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【短編】さらば地球よ!

カクヨムの短編コンテスト応募用に投稿した作品です。
けっこう気に入ってます。

 それは2019年七の月のできごと。
 ノストラダムスのおっさんは20年読みまちがえたらしい。
 ある日、ある朝、突然に!
 ぜんぶで31基の超デカい円盤が地球にやってきて、世界の主な都市の上空に陣取った。
 そう、『インデペンデンス・デイ』みたいに!
 かれらは上空から超ペラペラな地球のことばで話しかけてきた。
「突然ですが、降伏してください」みたいなことを。
 アメリカの円盤は英語で、フランスのはフランス語、日本のは日本語で。同時刻に、同じ声で、ちがう言語のごあいさつ。
 エイリアンはすがたを見せなかった。駅のアナウンスみたいな無感情なごあいさつは5分くらい続いた。
 言ってることが物騒だったし円盤の見た目が完全にインデペンデンス・デイだったので(一応あの円盤、『シティ・デストロイヤー』って名前があるらしい。まんまですね)世界中が死にたくなさでいっぱいのパニックになった。
 けど、円盤はあいさつしたあと、特になんもしてこなかった。
 U! S! A! が手を出すまでは。
 アメリカがワシントンDC上空の円盤に攻撃をしかけたのは、襲来の4日後。
 多くの住人の避難が終わっていたのが不幸中の幸い。
 アメリカ軍は総攻撃をしかけた、けど。

 ワシントンDCとニューヨークが真っ黒い更地になっただけだった。

 なにが起きたかははっきりわかってないんだけど、どうせなんかすごいビーム出したんだろうってことでいったん議論が落ち着いてる。
 円盤はそれぞれ完全に無傷の状態で、ロサンゼルスとヒューストンに移動した。
 それでほぼほぼ全世界があきらめた。
 みんな絶望したから地上では混乱が起きた。集団自殺とか。大移動とか。暴動とか略奪とか。どさくさにまぎれてどっかの国が核ミサイルをどっかに撃った。
 でも円盤はそれを見下ろしてるだけだった。

 当然のことながら、日本担当の円盤は東京の上空にいる。
 あたしの真上にいる。
 円盤の直径は40キロくらいあるらしくて、夏の日差しもゲリラ豪雨もさえぎられていた。
 あたしたちは毎日円盤を見上げながら暮らしていた。
 そう、日本は。
 東京は。
 なーーーっんにも変わらなかった。

 円盤が来た日も、次の日も。
 アメリカが総攻撃をしかけた日も。
 ワシントンとニューヨークが更地になったときも。
 円盤がゴゴゴゴゴッてロサンゼルスとヒューストンまで移動してるときも。
 日本人はみんなみんな、いつもあんまり変わらない生活を送ってた。
 ただ生活の合間に、「円盤を見上げる」「円盤関係のニュースを見る」っていう新しい習慣がはさまっただけ。
 さすがに襲来初日はダイヤが乱れたし、関東の学校はみんな休校になって、しばらく空港は閉鎖されたけど。
 3日も経てば電車は普通に走り始めた。学校も始まった。そもそも会社は円盤が来た日もどこもやってた。大人たちは歩きとか自転車でなんとか会社に行って、みんな夜には帰宅難民になってた。
 今じゃ円盤を迂回して飛行機だって飛んでる。
 東京は、日本は、なんにも変わらなかった。
 大きな地震があったときや、雪がたくさん降ったときと、おんなじような感じだった。
 だって……円盤、なんにもしてこないんだもん。
 政府は会議しまくってたみたいだった。自衛隊を出すための会議をするための会議をするための会議をやってるところなんだ、って、おじいちゃんが言っていた。
 だから日本は、円盤になんにもしてなくて。
 たぶん、だから円盤もなんにもしてこなかった。
 おばあちゃんはぽそっと言った。
 案外、話せばわかるひとたちなのかもしれない、って。

 もちろん、いなくなった人もいる。
 あたしのクラスも10人「消えた」。東京から疎開していった。
 東京の外にあてがある人とか、親が「東京の仕事なんかやめてもいい」って思ってた人たち。
 あたしも含めて、他のみんなは、親が逃げようとしないから円盤の下にとどまっている。
 そしてみんな、べつに逃げなくてもいいかなって思ってる。
 でも同時に、逃げられるもんなら逃げたいとも思ってる。
 隣のクラスの本田くんは、家族を置いて自分ひとりだけ逃げたらしい。あたしと小学校同じだった男子。将来、……なんだったっけな、何かになりたいって言ってた。とにかくぜったいに死にたくなかったんだ。
 あんまり話したことなかったけど、正直それってカッコいいかもって、そんなふうに思ったりなんかしたりした。

