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英語が日本を征服せんと襲撃してきたとき、一人の青年が立ち上がった

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 諭吉は幼少のころから漢文に親しんでいた。あるいはもともと語学を習得する才能を持っていたからなのか、たちまちオランダの原書から砲術なるものを読みとって、その構造の細部までを熟知するまでなった。すると彼のもとに宇和島藩、五島藩、佐賀藩、水戸藩といった諸藩の武士たちが、入れ替わり立ちかえりやってくるのだ。各藩にとって砲術なるものを採択することは緊急を要する懸案であって、砲術のエキスパートとなった諭吉のもとに押し掛けてきたのだ。諭吉はそのときのことをこう書いている。

「私は本来素人で、鉄砲を打つのを見たこともないが、図を引くのは訳はない。さっさと図面を引いたり、説明を書いたり、諸藩の人がくればなににつけてもひとりまかり出て、まるで十年も砲術を学んで立派な砲術家とみられるくらいに挨拶したり世話をしたりするという調子である」

 諭吉の成長は目覚ましい。彼の語学力はたちまち彼の師を追い抜き、彼の世話人であった同藩の家老の息子の嫉妬を買うことになり、姦計を弄されて長崎を去ることになる。諭吉はその卑劣な姦計などすべてわかっていたが、知恵のない度量のない愚者を相手にするなどばかばかしいことだとさっさと長崎を去っていく。わずか二年にも満たない長崎での修行生活だった。

 大阪に転じた諭吉が草鞋を脱いだのは、緒方洪庵が起こした「適塾」だった。これがとてつもなく異様な塾だった。緒方邸の二階部分が塾生たちの寝食と勉強する場で、一つが二十八畳、その隣に十畳ほどの部屋で、諭吉が入塾したときはなんと七、八十人の塾生がたむろしていた。布団を敷くどころではない、寝る場所さえないばかりに混雑していた。
「ついぞ枕をしたことがない、というのは、時は何時でも構わぬ、ほとんど昼夜の区別はない、日が暮れたからといって寝ようとも思わず、しきりに本を読んでいる。読書にくたびれ眠くなってくれば、机の上に突っ伏して眠るか、あるいは床の間の床側を枕にして眠るか、ついぞ本当に布団を敷いて夜具をかけて枕をして寝るなどというということは、ただの一度もしたことがない」

 洪庵がその塾を開設したときは医術を伝えるためであったのだろうが、いつしかオランダ語という言語を習得するための訓練所という気配になっていた。それはすさまじいばかりの訓練だった。語学教師など一人もいない。塾生たちの自学自習だった。それもまるで互いに毎日決闘でもするかのような熱気とエネルギーのなかで、異国の言語に獲得していくのだ。

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 私は時が長くなりましたからもうしまいにいたしますが、常に私の生涯に深い感覚を与える一つの言葉を皆様の前に繰り返したい、ことにわれわれのなかに一人アメリカのマサチューセッツ州マウント・ホリヨーク・セミナリーという学校へ行って卒業してきた方がおりますが、この女学校は古い女学校であります、たいへんよい女学校であります、しかしながらもし私をしてその女学校を評せしむれば、今の教育上ことに知育上においては私はけっしてアメリカ第一等の女学校とは思わない、米国にはたくさんよい女学校がございます、スミス女学校というような大きな学校もあります、またボストンのウェレスレー学校、フィラデルフィアのブリンモアー学校というようなものがございます。
 けれどもマウント・ホリヨーク・セミナリーという女学校は非常な勢力をもって非常な事業を世界になした女学校であります。なぜだといいますと(その女学校はこの節はだいぶよく揃ったそうでありますが、このあいだまでは不整頓の女学校でありました)、それが世界を感化するの勢力を持つにいたった原因は、その学校には非常に偉い女性がおった。
 その人は立派な物理学の機械にまさって、立派な天文台にまさって、あるいは立派な学者にまさって、価値のある魂を持っておったメリー・ライオンという女性でありました。
 その生涯をことごとく述べることは今ここではできませぬが、この女性が自分の女生徒に遺言した言葉はわれわれのなかの婦女を励まさねばならぬ、また男子をも励まさねばならぬものである、すなわち私はその女性の生涯をたびたび考えてみますに、実に日本の武士のような生涯であります、彼女は実に義侠心に満ち満ちておった女性であります、彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。

他の人の行くことを嫌うところへ行け
他の人の嫌がることをなせ

 これがマウント・ホリヨーク・セミナリーの立った土台石であります、これが世界を感化した力ではないかと思います、他の人の嫌がることをなし、他の人の嫌がるところへ行くという精神であります、それでわれわれの生涯はその方に向って行きつつあるか、われわれの多くはそうでなくして、他の人もなすから己もなそうというのではないか、他の人もああいうことをするから私もそうしようというふうではないか、ほかの人もアメリカへ金もらいに行くから私も行こう、他の人も壮士になるから私も壮士になろう、はなはだしきはだいぶこのごろは耶蘇教が世間の評判がよくなったから私も耶蘇教になろう、というようなものがございます。

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