
第3回 続「本を売る」ことに魅せられて
2010年(平成22年)9月21日、僕は丸善丸の内本店に着任しました。ただこの頃の僕の所属は、本部の営業推進室でした。(お茶の水店店長→お茶の水店店長兼新業態開発本部返品率削減推進室→営業推進室)しかし、本部には席はなく、お茶の水店から丸の内本店に常駐勤務することになったのです。なので、辞令が出た時点では、丸の内本店で、どのような仕事をするか決まっていませんでした。
因みに、お茶の水店で、僕が心血を注いでいた返品率削減のプロジェクトや、さまざまな実証実験は、中止となりました。
さて、丸善丸の内本店と言えば、ご存知の方も多いと思いますが、2004年9月14日に開業しました。(2010年は開業7年目)三菱地所が開発した丸の内オアゾ(OAZO)の一角に位置し、1階から4階までフロア総面積は、1750坪。東京駅北口から横断歩道を渡れば、すぐの好立地です。(雨の日は、地下からも丸の内オアゾに入れます)
そんな丸善丸の内本店の魅力を丸の内LOVEWalker総編集長・玉置泰紀の「丸の内びとに会ってみた」で、丸善丸の内本店の元店長だった壱岐直也さんが、インタビューに応えています
――ここ丸の内本店は1〜4階にわたる巨大な書店ですが、全体像と店づくりのこだわりを教えてください
壱岐「全体の書籍数は約112万冊。和書が100万冊で洋書が12万冊ぐらいです。フロアごとにコンセプトがあり、色合いにもこだわっています。本屋って、どっちかというと明るくて白い、わりと無機質な内装が多いでしょう。でもうちは照明や色、素材にこだわって、お客様にとっても居心地のいい、いろいろなものを体感できるお店にしようということにこだわって店をつくっています。 フロアに御影石を敷いているんですが、1階は白、2階は少し女性を意識したやさしい色でベージュ、3階は落ち着いたブラウン系で4階はダークグレー。書棚など什器も、全体を合わせて見たときに違和感がないような色使いをしています」
――たしかに書店は普通、白くて無機質な感じだけど、丸善は高級感がありますね。1階がビジネス書中心なのも珍しい
壱岐「一般的な多層階の書店だと、1階に雑誌や文芸、コミックという構成だと思いますが、この店は東京駅の目の前という立地、大手町・丸の内というビジネス街なのでビジネス書を中心に売ろう、と。ですから1階にはあえてビジネス、経済、資格、法律と仕事に必要なものを全部置いています。これはある意味画期的なことだったかもしれません。 オープン当時は八重洲ブックセンターさんがすごく頑張っていらして、ビジネス書では日本一の売り上げだったんですが、それを3年ぐらいで抜いてから、ずっとうちが日本一です」
――狙いが見事に当たった
壱岐「当たりました。数千円もするようなビジネス書が、飛ぶほどではないにしても走るように売れますよ」
――ビジネス書はとにかくここに来れば手に入ると、お客さんも丸善で探そうとするわけですね。でも1階を地味な感じのビジネス書で固めるのは決断力が必要だったでしょう
壱岐「その決断はすごく早かった。多層階の本屋ですし、洋書も扱っているから、1階にビジネス書ということは最初に決まっていました。4階にカフェやギャラリーをつくるという決断もすごく早かったんです」
インタビューでは、「丸善」と言う屋号についての話や、日本橋から何故、本店を移したのか、創業者の早矢仕有的とハヤシライス🍛の話などは、以下リンクでお楽しみください。
さて、僕の配属先ですが、グループ長の篠田晃典さんのはからいで、「1階のビジネス書売場をみてもらおう」と言うことになり、朝礼で紹介されました。
丸善丸の内本店のスタッフは、洋書・文具・雑貨・カフェを含めると250人くらいいました。
朝礼も書籍グループは、3階のレジの通路に並び、朝から100名くらいのスタッフが集まる朝礼でした。
この時の丸の内本店の店長は、ジュンク堂書店の岡山好和でした。誰の発案かは、わかりませんが丸善とジュンク堂書店のトップマネージャーを交換して店長にしようと言うことになり、ジュンク堂書店の池袋本店の店長には、丸善の西川仁さんが就任していたのです。
僕は、岡山とは出版社に勤めていた頃から面識があり、彼が姫路店や堂島の大阪本店の店長になった頃は、よく営業で店に伺い親しくもしていました。しかし、丸善丸の内本店に赴任した彼には与えられたミッションがありました。後々話していきます。
当時の1階スタッフは、宮野源太郎さん、水澤正毅さん、田中大輔さん、伊賀並寛子さん、高橋祥子さんを中心メンバーとして、他にアルバイトが10名ほどいました。