 おまえらぜったいおかしいよ。

 たったひとりで東京から逃げる前夜、本田くんはLINEの友達グループでそう吐き捨てて、それっきりだったらしい。
 そうなのかも。
 ふつう、侵略なんかされたら戦うもんなのかも。
 でもさ、アメリカすらかなわなかったんだもの。
 あたしたちに何ができるっていうんだろう。
 それに……ほら。
 なんにもしなかったらなんにもしてこないし。
 だったらこのままなんにもなかったことにして……。
 今までどおりに暮らしていったほうがいいじゃない。
 めんどくさいし。みんな毎日忙しくてそれどころじゃないんだ。来年あたしたち高校受験で、大人たちは毎日仕事あるんだから。

「それがおかしいってんだよ。気づけよ」
 ある夜、あたしは夢の中で本田くんにそう言われた。
「わかってるくせに。あいつらが何にもしないままでいるはずがない、って」

 わかってる。
 高校になんか行けないんだろうってこと。
 宇宙人たちは来年の3月までには――地球を征服してるんだ。
 あたしたちはきっと……。
 皆殺しにされるか、奴隷にされるか、ハンバーグランチにされちゃうんだ。

 侵略者が行動に出たのは、襲来から1ヶ月後だった。
『青い手紙』を受け取った人たちがいる。
 見たこともないきれいな光沢のあるスカイブルーの封筒(科学者の話だと、地球上にはない未知の物質なんだって)に、これまた見たこともないくらいきれいなコバルトブルーのカードが入っていた。
 カードの中身はこう。

『貴方は選ばれました。
 14:23:59後、貴方は日本地区担当のバトルシップ内に転送されます。
 ご心配には及びません。
 貴方を貴重なサンプルとして丁重に取り扱うことをお約束いたします』

 カードの中の数字は、印刷にしか見えないのに、ちゃんと動いていた。
『転送』までの時間をカウントダウンしていた。
 いったいどれくらいの人がその青い手紙を受け取ったのかはわからない。
 でも、74億人の地球人の、ごくごくごく一部ってことはたしかだった。
『選ばれた』人の運がいいのか悪いのか……まだ、誰にもわからない。
 けど。
 みんなぜったいに選ばれたくなんかないって思ってた。
 あたしも。
 宇宙人のところになんかぜったい行きたくなかった。
 死にたくなかった。

 そしてあたしは『青い手紙』の内容を知ってる。

「え。それで、え。ど……どうするの、叔父さん」
「どうするもこうするも、どうしようもないよね」
 叔父さんはぼけーっとした顔で頭かいて、それから両膝をごしごしした。
 テーブルのうえには、きれいなスカイブルーの封筒と、きれいなコバルトブルーのカードがあった。
 無音でカウントが進んでる。
 あたしたちはしばらく無言になった。
 カードを受け取った人の中には、ハサミを入れてバラバラにして捨てようとした人もいた。いらないクレジットカードみたいに。でもこのカードは何をしても破壊できないらしい。YouTubeの破壊実験動画が世界中で再生されまくってる。
 こんなもの、わたしだって粉々にしてやりたい。
 あたしの肉親は、母方の祖父母と父方の叔父だけだった。
 このカードのせいで、またひとりあたしの肉親が減るんだ。

 あたしが3歳のとき、お父さんは乗っていた航空機が墜落して亡くなった。骨も残らなかったらしい。どんな父親だったか、ほとんど記憶がない。
 お母さんはその一件で心を病んで、入退院や失踪を繰り返すようになって……あたしが5歳のときに十数度目の失踪をして、とうとう帰ってこなかった。
 両親がそんな状態だから、あたしは4歳の頃からおじいちゃんとおばあちゃんに育てられてきた。
 叔父さんとは、こうして年に数度、都内のカフェやレストランで会っている。
 おじいちゃんは叔父さんが嫌いだった。
 だから叔父さんはわたしの家――おじいちゃんの家には寄りつかない。
 叔父さんはそんな人だった。もめ事には首をつっこまないめんどくさがりや。でもそれってつまり、人とケンカしないってこと。ボーッとしてる感じだけど、それもいわゆる『社畜』だからだ。叔父さんの会社はブラック企業ってやつだった。
 休みは2週間に1回とかなのに、こうしてあたしのために使ってくれる。
 だから……叔父さんは『そんな人』なんだ。
 嫌いになる理由がみつからない人。

