アメリカ人よ、イギリス人よ、本当の英語を学びたかったら日本に来たまえ
マーク・トウェインの「ハックルベリ・フィンの冒険」のなかのジムの英語、そしてその黒人英語に打たれるハックの姿を日本語ではこう翻訳されている。大久保博訳(角川文庫)である。
「どういう意味かって? 教えてやるべえ。わしが仕事をしたり、おめえさんを呼んだりして、クタクタになって眠ったとき、わしの胸は、もう少しでつぶれるところだった。なぜって、おめえさんが、いなくなったからだ。そして、わしはもう、自分がどうなろうと、筏がどうなろうと、かまわねぇと思った。そして目を覚まして、おめえさんがまた無事に帰ったのを見たとき、涙がでた。そして、ひざまずいて、おめえさんの足にキスしてえくらいだった。それほど有難てえと思った。それなのに、おめえさんが考えていたことは、ただ、どうやらこのジムにウソをついて、からかってやれるか、ってえことだけだった。そこにあるがらくたは、クズだ。そしてクズっちゅうのは、友だちの頭に泥をかけて恥をかかせる人間のことだ」
この翻訳に鼓舞されて、斎藤さんと望月くんの対話を日本語にするのだが難作業だった。前回も書いたが二人の放つ英語は、過去形も、現在形も、未来形もごちゃまぜだし、単数形も複数形もごったまぜの完璧なるデタラメ英語である。正確な翻訳など不可能であるから、二人が何を表現しているのか、あるいは何を表現しようとしたかったのかを読み込んでの意訳の要約である。
──健太君の作文さ、訳してて、あたし泣いちゃったよ。
──どうして泣いたの?
──だってさ、放射能をなくす機械をつくって下さい、お願いしますってなんて書いてあるんだよ。
──十万円でも買いますって書いてあるのよな。
──意味がわかりませんって書いてあるけど、これって子供たちだけじゃなくて、だれだってそう思うわよね。
──突然さ、村から出ていけなんていわれたら、だれだって混乱するよな。
──放射能ってまったく目に見えないじゃない。目に見えないから、その怖さってよくわからないのよ
──これってさ、ホラー映画みたいだよな、なんかさ、敵っていうかさ、悪魔の正体が見えないんだから。
──その悪魔の正体が見えるのが一つだけあるのよ。
──何、それって?
──放射線測定器。
──ああ、そうだよね、悪魔を見るっていうか、そいつが悪魔を数字でカウントするんだよな。それでその数字が高いところは、すぐに避難してくれって。
──目に見えない悪魔が、津波のようにすぐそこまで迫っている、だからいますぐに避難しなさいって。
──それでみんなそこで生活を中断して避難したのよ、ベランダに洗濯ものほしたままの人もいたみたい。
──それは一時的な避難で、またすぐに戻れると思ったからだよな、犬なんて鎖につながれたままだったし。
──牛とか飼っている人たちはもっと悲惨だよな、牛に餌をあげられないんだから。
──餌をあげられないどころか、もう酪農を捨てなくちゃいけなくなったのよ、何十年もかけて築いてきたものが、全部だめになっちゃったんだ。
──農家の人たちだってそうだよな。米とか野菜とかが全部だめになったわけだから。もうその畑も田圃も使えなくなったんだ。
──健太君が書いているけど、放射能は広大な山にもたくさん降っているんでしょう。その山から放射能をなくすなんてできっこないでしょう。
──それってぜったい不可能だよ。
──だからさ、放射能が大量に降ったところは百年どころか、半永久的に人の住めないところになってしまったのよ。
──いまの大人たちっていうか、いまの日本人は、日本にとんでもないことをしてしまったんだよな。
──あんた、日本に原発っていくつあるか知ってる。
──十とか、二十。
──そうじゃないのよ、五十四よ、五十四基もこの狭い日本にあるのよ
──うへー、五十四もあんのかよ。もしその原発が同じような事故を起こしたら、もう日本は壊滅の危機だよな。
──だけど日本の政府は、原発は安全だって言ってるのよ。日本の原発は世界最高の技術によって守られているから、絶対に安全だって。
──だけど今度の原発事故で、それが嘘だったことがばれちゃったんだよな。
──絶対に安全じゃなかったんだ。
──だけど今度の事故は、想定外の事故だから、嘘をついていたことにはならないのよ。
──想定外の事故だったから責任はないってことになるわけだよな。
──それって、すごくおかしくない。こんな大事故を起こして、だれもにもその責任がない、その責任をとらなくてもいいなんて、これって絶対におかしいよ。
──ちょっと、興奮しないでくれる。おまえがこんなに興奮するなんて、これも想定外だよな。
中学三年生たちの精神年齢はもうこのような会話ができる。日本の英語教育の到達点と《草の葉メソッド》の到達点を対比するとき、文法英語と受験英語を教える授業がより一層哀れな、無残な、荒廃した授業に見えるではないか。
《草の葉メソッド》によるレッスンで到達した二人の中学生の会話は圧倒的なデタラメ英語である。しかしなんという自由な英語だろう。なんという瑞々しい英語だろう、なんという独創的な英語だろう。イギリス英語やアメリカ英語を決然として蹴とばして、まったく新しい言語が誕生したかのようだ。この瑞々しい、独創的な、圧倒的なデタラメ英語こそやがてイギリス英語、アメリカ英語と並んで世界の三大英語として成長していく日本英語を誕生させていくのだ。三百年後には日本人はイギリス人やアメリカ人にこう言うのだ。本当の英語を学びたかったら日本に来たまえ。日本人は君たちの英語よりはるかに高度で、はるかに豊かな英語を話している民族なのだ、と。
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