車は用賀のインターチェンジで降りる。高速を降りると瀬田の大きな交差点に出るが、青信号ならばノンストップで右折して環状八号通りに入っていくことができるが、この夜もまた赤信号で一時停車だった。
そのとき、今朝、局長室の壁面に、警視庁の管理官が暗殺者たちの映像を映しだしたときよぎってきたシーンが、ふたたびもっとリアルによぎってきた。窓が叩かれ、ヘルメットをかぶった若い男が、彼に向って拳銃を打ち込むしぐさをしたシーンが。
洋治は手にしていたファイルを閉じて、なにやらその男が車の窓を叩くのではないかとちょっと身構えていたが、やがて車は発進した。警察車両が彼の車を前後に挟んで護衛している。これでは暗殺者は近づくことはできない。
帰宅すると、いつもの通りフィットネスバイクにまたがって、テレビのニュースショーを眺めながらペタルを漕ぐ。彼の身辺に確実に暗殺者たちが確実にしのびよっている。彼は全身でその気配を感じている。その気配を振り払うように激しくペタルを漕いだ。
寝室に入ると、ベッドの脇においてあるロッキングチェアにすわり、サイドテーブルに置いてある本を手にする。このところ彼が手にするのはメルビルの「白鯨」だった。分厚い原書をぱらぱらとページを繰ると、その長大なストーリーもあと十数ページで閉じられるあたりのページを開き、その英文に目を這わせた。エイハブはモビィデックと遭遇する、その最後の戦いに突入していく場面である。
そうだ、鮫が追いかけてくる。おびただしばかりの鮫が。いまおれを食いちぎらんと牙を剥きだしにして襲撃してくる。いってみればモビィデックは学習指導要綱の改革ということになる。エイハブはついにモビィデックを追い詰めた。しかしエイハブの放った銛は、モビィデックの心臓に届かず海中に引きずり込まれていく。おれもまた最後の一撃を放つ前に、海の藻屑となって消えていくことになるのか。