「じゃ、行くの? あの宇宙船に」
「あれが『バトルシップ』なら、そういうことになるのかもなあ」
「どう考えたってバトルシップだよ、あれがニューヨーク吹っ飛ばしたんでしょ?」
「……行くよ。いや、行くっていうか連れてかれるって感じだよな。……でも、しかたない。それに――ただ――」
 叔父さんはちょっとうつむいたままぼんやり笑った。
「連れてかれたら、もう会社行かなくてすむんだよなあ、なんて」
 あたしは言葉がみつからなかった。
 叔父さんはむしろ宇宙人のところに行きたいんだ。
 そんな人いるわけないと思ってたけど、そういう人もいるのかもしれない。もしかしてもしかしたら、宇宙人は、そういう人に『招待状』を送ってるのかも――。
「いやだよ。あたしいやだ」
うみちゃん」
「叔父さんがいなくなるのなんかやだよ! 叔父さんまでいなくなっちゃうの!? そんなのひどいよ!」
 口が勝手にこんなこと言ってる。
 ちがう。
 これがあたしの本音なんだ。

 ひどい。
 ひどい。
 なんてひどい世の中。
 いいことなんかひとっつもない世界。

 おじいちゃんとおばあちゃんはやさしいけど。
 でも年寄りだから、あたしより先に死んじゃうんだ。

 ひどい。
 ひどい。

 叔父さんがいなくなって、おじいちゃんとおばあちゃんがいなくなったら。

 あたしはひとりぼっち。

「……ごめん。もうちょっと考えて……言うべきだった」
 叔父さんがどんな顔して謝ってきたのかわからない。
 あたしはオシャレなカフェのすみっこの席で、わあわあ泣いてた。
 他にお客さんほとんどいなかったけど、たぶん店員さんとかみんな見てる。
 叔父さんもこまった顔で見てると思う。
「海ちゃん。その……泣かないで。いや……無理か。……うーん……」
 叔父さんはいつもそう。こまったら「うーん」って言って黙りこむ。
 それで、しばらく黙ったかと思ったら――
「宇宙船行ったら……手紙……書くから……」
 とんでもないこと言いだす。
 それがあたしの叔父さん。

『貴方は選ばれました。
 08:13:15:48後、貴方は日本地区担当のバトルシップ内に転送されます。
 ご心配には及びません。
 貴方を貴重なサンプルとして丁重に取り扱うことをお約束いたします』

 最初のケタは日数を表わしてるらしい。
 だから叔父さんが連れていかれるのは8日後。
 それからはろくに会話なんかできなくて、あたしたちは、カフェを出てからまっすぐ家に帰った。
 東京はずいぶん静かになってた。久しぶりに来た渋谷からは、ごっそり人がいなくなってる感じがした。
 アメリカに本社があるブランドとかのお店は閉まってるところが多かった。
 でも……。それでも、ビルには明かりがあったし、ドラッグストアもコンビニも普通にやってる。叔父さんみたいに、こんな状況でも普通に働いてる人がいっぱいいる。
 みんな、働くくらいなら宇宙人にさらわれたほうがいいって思ってるのかな。
 大人になったら、そんなふうに思うのかな。
 みんなぜったいに宇宙人に選ばれたくないにきまってるって、あたしはそう思ってたのに。

 おじいちゃんとおばあちゃんは毎日毎日テレビを見ている。新聞を読んでいる。
 円盤のことについて、少しでも情報がほしいみたいだった。
 おじいちゃんはちょっとイライラしてるし、おばあちゃんはちょっとしたことでめそめそするようになった。
 ごはんのときも口数が少ないし、いつだって顔色が悪かった。
 ふたりともいつもと様子がちがう。
 あたしもきっとそうなんだろうな。
 特に、叔父さんと会ってからは。
 ……あたしは、叔父さんのところに『青い手紙』が届いたことを、おじいちゃんとおばあちゃんには話さなかった。

