みじかい小説 #146『歴史小説』
「あんた、何読んでんの」
よく晴れたある日の午後、母がそう言いながら健司のベッドをのぞきこんだ。
「『北条義時』だよ。昨日本屋で買った」
うつぶせで海老ぞりになっていた健司は、ごろんと寝返りをうち横向きになる。
「へえ、おもしろいの」
母はなにやらにやついている。
「べつに。まだ読んでる最中だから。あっち行って」
健司は近づいてくる母に向かい、手でしっしをする。
「はあい」
母はそれだけ言うと、面白くなさそうにその場を立ち去った。
『北条義時』を買おうと思ったのは、大河ドラマを見ていたからだった。
今年の大河ドラマは「鎌倉殿の13人」という、鎌倉時代が舞台でコメディタッチになっている。毎週日曜、家族で夕食をとる際にテレビでそれを流しているものだから、自然と興味がわいたのだった。
本屋は健司の通学路にある。毎日店内を眺めるうちに自然と目につくようになり、とうとう昨日購入に至ったのだった。
正直、北条義時なる人物がどんな人物なのか、健司は知らない。
ただ、歴史小説が好きなだけだ。
歴史小説はいい。
何がいいって、毎日生きているこの現実という同時的な平面的空間に対して、歴史小説は時間的な奥行きを与えてくれる。
目の前のものだけじゃなくて、遠い過去にまで思いを馳せる、そんな瞬間が健司は好きだった。
同じ理由で近未来小説も好きだが、そちらは歴史小説とは異なり設定まで想像力の産物なので作家の力量がおおいに試される。読み手にとってはいちから設定を頭に入れなければならないのが大変だ。
そこへいくと歴史小説の設定はいやでも歴史上のある時代だから、地に足がついているというか、読み手にはある種の安心感があるのだ。
もちろん、ひとくちに歴史小説とは言っても、詳しい取材に基づいたものか、はたまた想像力をおおいに発揮した物語なのかは著者による。
健司は歴史小説は詳細な取材のある方が読んでいて手ごたえがあるので好きだけれど、一方でファンタジーも好きだから、ファンタジーの入り交じった歴史小説もアリだと思っている。海外作品でいえば『指輪物語』のような作品が、日本でもあればいいのにと思っている。
そんなことを考えていたら、つい『北条義時』から離れてしまった。
「今日はここまで」
健司はそうひとりごちると、本にしおりをはさみベッドから立ち上がった。
ふてくされて階下でお菓子でも食べているであろう母の肩でももんでやるかと、大きなあくびをひとつした。