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第4回 続「本を売る」ことに魅せられて
2010年(平成22年)の秋、丸の内本店で働くようになり、1ヶ月が過ぎました。チーフの田中大輔さんからビジネスクリニックという柱周りのフェアコーナーで何か企画を考えてほしいと言われて、「ビジネス書の名著」フェアを開催しました。
ビジネス書の名著フェア
経済学の父と呼ばれるアダム・スミスの『国富論』(日本経済新聞出版社・現在は『日経ビジネス人文庫』)やケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』(東洋経済新報社)
マルクス、エンゲルスの『共産党宣言―彰考書院版』(アルファベータ)ジョン・K・ガルブレイスの『大暴落1929』(日経BPクラシックス)など古典的な名著や、最近、著者のひとりであった一橋大名誉教授の野中郁次郎さんが亡くなりましたが、『失敗の本質: 日本軍の組織論的研究』は、走るように売れました。
また大前研一の出世作『企業参謀』(プレジデント社)も売り上げがよく、フェア終了後も平積みで売り続けました。この『企業参謀』も講談社から文庫があり、『失敗の本質』は中公文庫にもなっています。その他の名著も岩波や学術文庫で単行本よりも安価に提供できるのですが、敢えて単行本を並べて売ったのです。
フェアの開始前にスタッフに「なぜ文庫があるのに単行本を並べるのですか?」と聞かれましたが、結果は、このとおり、高額の単行本が売れてました。名著であればあるほど、単行本で読みたいという読者ニーズがあることを証明したのです。『企業参謀』の単行本は、プレジデント社で今もリニューアルを繰り返し販売しています。
三省デジ懇
丸の内本店の常勤を命じられていましたが僕の所属は本部の営業推進室です。何か本部としての仕事をしていたのか?と資料を見て思い出しました。
この年(2010年)、総務省・文部科学省・経済産業省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(通称:三省デジ懇)がスタートしました。そこには、出版社の社長、作家や大学教授、紀伊國屋書店の高井社長、CHIグループ株式会社(のちの丸善CHIホールディングス)の小城社長など有識者が集まり、平成22年度に、いくつかのワーキンググループ、研究会のフォーラムがありました。
僕は一般社団法人日本出版インフラセンター(Japan Publishing Organization For Information Infrastructure Development:略称JPO)に勤めていた浴野英生さんから開発中だった「近刊情報集配信センター」(のちの出版情報登録センター 英文表記:Japan Publication Registry Office略称:JPRO)のワーキンググループに参加して欲しいとの依頼を受けました。
当時、出版社は、取次の週報・速報も含め毎月10箇所以上に近刊情報を紙ベースで送っていました。このペーパーで送られている近刊情報を廃止し「近刊情報集配信センター」に集約する構想でした。
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JPROは、今では業界内でその存在を知らない人はいないと思いますが、当時は秘密裡に開発が進められ、三省デジ懇の実証実験に「近刊情報集配信センター」を加えることを申請していたのです。
まさに出版DX化の夜明け前でした。
「近刊情報集配信センター」に関しては、丸善からも数名が関わっていました。そのひとつは、この時の「近刊情報集配信センター」で、出版社、取次、書店間でやり取りするEDI(Electronic Data Interchange)に国際標準のEDItEUR(エディテュール)の ONIX(オニクス)を採用するため、洋書の輸入で既にONIXを活用している丸善にオブザーバーとして参加の要請があったのです。
ONIX(オニクス、ONline Information eXchange)とは、生産者・供給社・ライセンサーといった、知的財産コンテンツ(デジタルコンテンツか物理的なメディアかは問わない)の作成に関わる組織間での書誌情報の交換のために設計された書誌データ規格で、XMLでプログラミングされています。
とりわけ、“ONIX for Books”は、EDItEURのONIXファミリーの中でははじめての、かつ、もっとも広く採用されている標準規格でした。
EDItEUR(エディテュール)とは、国際出版EDI標準化機構のことで国際的な組織です。1991年に設立され、オーストラリア、カナダ、日本、南アフリカ、米国、欧州諸国など17か国が加盟しています。
