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【放送大学/まとめノート】総合人類学としてのヒト学(’18)第13回 近代世界の成立と国民国家の形成
キーワード
近代 ナショナリズム 国民国家 帝国 周縁 世界システム
目標&ポイント
1.近代化とナショナリズム
2.近代化がもたらした特殊性
3.ナショナリズムのはらむ矛盾
4.近代化への多様な対応・あり方
1.古代、中世から近代へ
近代 ← 我々、今ここ。
ヒトの歴史(歴史=文字資料に基づく研究が可能な期間)
「古代」 西ローマ帝国が滅亡した5世紀末まで
「中世」 ビザンツ帝国(東ローマ帝国)が崩壊した15世紀くらいまで
「近代」 19世紀の明治維新をもって始まる
古代・中世 それぞれの地域で別個に展開
近代 世界全体がヨーロッパに発した一つの「近代」に巻き込まれてゆく
近代とは、拡張し世界を巻き込んでいくことを特徴とし、人類が経験する初めての全地域的な歴史の時代である。
ヨーロッパ近代が世界を席巻したために、近代の体験は、ヨーロッパとそれ以外の地域ではかなり異なることとなった。
ヨーロッパ近代の幕開けを学芸の分野で告げるルネサンスは14世紀のイタリアに始まる。これに続き、航海技術の革新であり、ヨーロッパ人の活動域の急速な拡大を招いた大航海時代が15世紀に、宗教の近代化と言うべき宗教改革が16世紀に起きた。さらに、経済面での産業革命と資本主義、政治面でのナショナリズムと植民地主義(帝国主義)が18世紀に興り、19世紀をもってヨーロッパ近代は一旦の完成をみる。このうち、18世紀くらいまでがヨーロッパ史では近世(初期近代)と位置づけられるが、大きな区切りとしては、ヨーロッパは500年ほどをかけて近代化を達成したことになる。
これに対し、ヨーロッパ以外の地域は18世紀ないし19世紀にヨーロッパ近代に遭遇し、これを受容し消化することを強いられた。それらの地域に暮らしていた人々にとって、近代とは唐突に外から与えられたものであり、それを受け入れるのに与えられた時間の猶予は短かった。彼らはヨーロッパの人々よりも強く時代の断絶を感じながら、希望と不安と焦りの中で、新しい時代に立ち会うことになったのである。
2.イノベーションの時代
・人口の増加
・一人当たりの消費エネルギー量の増大
↑
イノベーション
エネルギーの大量消費が可能になった前提には、数々の技術革新(イノベーション)がある。産業革命に始まる技術革新によって、新たな諸々の産業が興って資本主義が発達し、ヒトの経済活動はより多くの資源とより広大な市場を求めて外へ外へと拡大し、やがて世界の全域におよんでいった。同時に、世界大に展開した経済システムをまがりなりにも運用するために、交通通信(コミュニケーション)の発達、家族から国家にまで至る様々な組織の変容、さらに合理主義や効率性の追求といった、人間観、社会観、世界観を含むヒトの意識の変化も求められた。本来の意味でのイノベーションには、技術に限らず組織や方法の革新も含まれ、その意味で近代とはヒトの生存の様々な面での革新が連動していったイノベーションの時代と呼ぶことができる。
3.ナショナリズムの広まり
国際
国際とは「インターナショナル」の訳語
インターは「何かの間」を指す
↓
インターナショナルとはネイションとネイションの間の関係を指す。
ネイションが単位となり、それらの間に成立する関係が「国際」。
グローバル
グローブとは「球体=地球」
世界を構成する特定の単位は指定されていない
21世紀になってネイションだけが世界を構成する特別な単位ではなくなったと考えて、私たちは「国際」の替わりに「グローバル」という言葉を使い始めた。
ネイション
「国家」と考えがちだが、ホントは「国民」
ラテン語の「生まれ」が語源
なんらかの意味で生まれを共にする人々の集団を指す
一個の「民族」が一個の「国民」として一個の「国家」を形成するという考え方が、近代におけるネイションという言葉の使い方の根底にあり、その考え方が「ナショナリズム」である。
ナショナリズムの起源
17世紀英国 清教徒革命
「国家の統治下ある国民」
18世紀 フランス革命
「国民が国家を構成する積極的な主体」
民族と国民が重なり合うナショナリズムの成立 ・・・ムズっっ(^^ゞ??
イタリア統一(1861)
ドイツ統一(1871) などの例がある。
そしてこれらの例が、英・仏の例と異なる点はーーー
一個の国家があって、そこに暮らす人々が一個の国民とみなされたわけではなく、複数の国家に別れて暮らしていた人々が、一個の民族であるという主張の下に、明確な領土と主権を有する一個の国家を構想し、それによって一個の国民たらんとしたという点である。このような原則に従って成立した国家を「国民国家(ネイション・ステイト)」と呼ぶ。
↓
この考え方は、第一次世界大戦後に「民族自決」の名のもとに北欧・東欧・南欧に新たな国家をいくつも生み出した。第二次大戦後には国際連合憲章にも謳われ、アジア・アフリカに多くの独立国家が成立。ナショナリズムは国際社会の原則となった。
ナショナリズムは・・・・
→ 帝国主義・植民地主義とも平気でタッグを組めたし
→ 一方で植民地からの解放独立のための論理ともなった
⭐植民地化という政治支配からは抜けられたけど、我々はヨーロッパ近代が課してきた「国民国家」という枠組みから逃れることはできてない。
4.国民統治
国民国家によって課された枷
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一民族が一国家をなすことは現実にはほとんどない
国民統合
国語
学校教育
国民国家は今のところ、全地球的な政治経済秩序にとって最も機能的で効率的な単位であるが、同時に、文字通りの国民国家が達成できた試しはない。ナショナリズムとは国民国家を樹立しようとする政治運動であるという以上に、国民国家を標榜する国家がそれを実質化しようとする運動でもあると理解しなくてはならない。
5.ヨーロッパ近代の受容、克服、限界
ヨーロッパ以外の国の近代化
自国の文化をどう扱うか
収取選択
ヨーロッパ近代の現地化
収奪の構造からの脱却(植民地主義の残存)
近代は過去に例を見ないほどヒトの活動域が拡大し、政治と経済が大規模に展開した時代である。だが、当初から近代が抱えていた問題に加え、時代を経るにつれてあらわになってきた問題も数多く、1970年代になるとヨーロッパ近代の限界もささやかれるようになった。幸いなことに、世界はまだ驚くほどに多様であり、ヒトが長い歴史の中で培ってきた多様な文化や社会の在りようこそが、今やヒトにとって大切な資源である。それを活かすことが、世界を近代への更なる完成へと導くのか、あるいは近代を克服した新しい時代を切り拓くことにつながるのか、私たちが生きる「現代」の状況と課題については次章以降で見ていこう。