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草の葉クラブの挑戦

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スキップロード


品川区の中心地帯に商店街「スキップロード」がある。三百四十メールほどのアーケードを持つちょっとした規模の商店街だった。しかしどの商店も売り上げは下降する一方で、五十年六十年とつづいた店が相次いでシャッターをおろしていく。空になったその建物に新しい店舗が入ってくるが、これがまた一、二年たらずで去っていく。かつてはそのアーケードには百四十、百五十もの店舗があったがいまでは百を切るばかりになっている。

商店街を支える半径八百メートル内の住民の四割が高齢者だった。この商店街で実際に買い物する客層も六割が高齢者だった。そんなことで商店街のターゲットは高齢者に設定されていた。高齢者に愛される商店街、高齢者が入りやすい店舗づくり、高齢者が欲する品揃えである。商店街はその地域の人々によって成り立っている。地域の人々を失ったら商店街は存続できない。これがスキップロード商店街のコンセプトだった。

もちろん商店街組合は「スキップロード」を活性化させるためにさまざまなイベントをくりだすが、じり貧状態にストップはかからない。沈滞どころかなにやら時代に沈没していくような商店街を救い出すには、もはや小手先のイベントづくりではなく、なにかもっと根底から変革すべきでときに来ているのではないのか。それがスキップロード商店街の根底にある思考だった。

そんなスキップロードに平川克美さん率いる「隣町珈琲」が上陸してきた。「隣町珈琲」はすでにイベントや講座やコンサートを開催し、雑誌まで刊行している。ただの珈琲を飲み、パスタを食する店ではないのだ。平川さんはこの空間を「共有地」と名付けている。私たちはこのようなサイトが私たちが居住する地に登場することを熱望していた。

《草の葉クラブ》は、スキップロードの「ふれあい広場」で、われらの人生の師、九十六歳になった周藤佐夫郎さんの生命力あふれる絵画と、高尾五郎さんの絵画を展示したが、さらなる活動の「発信地」として、この「共有地」に上陸することにした。

「隣町珈琲」のテーブルにノートを広げ、珈琲を、あるときはビールをすすりながら思考を深め、それらの思考をノートにかきとめていく。そこに仲間がやってくる。熱い対話がそこではじまる。スキップロードから、世界を転覆させる新しい思想が、新しい文芸が、新しい教育が、新しい変革の波が広がり渡っていく。

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長寿革命

二十世紀から二十一世紀にかけていくつもの大きな革命がおこった。その一つが長寿革命だろう。かつて人類の平均寿命は六十歳だった。しかしいまや男女ともに八十歳を超えている。かつては人が百歳をこえると珍しい話題として新聞記事になったものだ。しかしいまやそんな話は二ュースにはならない。人が百歳まで生きるなんてあたりの前のことになってしまったのだ。百歳をこえた日本人はすでに十万人に迫っている。

統計はさらに驚くべきことを伝えている。六十五歳以上の日本人はなんと三千六百万人であると。日本の人口は一億二千万人である。ということは日本人の四分の一が、六十五歳以上の老人で占められているということになる。さらに衝撃的な統計がなされていて、八十歳をこえた老人が一千万人であると。日本の人口は一億二千万人である。ということは日本人の十二分の一が、八十歳以上の老人で占められているということである。

老害という言葉があるが、この言葉が元来登場してきたのは、老人が社会や企業や組織を支配することで、この老人支配がさまざまな障害やマイナス要因を生じるという意味である。しかしいまや六十五歳以上の老人が人口の四分の一になるという現実を直視するとき、老害という言葉は、国家の存在を脅かす危機的現象をさすとその定義を拡大したほうがいいのだろう。増え続けていく膨大な年金、そして膨大な老人医療費や介護費。まさに国家存亡の危機と表現しても誇張ではないのだろう。

定年退職した高齢者たちの大半は、年金に支えられた隠居生活をはじめる。毎日が日曜日の、悠々自適の隠居生活である。しかしその生活をいったいだれが支えているのか。安給料で働く若者たちであり、やっと結婚した世帯からであり、子供の教育費などもっとも出費を要する中年層たちからである。この危機は少子高齢化という言葉を生み出した。若者たちは結婚しなくなった。あるいは結婚する年齢がどんどん遅くなっている。そして女性は子供たちを産まなくなった。これらの現象もまた長寿革命がもたらしているのではないのだろうか。