 円盤は動かないまま、日本政府は何もしないまま、時間だけがいつもどおりに流れていった。
 叔父さんのカードのカウントダウンは、あと1日ってところになってるはずだった。
 あたしは叔父さんと会ってからあまり学校に行かなくなって、その日も、ずっとそわそわしながら自分の部屋に引きこもっていた。
 騒がしくなったのは、午後2時頃だった。
「なんだいきなり、なにをしにきた!?」
「おとうさん、そんな大きな声出さないで!」
「すみません、あの、海ちゃんに大事な用事が……」
「帰れ! 知っとるぞ、おまえ先週にも海に会ったろうが!」
 玄関先でおじいちゃんと叔父さんがもめてる。
 おばあちゃんはおろおろしてた。
 あたしは部屋を飛び出して、転がり落ちそうな勢いで階段を駆け下りた。
「おじいちゃん、なにケンカしてんの!?」
 おじいちゃんは、なるべくあたしの前では叔父さんとケンカしないようにしてた……と思う。悪口も、わたしがいないところで言ってた。あたしがたまたま聞いちゃったり見ちゃったりしただけで。
 今あたしがこうして怒鳴り込んだら、おじいちゃんはぎくっとした顔で振り向いた。
「叔父さん!」
「あ……あぁ、海ちゃん……その……もう明日だから……最後にと思って……」
「最後? 最後ってどういうこと?」
 こういうときはいつもおろおろしてるだけのおばあちゃんが、めずらしく口を出してきた。顔が真っ青だった。たぶんどういうことなのかもう想像がついたんだ。
「叔父さんのとこに『青い手紙』来たんだよ! 叔父さん明日連れてかれちゃうの!」
 あたしはすでに涙声になってた。
 おじいちゃんはもっとぎくっとしたみたいな顔になって、叔父さんの顔を見た。
 叔父さんは……。目を伏せてるけど、落ち着いてる。
 そしたらおばあちゃんが言った。
「そんな。嘘でしょう、あなたもなの?」

 …………え?

 おじいちゃんが、「バカッ」って短く言っておばあちゃんを睨んだ。
 おばあちゃんは口を押さえて後ずさった。
「『も』? 『も』って、どういうこと、おばあちゃん」
 その言い方は、自分のすぐ近くに、『青い手紙』を送りつけられた人がいて……。
 ふたりのやりとりは、それを今まで隠してたって感じで……。
 叔父さんは表情を変えずに、目線を上げた。
「そうですか。海ちゃんにもカードが来ていたんですね」

 嘘。
 うそ。
 うそだ。

 おばあちゃんがへたり込んで、わあわあ泣き出した。
 おじいちゃんは顔を真っ赤にして、うなりながら叔父さんを突き飛ばした。
 あたしはその場に固まってた。
 おじいちゃんは叔父さんを追い出そうとしたんだと思う。叔父さんの身体がよろめいて玄関の外に出た瞬間、ドアを閉めようとした。
 そしたら叔父さんががばっと動いた。今まで叔父さんがそんなにすばやく動くところ見たことなかった。叔父さんはドアのあいだに身体を入れた。がつんって大きな音。
「ごめんねえ。ごめんねえ、海。もう、ばあちゃんたち、どうすればいいのかわからなくて……」
 おばあちゃんがあたしの足にすがりついて、泣きながら言った。
 そんなの、べつに……悪いことじゃないよ。
 そう言いたかったけど、声が出なかった。
 あたしだって、おじいちゃんかおばあちゃん宛ての『青い手紙』を配達の人から受け取ったら――隠すかもしれないもの。
 隠したってたぶんどうにもならないのに。
 おじいちゃんとおばあちゃんはいったいどれくらい苦しみながら、青い手紙を隠し続けてきたんだろう。
 玄関ではおじいちゃんがわあわあ言ってる。
 あたしは膝をついて、おばあちゃんを揺すった。
「おばあちゃん。カード……どこにあるの?」
 おばあちゃんはわあわあ泣くばかりだった。
 あたしは居間に走って、ありとあらゆる引き出しを開けた。
 ……あった。
 通帳と実印の下に、あたし宛ての青い手紙があった。

『貴方は選ばれました。
 00:22:36:09後、貴方は日本地区担当のバトルシップ内に転送されます。
 ご心配には及びません。
 貴方を貴重なサンプルとして丁重に取り扱うことをお約束いたします』

