ。
「アリサが寝坊で遅刻です」と報告するように口の準備をした頃、部室の入り口に息を切らしたアリサがひょっこり顔を出す。
アリサはわたしに「来たよ、わたし間に合ったよ」と視線を送ってくる。
わたしは渋々「全員出席です」と報告せざるを得ない。
アリサはたまたま出欠確認が一番最後のパーカッションだから、いつもギリギリで遅刻を免れているだけである。
100名を超える部員のうち、コンクールに出場できるのは50名だ。
いくら頑張って練習しても、コンクールメンバーから外れて悔しい思いをする部員も多い。
我がパーカッションパートでは、アリサとわたしを含む6名がメンバーに選ばれたが、1年生はメンバーから外れてしまった。
コンクールの練習が佳境に入った頃。
1年生が朝早くから来て、楽器の準備を手伝ってくれる。
本人はコンクールに出場できないのに、わたしたちコンクールメンバーの練習がスムーズにできるように、汗をかきながらせっせと楽器を運んでくれる。
それに引き替え、アリサは。
またギリギリに到着し、他のみんなが準備してくれた楽器を使い、合奏に参加する。
アリサの遅刻はもう部活の風物詩となるほどで、いちいち腹を立てていてはキリがないため、普段はボケを交えつつも軽く小突く程度だった。
ただ、さすがにこれはよくない。
意を決したわたしは、その日の練習が全て終了した後、アリサに声をかけた。
わたしの人生で人を叱ったのは、この時が初めてだったと思う。
「コンクールに出られなくて悔しい思いをしてる1年生が、うちらの楽器を準備してくれてるの知ってる?
やのに、コンクールメンバーのうちらが遅刻するのは、おかしいんちゃうかな?
うちらは下級生を引っ張っていく立場なんやからさ、もっとちゃんとしよう?」
わたしは怒鳴り散らすような柄でもないし、諭すように冷静に話しかけたつもりだ。
すると、アリサはみるみるうちに捨て猫のように目を潤ませた。
トランペットやサックスなど、他のパートはこんなしょうもない悩みはなく、より高みをめざして練習に勤しんでいる。
一体感を築き、絆を深めている。
わたしは相方アリサと、色んなことを乗り越えてきたし、信頼関係もあった。
でも、アリサの遅刻癖が引っかかってか、他のパートほど絆を深めることができなかったのかもしれない。
卒業後、なんだかんだアリサとはよく遊んだり食事に出かける関係が続いた。
もう部活のように時間を厳守する必要もないので、アリサの遅刻癖を受け入れて、「遅刻の言い訳予想クイズ大会」で楽しむようになった。
わたしとアリサを含めた6名で旅行に行く際は、アリサ以外の全会一致のもと、アリサにだけ嘘をついて、集合時間を30分前倒しで伝えた。
夜に女子会をする際にも、アリサは待ち合わせに遅れてくる。
アリサの遅刻は昼夜問わない。
アリサに問うた。
「目元にそのキラキラのメイクを施したのは、遅刻すると分かる前か、後か、どっちや?」
アリサは「ごめーーーーん」と高い声で謝りながらわたしの体をピトッと触る。
アリサに問うた。
「デートの時も遅刻するんか?」
アリサは答える。
「デートだからといって時間通りに来れるんやったら、普段からもそうしてる。遅刻を許してくれる人が条件」
そんなアリサと、社会人になってからも意外と結構気が合って、よく2人で会っていた。
20代の女子トークなど、仕事の愚痴もそこそこに、恋話に移行するのが常だ。
アリサとわたしは、恋愛で似たようなことで悩むことも多かった。
「で、最近どうなん?」
「先そっちの話から聞くわ、わたしはアレやから」
「アレ?」
「そう、別れたから。もう今は喋れる話無いわ」
「え?ちょっと待って?わたしもなんやけどーー」
「え?ホンマに??いつ?わたし先月末」
「え?わたし先月の20日。めっちゃ近いやーーーん」
絆が生まれた。
あれだけの青春時代を過ごした部活ではかなわなかったのに。
こんな傷の舐め合いを契機にあっさり、アリサとわたしの間に絆が生まれた。
それ以降も、アリサとわたしの恋愛バイオリズムが似ているのか、同じようなタイミングで彼氏と付き合ったり別れたりしていた。
その度に絆が生まれた。
30代も半ばに差し掛かった先日、そんなアリサがついに婚約した。
色々と悩んでいたのも知っているが、彼女なりに考え抜いてようやく決断した。
わたしの家に来て婚約を報告してくれたアリサの顔は、清々しく晴れやかだった。
わたしと強い絆で結ばれたアリサ。
彼女の婚約、こんなに嬉しいことはない。
アリサの旦那さん、お願いです。
遅刻には寛容でいてください。
どうかマツコ・デラックスにはならないで。
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さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「誠に勝手ながら」
をお届けします
お楽しみに〜
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