かつてのライフスパンは、人が生誕してから二十歳前後までは、人が人となるための学習する社会を生きる。学習社会を卒業すると、生産する社会で六十歳まで働くことになる。その社会を定年退職すると、人生のおつり、年金に支えられた隠居の人生になる。これがこれまでのライフスパンだった。しかしいまや人は百歳まで生きる時代になっているのだ。六十歳から人が生没するまで実に長い時間がはじまる。いま日本と日本人に激しく問われているのは、この時間を私たちはどのように生きるべきかなのだろう。

定年退職すると家庭生活が中心になる。社会からすっぱりと断絶した、いわば引きこもりの世界を生きることになる。悠々自適の、毎日が日曜日の、しかし引きこもりの孤独な生活にも、老齢とともにあちこちの肉体が滅んでいき、やがて寝たきり老人になっていく。それでも膨大な医療費と看護費に支えられてその寿命をさらに延ばしていく。

スェーデンには寝たきり老人がほとんどいない。それは胃に直接栄養を送る胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的で、むしろ虐待であるという文化があるからだった。生命の鼓動が静止するときまで、自立した肉体と自立した精神で生きていく。このような地点からも私たちに問われているのは、寝たきり老人になっていくこの第三期をどのように生きるかなのだ。

私たちだれもが突入する第三期とは、人生のおつりであり、毎日が日曜日であり、悠々自適の人生であってもいいが、社会から退くことなく、なお社会的存在であり続け、その社会に立ち向かっていく生き方がいま強く求められているのではないのだろうか。そのとき、新しい思想が必要だった。第一期は、人が人となるための学習する社会を生きる。第二期は人がこの地上で自己を確立していく生産社会で生きる。そして第三期は学習する社会で、生産する社会で獲得したものを、社会に返すという思想である。

金を持っている人は金を、知識を持っている人は知識を、技術をもっている人は技術を、失敗を持っている人は失敗を、絶望をもっている人は絶望を、言葉をもっている人は言葉を、歌をもっている人は歌を、病気をもっている人は病気を、農業をもっている人は農業を、英語をもっている人は英語を、希望をもっている人は希望を、理想をもっている人は理想を、ボランテイアとなってこの社会に返していく。

ボランテイアという言葉はついに日本語にならなかったが、「volunteer」という英語を直訳すれば、意志の人という意味である。これを強く訳せば、意志を貫く人であり、さらに強く訳せば理想を実現していく人である。圧倒的な現実のなかでそれは容易ではない。しかしたとえどんなに小さくとも、持っているものをそれぞれの方法で社会に返していくという意志を貫くとき、長寿革命は新しい光を放つことになるだろう。

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ボランテイアとなって還元していく社会を創造する

品川にも多くの学習塾や受験塾が林立しているが、これらの塾の目的はそのチラシ広告を見れば一目瞭然で、難関有名校であるA中学校に、B高校に、C大学に何人合格させたとその数を誇って、生徒たちを勧誘している。要するに塾産業は入学試験に合格させるための事業を展開するのだが、それにしても驚かされるのが高額の授業料だ。

しかし多くの家庭が高額の授業料を払い、子供たちをひたすらテストのための勉強をさせている。こういう風景があたりまえになっていて、誰も不思議に思わない。しかしこれはあきらかに異常な風景だ。子供たちはテストの点数を上げるために勉強をしている。より知名度の高い、より有名な学校に入るために勉強をしている。こんな風景からどんな人間が生まれていくのか、こんな風土からどんな未来がつくりだせるのか。

さらに深刻な問題は、いま日本の子供たちは七人に一人が貧困状態の家庭で暮らしている。当然そのような家庭には子供を塾にかよわす経済的余力などない。ここに塾に通う子供たちと、塾にいかない子供たちとのはげしい学力差が生まれていく。そしてそれがそのまま日本の社会の富裕階級と貧困階級という二極化現象になっていく。

このような状況のなか、『草の葉クラブ』は、日本の英語教育を根源的に変革させていく《草の葉メソッドによる日本英語の小さな私塾》を、スキップロードに、あるいは夜間の教室をステージにして開塾することにした。生徒たちが自主的に運営し、互いに磨きあう授業料の無料の私塾である。この小さな私塾が目指すものは雄大である。品川を日本英語の発祥地に、そして日本語と英語が自由に話せるバイリンガルの街にすることにある。
 
