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【ショート・ショート】さくら

「こんな所にあった!」
 夫が大きな声を上げた。
「どうしたの?」
 リビングを覗き込むと、口を開いた段ボール箱が所狭しと床に並んでいる。その真ん中に座って、黄ばんだ便箋をニヤニヤながめている。
「何、それ?もしかしてラブレター?」
「そうなんだ。引っ越しの時、この箱の中に紛れ込んだらしいな」
 夫があっけらかんと言う。

 あまりにも嬉しそうな顔に、大人気ないと分かっていても腹が立ってきた。
「そんな調子だったら、日が暮れちゃうわよ」
「何だ、焼き餅焼いているのか?」
「違うわよ。そんなもの、後生大事に仕舞っておく神経が分からないだけよ」
「待てよ」
 止める夫を振りきって、台所の片付けに掛かる。

 嫉妬しっととは違う。常識的に、そんな物は結婚が決まった時に処分しておくべきものよ
 夫とは幼なじみで家が近かったせいもあって、小さい頃はしょっちゅう行き来していたが、思春期辺りからほとんど会わなくなっていた。
 その間に恋愛もあっただろう。
 記憶の中にあるのは仕様がない。でも、これからは私一人を見ていてほしい。
 だけど、あからさまに嬉しそうな顔をされると、仏の私でも腹が立とうというものだ。

「おーい、コーヒーを淹れたぞ。一休みしよう」
 夫が呼びに来た。そっぽを向いていると、
「何だ、未だ怒っているのか」
 と笑う。
「怒ってないわよ」
「やっぱり怒っている」
「怒っていないってば」
 ――私って、こんなにやきもち焼きだったかしら。
「てっきり捨ててしまったものと諦めていたんだ」
 返事する気にもならない。

「なあ、これ、覚えてないか?」
 便箋には、クレヨンで描かれた絵と文字と桜の花びら。
「あっ、それ」
 さくら。それが私の名前。どうしても『櫻』の字だけ大きくなって、何度やり直しても上手く書けない。それが悔しくて編み出したのが、桜の花びらを描いて、それを名前の代わりにする技。

「そうさ。お前が幼稚園の時にくれたんだよ」
「そんなもの、まだ持っていたの」
「そうさ」
「でも、返事はくれなかった……」

 その便箋に描かれていたのは……。
 大きな十字架がある家(たぶん教会)の前で手を繋ぐ男と女。そしてそれぞれの下に書かれた、『にい』と櫻の花びら。


 その代わりに……

 夢を叶えてくれた。


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