朝礼が終わると、ブックトラックや大きなL字台車を引いて、地下の物流倉庫に降ります。当時の取次は、トーハンでした。既に朝便(補充品)は入荷していました。ビジネス書のチームは、棚補充品をブックトラック7台くらいに入れ、L字台車2台に1点あたり50冊〜150冊の平積み補充分を積み上げて運びます。
棚補充をアルバイトに任せ、僕らはミュージアムゾーンと呼ばれる一階入り口からまっすぐ入った両脇にある新刊・話題書売場の多面陳列している商品や平台に平積みされている商品を補充していきます。


丸善丸の内本店は、ビジネス書の販売では、日本一を誇る書店であり、メインの売場の補充品は、半端な量ではなく、こんなにも多くの本が売れるのか!と最初は圧倒されましたが、日に日に身体は慣れていきました。
午後便(新刊)が入荷すると、再び物流倉庫に降りると、今日入荷した新刊が、全て机の上に表紙が見える状態で並べられています。
僕は、この時間が一番好きです。自分の担当以外の新刊を知ることも重要なことです。棚担当者が揃うと、そこから新刊会議となり、どの新刊がどのロケーションコード(棚位置)になるかを決めます。中には、メインの売場だけでなく、こちらでも売りたいと言う本には、サブのロケーションコードをふります。例えば、PHP文庫などビジネス書コーナーにも展開したい本は、ビジネス書のロケーションコードをつけるのです。
当時のビジネス書売場は、以下のような分類でした。
経営学、経営者、業界研究、商業経営、マーケティング、営業、ビジネスコミュニケーション、自己啓発、リーダーシップ、株・投資、税務、会計、労務管理、経営工学、企業法務、政府刊行物、白書、日本経済、国際経済、貿易、経済学、金融、ファイナンス、年金、法律、憲法、行政法、民法、刑法、訴訟、労働法、国際法、商法、特許、政治、外交、軍事、行政学、地方自治、国際関係、国際情勢、他に就職資格検定も1階にありました。
新刊を物流倉庫から運び、午前中に補充を済ませたミュージアムゾーンの新刊台を入れ替えます。どの商品をさげて、どの商品を面陳するか、平積みするか、隣の商品との親和性を考慮して、並びの順番を変えたり、ここは、まさに真剣勝負の時間でした。
新刊出しが終わると、水澤さん、田中さんと一緒に地下へ降りて、グループ長、各フロアのマネージャークラスと会議をします。今月の進捗状況や次月の新刊が、どのくらい入荷するか在庫量のことは重要で、丸の内本店は返品率も低く、売上を維持するのに前年に対し在庫が少なくないかを常に確認していました。その他店全体として売場を、どのように有効に使っていくか討議したり、あとは人事のことや、レジ誤差など情報共有し、1時間以内でミーティングは終了。
売場に戻って、補充商品の進捗を確認して、必要であれば、アルバイトをサポートして早番の勤務時間内に商品の配架を終えることを徹底していました。
この月(2010年9月)ビジネス書で、もっとも売れたのは、岩崎 夏海著の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)で、この月だけで、453冊売れていました。丸善全店の累計売上18,908冊。
ダイヤモンド社のホームページに掲載されていますが、この本はダイヤモンド社の中でも歴代2位の商品で累計発行部数は、2,750,000部であり、またこの本の元本であるドラッカーの『マネジメント【エッセンシャル版】』は歴代3位で、累計発行部数は1,260,000部です。
また僕が気になっていた一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授の楠木建が著した『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)は、この月だけで、195冊売れています。累計発行部数は30万部のベストセラーです。
当時のことを、田中大輔さんに聞いたところ、当時書いていたブログがあるとのことで、ご本人の了解を得て、一部引用とリンクを貼らせていただきます。
2010年後半にヒットしたものといって最初に思い起こすものは『ストーリーとしての競争戦略』をはじめとする戦略モノです。
『プラットフォーム戦略』や、『異業種競争戦略』といったものがロングセラーとなりました。特に『ストーリーとしての競争戦略』は、単価が2800円もするにもかかわらず、累計売上1000冊を突破!
日経新聞に取り上げられたことで勢いは加速し、毎日10冊以上の売上をあげています。
「ストーリー」というのは、2011年のキーワードのひとつになるのではないでしょうか?また『プラットフォーム戦略』もロングセラーで現在も大きく展開しています。
田中大輔さんのブログは以下にリンク🔗
とにかく日本一ビジネス書を売る書店の最前線で働くことは、自分にとっても、いい経験でした。
つづく