サプライズ★肉じゃが
主人はサプライズが苦手だ。
「される」方ではなく「する」方が、だ。
私はサプライズが苦手だ。
「する」方ではなく「される」方が、だ。
「する」方はむしろ得意なくらいなので、「される」と大抵サプライズ前に気付いてしまうのだ。ましてや元々喜び下手な私にとって、気づいてしまったサプライズほど喜び下手を発揮するのに絶好のチャンスはない。故に、私はサプライズが苦手だ。
サプライズ「する」のが苦手な主人と、サプライズ「される」のが苦手な私。これは夫婦としてとてもwin-winだと思う。でも実際のところは、主人の意図せぬサプライズを意図せず私がくらってしまうという事象が発生しやすいのが私達の生活だった。
少し肌寒くなってきた10月。
産院から帰るタクシーの中で、生まれて数日の我が子をおぼつかない手と強張りすぎた肩で必死に抱っこする主人が言った。
「とりあえずこの週末を生き抜くために大量のご飯を作っといた」
私は驚いた。
コロナ禍で制約の厳しい大学病院では、立ち合いどころか面会もできなかったため、きっと主人は1人で心置きなく最後のひとり時間を楽しんでいただろうと(実際心置きなく楽しんではいた)、そこには最低限の家事しか含まれていないだろうと、そう思っていたからだ(失礼)。
「そうなんや、ありがとう」
私は結構サプライズをくらっていたが、何故かあまりそれを表に出さないような返事をした。
家について、息子をベッドに下ろし、海外旅行にいつも持って行っていた3泊4日用のスーツケースを開いて、産後用に持って行っていたあれこれを片付けた。
主人が何故かおもむろに口を開いて、
「腹が減っては戦はできぬ、まず食べよう」
と言った。なんだかその言い方が、サプライズを準備していた人が早くそれを披露したい、みたいな雰囲気を纏っていて、私は少し笑いそうだった。
どどん。サプラーイズ!
主人は大っ量の肉じゃがと、それより多いくらいのきんぴらを作っていた。ざっと見ても5食分くらいありそうで、確かにこの週末を生き抜けそうだった。
炊き立てのつやつやふるさと納税ごはんと、主人のサプライズ/サバイバル肉じゃがときんぴら。
一口食べただけでめちゃくちゃ懐かしみがあった。でも私は主人の肉じゃがを食べたことはなかったし(主人も人生初の肉じゃが作りだった)、主人のお母さんの肉じゃがも食べたことがない。私の母親の味も肉じゃがではないし、私には肉じゃがを懐かしむ要素が何もなかった。
私にとってこの肉じゃがの懐かしみとは。
それは過去の経験を暖かく思い返す懐かしみと言うよりは、未来の自分が今目の前にある肉じゃがを懐かしく思い出すだろうと言う予感的懐かしみだった。
大雑把な私と違って、昔研究室でそうしていたかのようにきちんと配合/レシピを守る理系主人の初肉じゃがはめちゃくちゃ美味しかった。きんぴらは失敗したと言っていたけれど、そもそもきんぴらが久々すぎる私にとってはどこがどう失敗したのか分からなかったし、懐かしみ要素が強くて何も気にならなかった。
そこからの1ヶ月、つまり産後1ヶ月は私にとって人生で一番きつくて苦しくて辛くてハードな1ヶ月になった。これまでのどんな仕事も比べものにならなかった(夜も朝も夜間通用口を出入りして、ほぼ三徹くらいしたプロジェクトよりも、だ)。
私も主人も、それぞれが自分に出来ることで何が息子にフィットするのだろうかと考え尽くし、悩み尽くし、私はたくさん泣きもした。メンタルだけはめっちゃ強いと自負していただけに、泣いてしまう自分にもメンタルを追い込まれた。
今これを書いているのはそこからもう半年が経とうという3月です。4月からの復職・保育園に向けて離乳食を始め、卒乳もし、息子の体重は3倍以上にもなった3月。久々に肉じゃがを食べるとやっぱり懐かしかった。昨日のことように思い出せるのだ、あの大量のサプライズ★肉じゃがを。私があの肉じゃがをうまいうまいと食べたように、あの肉じゃがが私の血液に取り込まれて母乳になって、きっと息子もうまいうまいと父の味を飲んだんじゃないかな(そんなことはないか、いやでもそうだったらいいなと言う希望的想像)。
たくさん悩んでまだ半年だけど、確実にここまで2人で育ててきた。
肉じゃがが入っていた器を洗いながら、そんなことを感慨深く思った。キッチンの端では、主人が自分の誕生日に何故か私にと買ってきた花がドライフラワーとして少し揺れた。私の名前が入った名前の花だった。
主人はサプライズが苦手だと言う。
私はサプライズが苦手だと思っている。
でも人生は意図せぬことばかりで、それらを楽しめる人間でいたいし、ここまで結構いい感じに楽しめてきたと思う。
意図するサプライズ?意図せぬサプライズ?
私はこれからも肉じゃがを見るたび食べるたびに、サプライズ★肉じゃがを食べたあの日に予感した懐かしみを味わう人生がいい。こんな長期戦サプライズ、なかなかない気がしてめっちゃいい。