執着を手放すことで叶った『結婚』『出産』
最近、夫から勧められた本を何冊か読み、過去を振り返ってみた。
今までの人生の中で、叶った願いで大きなこと2つをあげるとすれば、
『結婚』と『出産』でしょうか。
この2つの願いが叶った時の自分のマインドが全く同じだったなと今にして思うのです。
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どれも本当におすすめです。
ホ・オポノポノはちょっと時間かかったけど、それ以外の3冊は結構すぐ読めちゃいます。ポロポロと自分の中の何かがはがれ落ちていく感じがしました。
自分の中にあった結婚や出産についての考え
”あたりまえにするもの”だと思ってた。
社会人になりたての頃は、仕事が楽しすぎて今はまだしたくないけど、30歳くらいになったら結婚してもいいかな~なんて安易に考えてた。
周りはどんどん結婚していくけど、自分の番はなかなか来ない。
羨ましいな~という気持ちがどんどん沸いてくる。
34歳で3年付き合った方とお別れし、”これはヤバい!”と焦る。
今になって思うと、お付き合いの延長線上に”家族になる、なりたい”って気持ちが強すぎて、執着してしまっていた。
34歳独身、一人で生きる覚悟をしてみる
猛烈サラリーマンから鬱になり、休職→復職したけれど、
結局、退職することにした時、実家に戻っていた。
事務職に転職してのんびりOL生活。
このまま独身で生きていくとして、実家暮らし?やりたい仕事は?など色々と見直しをしていこうと考えた。
一人の時間も増えたので、興味がわいてきたことは、ワークショップに参加してみたり、とにかく自分を楽しむことに集中。
『このまま一人でもいいし、もし、いい人に出会えたらそれもいい』
そんな気持ちに自然となれた頃、今の夫と出会ったのでした。
夏に出会い、翌春には入籍&地方移住。
周りのみんなが続々としていく結婚が自分はでき『ない』
『ない』からそれが欲しいと執着して、
『ない』と思っているその状態を引き寄せていたのです。
でも、
『このまま一人でもいいし、もし、いい人に出会えたらそれもいい』
という気持ちになった時、今のままでも幸せだということに気づいて、
結婚でき『ない』という執着を手放せたのかなと思います。
結婚後、今度は子どもが欲しいと願う
2度の初期流産
入籍後にすぐ36歳となりましたが、晩婚化が進む昨今、40歳までだったらまだまだ出産のチャンスもあるだろうと安易に考えていました。
そして、結婚した年の年末、妊娠したのです。
→心拍を確認することなく初期流産となりました。
まあでも、妊娠できるということがわかったから良しとしよう、と気持ちを切り替え3か月くらいで、再度妊娠。
2度目の妊娠は心拍を無事確認でき、喜んだのも束の間、出血があり、またしても初期流産となりました。
不育症なのではと検査もしましたが異常なし。
その後は、生理が来るたびに落ち込み、子宮を冷やしてはいけないと”冷え取り”に必死になったりもしました。
そして、身近な人の妊娠を心から喜べない自分がいて、
表面的にはどんなに取り繕っても、自分の心の奥底にあるドロドロとした気持ちに何度も落ち込みました。
不妊治療はしない
夫は私の6つ下。
私の年齢的なことを考えると、子どもが出来るかはわからないけど、自然に任せて不妊治療はしないと相談していました。自然に授からなかった時、どうしても子どもを望む時は、養子も視野に入れようという考えでした。
(みなさんそれぞれが一番いいと思う選択をして欲しいです。)
焼山峠の子授け地蔵(山梨県山梨市)
検索すると色んな方が書いているブログが出てくると思うので見てみてください。私の周りでも、このお地蔵さまのお陰で子どもを授かったという方が結構います。おすすめです。
”誰にも見られないように夫婦でお参りをして、そこにあるお地蔵さまを1体お預かりします。お家で毎日手を合わせ、子どもを授かったら、お礼にお地蔵さまを2体にしてお返しする。”というものです。
42歳で妊娠
お地蔵さまに手を合わせ、自分と向き合う
お地蔵さまをお家にお預かりしてから数年、毎日手を合わせていましたが、それは自分の心と向き合う時間でした。
”どうして子どもが欲しいのか”
欲しいと願うことが普通だと、勝手に思っていたけれど、どうして欲しいのかなと自分の心に聞いてみました。見たくなかった本当の気持ち。
”子どもがいない自分には価値がない”
結婚の時と同じく、また『ない』ことに囚われ執着していたのです。
見ないふりをしていた自分の気持ちに大泣きしました。
なんと小さな自分・・・
それからは、手を合わせるたびに気持ちと向き合う。
少し自分の気持ちの整理がついたところで、
夫とぶっちゃけトーク。
わんこを家族に迎え数年、私も40歳を過ぎた。
ハンドメイドでマルシェへ出店したり充実している。
夫とわんこと暮らしてとても幸せだ。
このまま子どもを授からなくともいいんじゃないか?
『タイミングを見てお地蔵さまを返しに行こう』
そんな話で落ち着いたところ、なんと妊娠したのです。
42歳になったばかりでした。
無事、出産(42歳おわり頃)
初期流産を経験しているので、喜んでいいのかビクビクしながらも、順調に成長し心拍を確認。安定期に入ったところでやっと少しだけホッとしました。お互いの両親に報告したのもこの時です。
夫のお母さんは、7か月と9か月での死産を経験しているので、
最後まで気を抜かず無理しすぎず。
初期に2か月ほどのつわりと、途中、腰痛に悩まされた時期もありましたが、病院でも驚かれるくらいの安産でした。
助産院での出産というのも憧れがありましたが、超高齢出産+初産なので、NICUのある病院での出産を選択しました。それでも、そこの病院は必要がなければ医師の介入はなく、助産師さんが取り上げてくれました。(出産後に少しだけ裂傷を縫うことになりましたが)
最後に
強く望むあまり執着して、自分の心の奥底から目を背けると、遠のいてしまう。いろんな人が言うことだけれど、ないことを嘆くよりも、今あることに感謝して生きていきたい。
色々と抱え込んでしまっているものをしっかり見つめて、手放してあげると、新たなものが入ってくる。
こうして書いてみると、自分の心の整理が出来ていいですね。
新たなものが入ってきた時、きちんと手放せたことに気づくのに、振り返ってみると、いつも同じことを繰り返しちゃったりもしていて、まだまだこれからも学びの人生です。
読んでくださってありがとう。