【連載】ラジオと散歩と味噌汁と(14/15)
14.菩提寺
実家からの帰りに、君が眠る菩提寺を訪れた。
義母から教えられた墓の場所は直ぐ分かった。墓誌を確認すると確かに君の名前があった。没年月日も義母の言った通りだった。
私は墓前に花を手向けながらも、まだ信じられないでいた。
君との三年間は夢か幻だったと言うのか。
話し掛けても君は返してはくれない。思い出がだけ走馬灯のように流れていく。
「もし。大丈夫ですかな?」
振り向くと老僧が立っていた。何度か声を掛けられたらしい。
「先ほどから拝見しておりましたが、もう小一時間身じろぎもせず、しゃがんでおられましたのでな。体調でも悪いのかと案じましてな、声を掛けさせてもらいました」
「妻に問うておりました。あっ、いいえ、戸籍上は妻ではなかったようですが……」
「何やら複雑な事情がおありのようですな。もしよろしければ拙僧に話してみてはどうですかな。少しは楽になるかも知れませんぞ」
老僧は返事を待たずに、すたすたとお寺の方へ向かっていく。
導かれるように付いていくと、そのまま庫裏に通された。奥さんらしき女性がお茶を出してくれた。
私は湯飲みを両手で包み、水面に生じた同心円の波紋をぼんやり眺めていた。大きな波紋が次第に小さくなっていく。
それを機に、ぽつりぽつりと話し始めた。話し終えた時、私は涙を流していた。
その間、老僧はじっと目を閉じていた。
「そうですか。それは大変貴重な体験をされましたな」
老僧は温くなった茶を一口含みながら、
「さて、心と心は良くも悪くも響き合うものでしてな。日本語には、『気が合う』、『気に食わない』、『気に障る』、『虫が知らせる』、『虫が好かない』など、そういうことを表す言葉が多々ありますな。人は、昔から理屈は分からなくても、そんな直感を言葉にして残してきたんですな。
あなたの場合も、冴子さん方との間で心が響き合い、共鳴して、それぞれの思いが伝わったのでしょう。それがあなたの記憶となって残った。実際のところ、脳においては虚構と現実との違いは、そう大きくないそうですからな」
「私が体験したようなことは、現実にあるんでしょうか?」
「さあ、それは分かりません。でも世の中は何が起こるか分からないから面白い。あっ、いや、これは不謹慎でしたな。謝ります。ですが何もかも全て科学で解明できるわけではありませんでな。いや科学では分からんことの方が多いんでしょうな」
老僧は、私の話を肯定するでもなく、否定するでもなく、面白いと笑った。老僧の言葉は、私の心にすとんと落ちた。
君の死を受け入れると決めてから、私はずっと考えていることがある。
人は死んだらどうなるのか? ということ。
一人では答えが出そうもない。私は老僧に問うてみた。
「そう、それは難しい問題ですな。人は必ず死ぬ。これだけは何人たりとも避けようがないことです。生まれてきて、死ぬ。ではどうせ死ぬのに、何故生まれてくるのか。その一つの回答として、仏教は輪廻という概念を用意しております。
輪廻とは生まれ変わりのことです。生まれ変わって徳を積み、霊の格を上げる。そのための修行の場がこの世というわけです。そして輪廻を繰り返し、最上の格を得て仏様の住む世界へ行く。それで輪廻が終わります。
つまり死ぬということは、霊魂が霊の世界へ行くことです。要は霊魂の引越しですな。引越し先に、誰も知り合いがいないと、心細いわけです。
昔は親兄弟のや近所の人達の結びつきが強くて、先に亡くなった親戚や知人が大勢出迎えてくれたものだが、今は親との関係も希薄になってしまって、近所づきあいをしない人も多い。向こうに行ったら心配なわけです。怖いわけです。
でも仏様が導いて下さったら、出迎えて下さったら、安心だろうということです。だから仏様を信じ、仏様に縋り、経を唱えるわけですな。
あなたの場合は、冴子さんという素晴らしい女性が待っていてくれる。でもだからと言って決して生き急いではいけません。冴子さんとの思い出を胸に、生ある限り、精一杯生きなくてはなりません。それが徳を積むということに繋がる気がします。
死後の世界、あの世、霊界、浄土、呼び方は何でもいいですが、それが実際にあるのかどうかは、おそらく誰にも分かりますまい。でも、あまり思い詰めずに、そういうふうにでも考えられては、いかがですかな」
「輪廻は生まれ変わりですか……」
私は呟く。
いつだったか、君は生まれ変わっても日本人に生まれたいと言った。あの時君は、こういうことを考えていたのだろうか。
私は生まれ変わっても、また君と結ばれたい。そしてあわよくば君にもそう願っていてほしい。
「いやいや、柄にもなく偉そうなことを申しました。どうにも、年寄りの話はくどくていけませんな」
老僧は頭を掻きながら笑った。
「お陰様で、少し気持ちが楽になりました」
「まあ苦しみや悲しみばかりじゃ、生きづらいですでな。また話したくなったら、遠慮なくいつでも来てくだされ」
老僧は相好を崩した。
私はつかつかと家路を急いだ。
<続く……>
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