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【ショート・ショート】別腹
「お前、よく入るなあ」
妻が、夕食の後にケーキをパク付いている。
「ケーキは、別腹よ」
知子は、腹をポンと叩く。
「ベツバラってなあに?」
側耳を立てていた「なあに君」が、すかさず聞く。
息子の竜也は三歳。何でも知りたがる年頃だ。「なあに?」「なあに?」と、いつも好奇心のアンテナを立てている。
「それはね、ご飯を食べるお腹と、ケーキを食べるお腹は別だってことなの」
なあに君は、首を傾げる。
「おい、いい加減なこと、教えるんじゃないぞ」
私は機先を制した。
先日も、なあに君は、毛糸は鶏頭から作られるんだと思いこんでいた。私が直ぐに正したからよかったが……。
知子に問い質すと「語呂が似てるから間違えたんじゃない」と澄ましていた。
「いいの、あなたみたいに答えを教えるだけではダメ。少しはこの子にも考える習慣つけさせないと」
妻は、素知らぬ顔で、
「分からないかな」
なあに君、しばらく妻のぽっこりしたお腹を見つめていたが、
「あっ、わかった」
なあに君の顔がぱっと明るくなった。
「赤ちゃんがいるお腹のことだね」
「ん? どう、かな」
「おい、適当に返事するなよ」
「そうか、弟が入っているんだね。だから、ママはいっぱいご飯食べなくちゃいけないんだね」
なあに君は、ポッコリ出た腹を撫で、耳を押しつける。
「いや、それとはちょっと違うんだけどね」
なあに君は
「そうか、弟が生まれるんだ。カナちゃんに教えてあげよ」
えっ。
カナちゃんは隣に住む幼稚園の同級生だ。
流石にまずいと思ったのか、妻は竜也を捕まえようと手を伸ばした。
「待って」
その手をかいくぐり、なあに君は隣の家へ走る。
「あーあ、行っちゃった」
笑いながらも、妻の目が困っている。
「俺は知らないぞ。お前が何とかしろよ」
日曜日だから、おそらく今頃はお隣も団欒の一時だろう。明日の朝が思いやられる。
「まあ、いいか」
私は、二個目に伸ばそうとする妻の手をピシリと叩いた。
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