 あと22時間。
 あと22時間で、あたしは。
 叔父さんといっしょに。
 あの円盤の中。

 そんなのいやだ。いやだ。いやだ。
 でも。
 ……叔父さんといっしょなら、ほんのちょっとだけ、安心かも……。

 悲鳴が上がった。
 おばあちゃんのだった。
 あたしは青いカードを持ったまま玄関に走った。足が勝手に動いてた。大きな音がしてる。
「出て行け! 出て行けえ! 海は渡さんぞ!」
「おとうさん、やめて!!」
 おじいちゃんが叔父さんを殴ってた。
 そんな見るの初めてだった。男の人が誰かを殴ったときの音を聞くのも。デチッていういやな音だった。誰なんだろう、アニメとかバラエティとかで誰かが殴られた音を、あんなバカっぽい「デュクシ」って音にした人は。ぜんぜんちがうじゃん。ぜんぜん。ほんとはすごくいやな音。
 わたしもおばあちゃんも悲鳴を上げた。
 叔父さんは顔をしかめてよろめいた。まともに鼻を殴られた感じに見えたけど、血は出てなかった。叔父さんはうめき声もなしに、無言でおじいちゃんを押しのけた。
 あたしに手を伸ばしてきて……腕をつかんだ。
「海ちゃん!」
 それ以上何も言われなかったけど、あたしは叔父さんのしたいことがわかった。
 いつものスニーカーをつっかけて、叔父さんに引っ張られるまま、玄関を飛び出す。
 あたしたちは家から逃げた。
 走って、走って、広い家庭菜園を横切って、家の前の野原まで。
 円盤が見える。東京都心のうえに浮かんでる円盤。あたしたちが連れて行かれる乗り物。
 あたしは何を思ったんだろう。自分でもわからない。
 叔父さんが足を止めて、あたしと同じように円盤を見つめた。
 叔父さんは何を思っていたんだろう――。
「ぶわらぁあッ!!」
 なに言ってんのかわかんない大声が聞こえてきた。
 おじいちゃんが走ってきていた。今まで見たことない、ものすごく怖い顔。ホラー映画の殺人鬼みたいな。
 いや殺人鬼とおんなじだった。
 だって手に草刈り鎌持ってんだもん。
 信じられない。
 ――そんなに叔父さん嫌いなの?
 そこまで嫌いになれる人じゃないはずなのに。
「だめだ! よせ!」
 叔父さんがおじいちゃんにそう叫んだ。
 でもあんな顔してあんなもの振りかざしたおじいちゃんが止まるわけなかった。
 叔父さんが――
 振り返って、叫んだ。
「‡[]**Γ!!」
 手をかざしてた。「待て」とか「やめろ」って感じで。
 日本語じゃない言葉を叫んで。
 円盤に向かって。

 光った。
 円盤の右端で、小さな小さな緑色っぽい光がチカッて一瞬。

 ビンッ。
 ヂュッ。

 細い細い光の線がビンッて飛んできて。
 あたしと叔父さんの横を通り過ぎて。
 おじいちゃんがヂュッて消えてなくなった。
 ヂュッて消えてなくなった。
 ヂュッて消えてなくなった。
 右の足首だけ残ってた。
 なにかが焦げたみたいな、すごくいやな匂いがした。
 けど、風がさらっていった。
 おじいちゃんの右の足首は、地面に立っていた。
 おじいちゃんを追いかけてきたおばあちゃんが、ぴたっと立ち止まる。立ち尽くす。
 何が起きたのかあたしにもぜんぜんわからない。だからおばあちゃんにだってわからない。
 ……ううん。
 ……わかる。
 円盤がおじいちゃんを撃った。
 すごいレーザーかなんかで。
 おじいちゃんは撃ち殺されたんだ。

「ど、どうして。なんで、おじいちゃん――」
「僕を守ろうとした。まあ……仕方がない。あんなもの持って追いかけてきたんだ……敵対分子と判断されてしかるべきだ。AIか手動かはわからないけど」
 叔父さんはいつもより疲れたような、がっかりしたような、そんな声で言った。
 あたしは叔父さんと手をつないだままだった。
 あたしが見上げたら、叔父さんはあたしを見下ろしてた。
「ごめん、海ちゃん。僕と海ちゃんのカードはダミーなんだ」
 叔父さんは話し始めた。