日本中どこでもそうだが、品川にも叡智をもった人がたくさん住んでいる。塾産業が教える数学ではなく、本物の数学を教えることのできる人がいる、本物の理科を教えることのできる人がいる、本物の歴史を教えることのできる人がいる、本物の哲学を教えることのできる人がいる、本物の家庭科を教えることのできる人がいる、本物の美術を教えることのできる人がいる、本物の演劇を教えることのできる人がいる、本物の音楽を教えることのできる人がいる。そんな人々が夜間の教室に授業料無料のクラスを開いたらどうなるだろうか。品川区は叡智の宝庫となり、叡智をもった人々で輝く。

かつて人生は六十年だった。六十年というサイクルで社会のシステムは構築されていった。しかしいまや日本人の平均寿命は八十年になった。品川区の老年人口比率は三割をこえ、二十年後には四割になると予測されている。こういう時代にもはや金や富をより獲得せんとする成長とか、拡大とか、攻撃とかいった思想ではなく、持てる物を大地に返すという思想がこれからの時代を救い出していくのではないのだろうか。金を持っている人は金を、技術をもっている人はその技術を、知識をもっている人はその知識を、言葉を持っている人はその言葉を、歌を歌える人はその歌を、生命力をもっている人はその生命力を。今、品川のスキップロードに誕生する小さな私塾は、その思想の先駆をなすことになるだろう。

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草の葉クラブはスキップロードに三百年かけて小さな私塾を開いていく。品川から新しい文芸復興の波が起こるだろう。

小学生のための日本英語の私塾
中学生のための日本英語の私塾
高校生のための日本英語の私塾
大学生のための日本英語の私塾
一般人のための日本英語の私塾
小学校教師のための日本英語の私塾
中学校英語教師のための日本英語の私塾
本をつくり、本を発行し、出版社をつくる私塾
絵本をつくり、絵本を発行し、絵本出版社をつくる私塾
地域社会を活性化するための地域雑誌をつくる私塾
人々の精神の拠点となる本屋をつくる私塾
無名画家のための美術館をつくる私塾
飯舘村に美術館と演劇ホールと日本英語の学校をつくる私塾

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日本一美しい小学校

学校、それは誰もが通い、忘れられない思い出の場所。しかし近年の少子化などの影響で子供の数がへり、本来の使命を終えた学校の数が増えている。その数、全国で約6800校。そして毎年500校が廃校になっていく。しかしその一方で、廃校が新たな始まりの場として、第二の歴史を刻み始めている。子供がいなくなった学校に大人たちが帰ってくる。再び活気を取り戻して生まれ変わっていく学校。

飯舘村には三つの小学校──草野小学校、臼石小学校、飯樋小学校──が立っている。いま飯舘村は数十億円もの巨費を投じて、幼稚園から小学校、中学校までを一貫する合同校舎を建設したから、三つの小学校の校舎はやがて廃校にされる運命にある。さらに相馬農業高校も閉鎖されている。この四つの校舎に新しい生命を吹き込み、悪魔に汚された村を蘇らせるための活動を始動させる。

とりわけ美しいのは飯樋小学校である。この小学校を訪れた人はだれもが感嘆のため息を漏らす。何て美しい学校だろうと。あの原発爆発いらい閉ざされたままだ。この校舎に「飯舘村を地球の中心にする」プロジェクトの本部を設置する。飯舘村出版の編集室、印刷工房、飯舘村芸術祭、飯舘村トリエンナーレ、飯舘村劇団、飯舘村合唱団、飯舘村交響楽団、飯舘村バレー団、フレコンバッグ撤去、森林除染を行う第三セクター方式の会社を打ち立てる。百人をこえるスタッフ、さらに村内、村外から訪れる人たちのために、日本一おいしいコーヒーが飲めるカフェスタンドや、飯舘村の食材でつくられ最上のサラダやパスタが食べられる食堂。飯舘村在住の画家たち、「飯舘村トリエンナーレ」で展示された作品を販売する美術ギャラリー。演劇、コンサート、朗読などが行われるホール。この活動によって飯館村は蘇生していく。近い将来、百人の村民がこの建物に常勤することになる。飯舘村を、芸術の村、創造の村、精神の村にしよう。

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