仏像物語 (2)
薬師如来に祈る
父の赴任した
はるかな東国の地で育った
少女
現世御利益を願って
自分の身の丈ほどの
薬師仏を彫った
我は前世は
仏師だったにちがいない
木の中から
自然に仏さまが
出ていらっしゃる……
三月かけて薬師像は完成した
少女は祈った
来る日も来る日も……
どうか都に帰れますように
どうかたくさんの物語を
手にできますように
病苦を癒し
現世御利益をもたらす薬師さま、
どうかある限りの物語を
我に読ませたまへ
それが私の現世の夢……
そして……
少女 13歳になる年
東国での
父の任務が終わり
一家は京に帰ることに
この仏さまを
お連れすることはできない
と父は言う
少女は泣いた
門出は
陽が沈むころだった
辺りに濃い霧が
たちこめているなか
庭にお出ししていた
薬師さまは
少女の旅立ちを見送っていた
誰もいない庭に
薬師さまおひとり
お見捨てたてまつるなんて
少女は声をあげて泣いた。
薬師さま
わたしは 源氏の物語を
きっと 一の巻から全部
手に入れます
そして わたしも
物語というものを
書きます
紫式部さまのように
なりたいのです
そして光の君のようなお方を
夫に迎えます……
きっと きっと
少女は
遠ざかる薬師さまを
振り返る
そして40余年が過ぎ……
少女は
『更級日記』を世に出した
光の君のような夫を
得ることは
できなかったが
更級日記は
千年の命を得た
木彫りの薬師さまは
朽ち果てて
土になっていたが
少女の夢が
かなったことを
悦び
心は今日も旅している
病の苦役に悩む人よ
現世の不幸になげく人よ
ほんの一滴でも
幸いあれと
小さな薬壺を手に
今日も旅している
終わり
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