僕は、このシステムを現場の書店員が使う視点で、書誌項目に不備はないか意見が欲しいとのことで会議に参加しました。この時あった項目は、ISBN(変更できない)取引コード、発行元出版社、発売元出版社、部署、入力者名、電話、FAX、E-mail、Cコード、ジャンルコード、書名、書名読み、サブタイトル、サブタイトル読み、レーベル、レーベル読み、シリーズ名、シリーズ名読み、巻数、配本回数、セット商品分売可否、著者名1、著者名1読み、著者名1区分、著者略歴、著者名2、著者名2読み、著者名2区分、著者略歴、著者数(制限なし)発売情報解禁日時、発売予定日、判型、判型(実寸)、頁数、本体価格、特価本体価格、特価制限、再販 販売条件、読者対象、成人指定、内容紹介1(62文字以内)内容紹介2(1,300文字以内)目次、キーワード、付録の有無、付録の内容、画像、そのほか出版社記入欄などでした。
この「近刊情報集配信センター」を書店で活用するならば、事前予約や本部一括仕入の資料として発売日別や細かいジャンル別、性別や年代などのターゲット別など検索機能が豊富であればあるほど活用できると考えました。但し、そのためには、任意ではなく必須項目を増やす必要があると発言しました。
「近刊情報集配信センター」は、2010年11月から実証実験を開始し、3月末に実験を終えて、2011年4月1日にサービスインしました。そして、2014年12月1日に「出版情報登録センター」(JPRO)へと変わり、2020年3月にBooks Proをリリースしたのです。
この時、JPOの専務理事である永井祥一さんにお会いしました。永井さんは、僕にとっては「レジェンド」の出版人です。
「第10回『本を売る』ことに魅せられて」でも紹介しましたが、
永井さんは講談社で、DC/POS(現在の『まるこPOS』)システムを構築し、『データが変える出版販売』(日本エディタースクール出版部1994年刊)を著した人。
三省デジ懇の翌年度から始まった経済産業省の「フューチャー・ ブックストア・フォーラム」をJPOが請負、僕はワーキンググループのメンバーとなって2014年まで毎月1回のペースで当時は神楽坂にあったJPOまで足を運び会合に参加しました。
約3年にもおよぶ「フューチャー・ ブックストア・フォーラム」については、改めて紹介します。
さて2010年11月の店頭状況は、どうだったか?とりわけ僕は丸の内本店の1階ビジネス書売場にいたので、ベスト上位は、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら』(ダイヤモンド社)『トレードオフ』(プレジデント社)、『20歳のときに知っておきたかったこと』(阪急コミュニケーションズ)、『星野リゾートの教科書』(日経BP社)『伝える力』(PHP研究所)、『モチベーション3.0』(講談社)、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『スティーブ・ジョブズ脅威のプレゼン』、『ビジョナリーカンパニー3』(日経BP社)などが売れていました。
ジャンル別で見ると、自己啓発書では、『成功をめざす人に知ってほしいこと』(ディスカヴァートゥエンティワン)『残酷な世界で生き延びるたったひとつのこと』(幻冬舎)『働く君に贈る25の言葉』(PHP研究所)が売れました。
それと、経営の棚では、この月に発売されいきなり上位に入ったのが、『イシューからはじめよ──知的生産の「シンプルな本質」』(英治出版)でした。この本は、それほど初回配本があったわけではありませんが、田中大輔さんがミュージアムゾーンの新刊台に、ドカンと1点積みしたところ火がついた本です。
「イシュー(issue)」とは? あなたが問題だと思っていることのほとんどが、「いま、この局面でケリをつけるべき問題=イシュー」ではない。 イシューとは、「2つ以上の集団の間で決着のついていない問題」であり「根本に関わる、もしくは白黒がはっきりしていない問題」の両方の条件を満たすもの。 本当に価値のある仕事をしたいなら、本当に世の中に変化を興したいなら、この「イシュー」を見極めることが最初のステップになる。
当時は聞き慣れなかった言葉ですが、ここが日本一ビジネス書を売る丸の内本店の強みです。
多面で積んでいなくても、丸善丸の内本店で推してる本と読書は感じとって買っていったのだと思います。
『イシューからはじめよ──知的生産の「シンプルな本質」』(英治出版)は現在も売れ続けていて、改訂版も含め60万部のベストセラーとなりました。
もつひとつ僕が気になる本がありました。それは、コロンビア大学で人気の盲目の女性教授シーナ アイエンガーの『選択の科学ーコロンビア大学ビジネススクール特別講義』(文藝春秋)です。
この中で紹介されている「ジャムの法則」🍓は、本の販売にもヒントとなるので注目していましたが、また別の回で、実例を詳解したいと思います。 本書はNHKの「コロンビア白熱教室」に著者が出演し、話題となってベストセラーとなりました。
こうして、2010年の11月は、終わりを迎えました。
つづく