【連載】冷蔵庫と魔法の薬 (2)
2.関頭
結婚式当日。
案の定、環は寝坊した。
「何で、起こしてくれなかったのよ」
「六時頃から、何度も起こしてたんだぞ」
「低血圧だから、朝が弱いのよ」
「だから早く、寝ろって言っただろう」
「そう言われてもね。乙女は肌の手入れとか、色々と大変なのよ。ニイニ、眠気覚ましに熱めのコーヒー、お願い」
八時過ぎ、慌ただしくアパートを出た。持たされたキャリーバッグがやたらと重い。駅まで徒歩十分弱。やっと駅に着いた時には、健二はくたくたになっていた。
「帰りは絶対タクシーを使った方が良いぞ」
電車と地下鉄を乗り継いで、九時前には何とかホテルに着くことができた。
「ニイニ、ありがとう。ところで今日は何も予定なかったの?」
「今ごろ、そんなことを聞くか? 大丈夫だ。デートはキャンセルしたから」
環は健二の与太を軽くいなして、
「やっぱ、ニイニは優しいね。好きだよ」
「分かった、分かった。帰りはどうする?」
「そこまで甘えたら、罰が当たっちゃう」
「心にもないことを言うな」
「ミユキもいるし、大丈夫だと思う」
「何かあったら電話しろよ。じゃあな」
健二は、地理に不案内な環を気遣った。
「ニイニ、やっぱり、好きだよ」
「分かったから、もう行けよ」
健二はホテルの前で環と別れた。
――さて、この後何をしようか。
昨夜から健二は生活のリズムを狂わされ放しである。
早めに昼食を摂って、前から気になっていた映画を観た。その後は特に何もすることがないまま、コンビニで弁当を買って帰って、昨夜のスープの残りで夕食を済ませた。
いつも一人で摂っている食事が、今夜は心なしか侘しく感じた。
健二は手持ち無沙汰を酒で紛らすこともできずにいた。
環からは夜九時過ぎても何の連絡も無かった。
――披露宴のお開きが十五時予定だったから、二次会は十六時が始まるとして、それから五時間か。ちょっと遅いな。
健二は、外の音が聞こえるように窓を少し開けた。
――しかし俺が心配していると知ると、あいつ図に乗るからなあ。
健二は自分の本意ではなかったにしても、一旦預かった以上、環の安全に対して責任を感じていた。
――でもあいつも子供じゃないんだから、一々俺が口を出すのもなあ。
いつもはテーブルに置いたままにしている携帯電話は、先程からずっと健二の手の中にある。
十一時過ぎ、アパートの前に車が止まる音がした。健二が窓から確認すると、環をタクシーから降ろそうと苦戦している女性が目に入った。
健二は急いで迎えに走った。
彼女は健二を認めて安堵の顔を見せた。
「ニイニさんですか、私、環の友人で佐藤美由紀と言います。遅くなってすみません。彼女、二次会で悪酔いしちゃって。途中で酔い覚まししてたんですけど……」
「いえいえ。ご迷惑お掛けしました。送って頂いてありがとうございます。後は私の方で……」
健二は美由紀が固辞したが、足しにして下さいとタクシー代を握らせた。
美由紀の乗ったタクシーを見送った後、キャリーケーズを転がしながら、環を部屋に担ぎ込んだ。
――ドレスのままだが、仕方ない。
環をベッドに寝かしつけて、健二はやっと人心地付いた。
――無邪気な顔だな。
こうして環の顔をしげしげと見ることは、ほとんどなかった気がする。じっと見ていたら、何だかおかしな感情が湧き上がってきた。
――いかん、いかん。
健二は頭を振りながら、ソファーに戻った。
<続く>
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