みじかい小説 #118 ほろ酔い
「はい、いらっしゃい」
カウンター席の内側で、大将が元気よく挨拶をする。
「へへ、来ちゃった」
「大将、お久しぶり」
カップルは、くったくのない笑みを見せ店内に足を踏み入れ、迷わずカウンター席の一番奥にそろって座った。
「大将、いつもの」
「へい」
注文を受け大将は、カウンター上のガラスケースの中から魚の切り身を取り出しまな板の上に置き、器用に包丁をすべらせてゆく。
間をおかず、奥から女将さんがお酒を持ったお盆を携えてやってくる。
「はい、いつものね」
そう言って女将さんは二人の前におちょこを差し出す。
「ありがとうございます」
二人はそう言って、互いに顔を見合わせ、互いのおちょこに酒をそそぐ。
「じゃ、今日もお疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
ふふふと笑って二人はぐいとそれを飲み干す。
そこへカウンターの内から、すっと小皿が差し出された。
「大将、これは?」
注文した覚えのない小皿である。
「へへっ、こんなご時世だからね、おまけさせていただきますよ」
「わあ」
二人はお礼を言って、小皿に盛られた漬物に箸を伸ばす。
こんなご時世ですもの。
二人は、いえ、大将や女将さんも含めて、この夜、店内には、ささやかな晩餐に明るい光がともったのでした。
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