永遠の問いが、未来につながれた
未来へ次々と拓かれる独自の世界 吉田純子
もはや、競い合いではない。吹奏楽の表現そのものを未来へと導くオリジナルの音響世界が、高校生たちの手で次々に拓かれた。
幕開け早々、東海大高輪台に壮大な叙事詩の世界へと連れ去られた。キリスト教の聖人伝説に想を得た作品が会場を一瞬にして煌々たる幻想の伽藍に変えた。初出場の明桜はギリシャ神話を礎にした楽曲のトリッキーな音遣いを完全に手中に。遠軽の「ジャングル」は夜明けの空気から陽光のまぶしさ、獣や土の香りに至るまでを聴く者の五感にリアルに届けた。
大阪桐蔭と精華女子はいずれも難曲を難曲と思わせぬ圧巻のステージ。市柏は楽曲の細部をとことん彫琢する幸福を、春日部共栄は音符と休符の双方に託された作曲家の真意を掬いあげる喜びをそれぞれ存分に伝えた。岡山学芸館は一切の無駄がないA・リードの音符一つ一つを躍動させ、吹奏楽の原点を改めて思い起こさせた。
埼玉栄の「アンドレア・シェニエ」は激情が交錯するフランス革命の時代を劇画さながらの臨場感で描き、金沢桜丘の「眠れる森の美女」はチャーミングな音の身ぶりでバレエの醍醐味を心ゆくまで堪能させた。愛工大名電は人間性への信頼をのびやかに歌いあげ、玉名女子は米国国歌が人々の慟哭や祈りの向こうにかすんでゆく情景を「映像」に。活水中・高は暗から明への移ろいをこれ以上ない繊細さで描き出し、いわき湯本はカザルスの「鳥の歌」を礎に自然界の音の風景を平和へのビジョンに重ねた。様式の坩堝たる課題曲Ⅲでは伊予や東海大菅生の遊び心が炸裂。東海大札幌、光ヶ丘女子の抜群のリズム感も忘れ難い。
伊奈学園総合の音色の明瞭さと躍動感は出色。幕張総合には管楽器のみでここまで夢見るような陶酔の表情を創れるものかと感嘆を感じ得なかった。半音の移ろいにも敏感に、柔らかな波の風合いを紡いだ明誠学院、母なる海への畏敬をおおらかなサウンドに託した習志野、いずれも好演だった。
聖ウルスラ学院英智の「連禱富士」には、透徹した響きの向こうから人間性のありかを問いかけてくる三善晃の肉声を聴くかのような思いがした。先月急逝した西村朗作曲「秘儀Ⅸ」の、沈黙にまで濃密に詰め込まれた思いを解き放つ浜松聖星の渾身の演奏にも打たれた。厳しく尖り、時に暴力的ですらある2人の音の塊は、世界への真剣勝負の証しでもある。彼らは何に対し、命懸けの礫を投げてきたのか。永遠の問いがこの日、2校の名演によって未来へと継がれた。
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