 なるべく、この惑星の基準で話そう。
 僕らはプロキシマ・ケンタウリ系の惑星バルコから来た。
 長いこと〈ダナモーヴ6000〉という物質を探してきた。
 僕らの惑星ではとても貴重なもので、完全に掘り尽くしてしまった。
 でも、僕らの文明はダナモーヴで成り立っているんだ。
 宝の山……宝の星は、案外近くにあった。
 そう、ここ地球だよ。
 地球ではね、ダナモーヴは……石英とか水晶って呼ばれてる。
 地球はね、石英でできてるって言ってもいいくらいの惑星なんだ。
 きみたちにとっての、「金やプラチナでできた星」みたいなもの。まさに夢の惑星なんだ。
 採掘をねらい、僕らは20年前から調査を始めた。
 165名の調査員が、1999年7月、アラスカ沖に降り立ち、それから世界中に散らばって、地球人の中に紛れ込んだんだ。
 僕と兄さんは日本地区を担当した。
 ……僕はずっと、和平の道があると報告してきた。
 でも他の調査員はそうは思わなかったみたいだ。
 容易に征服できるし、征服すべきだと判断された。
 ただ地球人には興味深いところもあるから、一部の個体は回収して調べてみることにした。
 それが『青い手紙』だよ。
 僕と兄さんはそれを利用して、海ちゃんをなるべく「自然に」回収するつもりだった。
 ……地球の調査は去年、すべて終了した。
 31基のオーマ型バトルシップによる制圧作戦。
 それがバルコ惑星連合の下した決定だ。
 地球はバルコのものになる。
 バルコから与えられる名前は〈ポイント77〉。
 77個めの植民星だ。


「…………」
 まって。
「大丈夫。最初にちょっと派手に脅かすだけだ。地球の生命体を無下に扱ったりはしない方針だよ。人類も、他の生物も、絶滅させるつもりはない。べつにそんなことしなくたってダナモーヴは採れるから」
「まって」

 つまり叔父さんは宇宙人だった。
 てことは。
 叔父さんのお兄さんは。
 あたしのお父さんは、

「そうだよ。海ちゃんは地球人とバルコ人のハイブリッドだ。僕らのDNAはとても柔軟で、たいていの有機生命体と交配――じゃなくて。ええと。要するに、バルコ人はいろんな生き物とのあいだに子供が作れるんだ。地球人とは特に相性がいいってことが……その……海ちゃんのおかげでわかった」
「……じゃあ、お父さんは……」
「さすがに……その、任務中に現地人と恋愛して子供まで作っちゃったのは問題で……任を解かれて本星に強制送還されたんだ。墜落事故で亡くなったように偽装した。それで海ちゃんのお母さんが心を病んでしまったのは……残念だけど、ほんとうのことなんだ。でも……」
 叔父さんはうっすら笑って、円盤を見た。
「兄さんは15年ずっと頑張って汚名返上して、もとの地位にもどってきた。あのバトルシップに乗ってるよ」
 お父さんが生きてて、すぐ近くにいる。
 たぶんここを見ている。
 あたしの手はべったり汗をかいていた。でも叔父さんは離そうとしない。
「船に乗れば、海ちゃんは貴重なサンプルとしていくつか検査を受けることになる。……でも、安心してほしい。手荒なことはぜったいにさせない」
 叔父さんは低い声であたしにささやいた。
「君は僕と兄さんが守る」
 見上げた叔父さんの目の色は、きれいなエメラルドグリーンだった。
 瞳の中で、たくさんの星くずが光ってるみたいだった。
 目だけじゃなくて、なんだか顔も少し変わってるような気がした。
 けど、あたしと手をつないでるのは、まちがいなくあたしの叔父さんだ。
 振り返ったら、おばあちゃんがへたり込んで、泣きながらあたしたちを見てた。お父さんや叔父さんのことを、知ってたんだろうか。
 だからおじいちゃんはあんなに叔父さんのことを……怖がってたんだろうか。
 今なら、なんとなくそう思う。
 嫌ってたんじゃなくて、怖くてしかたがなかったんだ。
 事実を知っていたとしても知らなかったとしても、叔父さんから「いきものとしての格の違い」を感じ取っていたんだ。
 あたしはそっと手を振った。
 ――さよなら、おばあちゃん。

「あ」
 叔父さんが急になにか思いついたみたいだった。
「僕が入社したことのあるブラック企業は消しとこう。あれは害悪でしかない」
 そう言った瞬間、
 円盤がビンッビンッビンッてレーザーを3発撃った。


 地球は征服されました。


〈了〉

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