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帰って来たCD

いろいろあって車を手放した。

直接の動機は車検の通知。一か月に一回ぐらいしか乗らないのに、高い税金、保険、車検費用をかけてガレージに飾っておくのは馬鹿らしい、と突然思ったのだ。
デイーラーさんと手続きの日も決めた。

だが、デーラーさんに「うちはタダで引き取って廃車にするだけです。中古販売業者に見てもらう選択もありますよ」と言われて、物事は突然違う方向に走り出した。

たとえ一万円でもいい。屑鉄にされるよりは、誰かにもう少し乗ってもらえれば……

いちばん近くのB社に電話した。『軽の大衆車』出張査定にも来てはくれないだろうと思ったのだが……すぐに飛んできてくれた。

そこからは、もう営業さんの腕に巻かれてしまった。
買いたたかれているとは感じた。だが、こちらがお金を出すのではなく、いくらかでも向こうがお金を出すのだから、これで良いか、と思ってしまった。どこで査定してもらっても50歩100歩だろう、と……。

「明日納入してくれるなら5,000.円追加します」と言われ、契約してしまった。5000.円に目がくらんだのだ。

B社に車を納入。営業さんと車内に忘れ物がないかを最終チェック。愛車とこれでお別れ。信じられないほどあっけないお別れだった。
帰りは営業さんに送ってもらったが、寂しくて泣きたかった。
手もとに残ったのは、車に置きっぱなしになっていた昔のカセット・テープと幾つかの韓国ドラマのCDだけ。

家に帰ってしばらくして気付いた。いつも聞きながら運転していた「イ・サン」のCDをカーステレオにセットしたままだった!

急いで営業さんに電話した。「今出先です。帰ったら捜してあったら電話します」「もしあったら、何かのついでにポストに入れておいてください。それか連絡いただいたらタクシーで取りに行きます」

夕方まで電話はなかった。
営業さんからすればめんどくさいだけの話。取引は終わったのだし、相手方の不注意だ。もし、再度電話があったら、ありませんでした、と言おう。そう思ったのかも知れない。あきらめよう……。

一晩中、鬱々として眠れなかった。
これから公民館の仕事にはバスを乗り継ぐしかない。大体公民館は不便な所にある。車がないと大変だ。
もうすべての仕事をやめよう。すべて潮時なのだ……。それに、もう、生きているのもめんどうだ……そこまで思ってしまった。
車ロス症候群だろうか。免許を返上した人にもこうなる人がいるとは聞いていたが……。

朝、5時、ガラス戸を開けた。庭のすぐ向こうに虹が垂直に立っている。こんな虹を見たのは初めてだ。驚いた。感動した。写真に撮ろう。カメラを取りに行って元の場所に来ると虹は消えていた。

なんて綺麗な虹を見たのだろう。そう思いながら郵便受けに行った。新聞の上にあの業者の紙袋が。開けると、何とCDが~。

夢を見ているようだった。

10.年ほど使っていないCDプレイヤーとラジカセを物置から取り出した。埃をぬぐってCDをセットする。

「イ・サン」が流れてくる!
ブームが過ぎていてもう生産していません、と言われ、あきらめきれず、本部にまで問い合わせてもらって手に入れたCDだ。

ラジカセはもっと古い。最後に聴いたのがいつかも覚えていない。テープをセットすると……中森明菜が、ちあきあのみが、いしだあゆみが……娘と一緒に聴いたあの曲……。

私の心に虹が立った。
また元気いっぱい、いっしょうけんめい、古典講座を続けよう。バスを乗り継いで行くのも健康に良いだろうし。

あの営業さんが「イ・サン」に重なってしまった。顔もろくに覚えていないのに、素敵なイ・サンの姿に……。

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