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病院の怪談「5」~④

「贅沢言ってはいけないと思うけど、病院では果物が出ないのよね。好きな果物を自由に食べられるって幸せ」
一時退院した綾子は血色もよく、食欲も旺盛だ。

誠二は病院を辞め、巡回検診を専門にする医療機関で週三回働いている。
職場での陰湿な虐めに耐えられなかったのだ。いや、虐めと思う自分の精神状態が病んでいるのかも。ま、それはどうでもいい。

病院の中を徘徊している多くの霊の存在が自分の命を縮めるような気がしたのだ。辞めるしかない……。
病院で働いている人たちすべてではない。霊感の強い人は感じるのだ。納得できない死を遂げた人の霊が時々出て来るのを。
それは集中治療室のベッドの下とか、非常階段の入り口とか、待合室の喫茶コーナーの片隅に一瞬現れる。

誠二も見た。
最初は錯覚だと思った。だが、表現できない何かの存在をひしひしと感じた。悪さをするわけでもない。何かを語り掛けるわけでもない。ただそこにいるだけの存在。
そしてそれは三回続いた。
俺に何か言いたいんだ。死んだことが納得できないんだ……。

誠二はそんな霊が可哀そうだった。でも自分には何もできない。霊が自分にしょっちゅう会いに来てくれても何もできない。
ごめんね、俺、病院を辞める……。

今は、そこそこ稼ぎ、日展入賞を目指して画を描き、綾子の世話をする毎日だ。
彼女と結婚したい……。
配偶者として手術にも立ち会えるし、あらゆる権限を綾子のために使える。
でも、結婚したらおしまいだ。
財産目当てと世間の非難を浴びるだろう。最近、どこからか現れたという綾子さんと母違いの弟さんやらが何を仕掛けてくるか分からない。

自分はあくまで陰の存在として最後まで綾子さんの面倒をみられればいい。

「料理、上手ねえ」
「母がいなくなってから家事は一切やってきましたし、父のめんどうもみました」
「もしかしてレントゲン技師より管理栄養士かなんかになったほうがよかったんじゃない?」
「自分もそう思います」

誠二は買い物も上手い。量の少ないものを多種類買って上手に組み合わせる。野菜は無駄が出ないように、残り物を出来るだけ出さないようにカット野菜を使う。彩の綺麗なパプリカやトマトは高くてもけちらない。
リンゴは綾子が食べやすいように薄く切る。大きなイチゴはカットして綺麗な爪楊枝をつける。

画のように美しく出来上がった一皿にいつも綾子は歓声を上げる。
こんなに楽しい声を挙げたことは夫との結婚生活では一度もなかった。料理のセンスは思いやりに繋がるのだとしみじみ思った。
(キミ子さんも美味しいおはぎを作ってくれたし、事務所のコーヒーカップもセンスいいもの。貧しい田舎の農家の出です、と言っていたけれど、すべてにセンスある人だわ)

70.歳を過ぎて出会った人たちとの良い縁、これも、私が難しい癌にかかったから……。

「料理はアート。皿の上の画です。色彩感覚と盛り付けが美しくなければ」

誠二は楽しそうに語る。

公認会計士から電話があった。
「今まで一切付き合いがなかった人でも法定相続人を排除することはできないのです。たとえ遺言ですべてをどこそこに寄付すると書いていても、あなたのお父様の子であるなら遺留分があります。遺留分とは遺言より強い権利で、法定分の二分の一は必ず渡さなければならないのです」

                  続く







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