見出し画像

また、走ってみないか?第二章③

「母さんが、そんなにマラソンが好きだとは思わなかったよ。あれから2時間以上、観ていたんじゃない?トップ選手が来る前から立っていたんでしょう?ってことは、6時間近く応援し続けてたってこと?スゲー。」

「父さんだって、今日の母さんのランナーへの応援っぷりには、驚いたよ。ずっと、お前が走っているから、応援しているんだと思っていたからなぁ。」

肉厚のアメリカンステーキを頬張りながら、うちの男性陣二人が言った。

「だって、私、元陸上部だもん。」

「え?」

親子だなぁ、二人同時に同じ反応。

「あら、言ってなかったっけ?私、中高陸上部。あ、でも高校では1年で辞めたけどね。」

ポカーンとした顔、それも造形似てる。若いバージョンと年寄りバージョン。ククク、笑える。

「ちょっと、母さん、何、笑ってんだよ。そんな重要な話、聞いてないよー。」
「なんで、それが重要なのよ。」
「何言ってんだよ、重要だよ。だって、才能というか遺伝って、重要なんだよ。長距離ランナーにとっては、太りやすい体質とかに生まれたら、もうアウトだし。」
「太っていたら長距離ランナーになれないってことないでしょ。今日、日本とは比べ物にならないレベルハイな肉付きランナーさん達がたくさん走っているのを観たわよ。」
「屁理屈はいいから。母さんの話を聞いているんだよ。」

息子との掛け合いはいつも楽しい。他人からは口喧嘩しているようにも見えるらしいけど。

「俺も知らなかった。ちょっとショックだな・・・。」

だが、大二郎のボソッと言った一言は、胸に突き刺さる。やば、この人、結構、繊細なんだよね。

「だって、あなたに会う前の話じゃない。それも私の子供時代の話なんて、興味ないでしょ。」
サバサバとした口調で、その場を乗り切ろうとしたが、二人のジトッとした目で見つめられ、さすがに罪悪感が湧いた。なんで、言っちゃんだろう。
NYCマラソンマジックか?

「ハイハイ、分かったわよ、分かったわよ。話しますよ。でも、面白い話じゃないからね。聞いて後悔しても知らないからね。その上、長いわよ。」

二人の”いいから、勿体づけずに話せよ”という痛い視線を受けながら、私は記憶を辿った。

「近所にね、桜ちゃんという同い年の子がいたの。幼稚園に入る前ぐらいにこっちに引っ越してきたんだと思う。だから、桜ちゃんと出会ったのは幼稚園で同じうさぎ組になった時。幼稚園の頃から、桜ちゃんは、目鼻立ちくっきり、手足もすらっとした美少女で目立っていたわ。性格もハキハキしていてね。一方、私は普通の田舎の園児よ。でも、近所ということもあって、一緒に遊ぶようになったの。今思えば、彼女は4月生まれで桜、私は翌年の2月生まれの椿。10ヶ月も成長の差があったから、桜ちゃんがお姉さん役をやってくれていたんだと思う。私はこの通り、昔から負けず嫌いな性格だから、なんでもすぐにできる桜ちゃんに負けじとくっついていっていた感じだったんだろうね。」

そう、子供時代の数ヶ月の差は、ものすごい大きい。だけど、4月生まれから翌年3月生まれを同じ学年として、教育を施す。遅生まれと早生まれには、ほぼ1年の差があると言うのに、子供自身は、その差に気づかず、早生まれの子は、単に自分は鈍臭いんだと思い込むこともあるだろう。それをそのまま受け入れるタイプもいれば、負けん気が強くなる子もいる。私は後者で、4月生まれのトップランナーの桜に憧れ、そして、必死で追いつこうとするタイプだった。

そんな私を桜はどう思っていたんだろう。
いつもニコニコして、桜の花びらみたいに軽やかで、バンビみたいにしなやかで、夢の中に出てくる少女みたいな彼女からみたら、頑張っても上手くできない鈍臭い子って思われていたのかな。

そのまま私たちは同じ幼稚園から同じ小学校へ進み、クラスは別々な時もあったけど、ずっと一番の友達だった。
「椿ちゃん」
「桜ちゃん」
と、お互い呼び合っていたのが、中学に入った頃から、「椿」「桜」と呼び捨に変わった。友情という言葉の意味を感じられる時期の変化だ。

幼稚園・小学校時代、運動会の徒競走では、常に、学年女子トップだった桜は、当然、陸上部に入部した。私は、幼稚園ではビリ2が精一杯だったけど、桜との日々の特訓(原っぱや川沿いの土手の駆けっこ)の成果で、小学校では学年が上がる毎に運動会での順位が上がり、6年生では、クラスのリレー選手に選ばれるまでになっていた。
本当は、単に、他の子に成長が追い付いてきただけかもしれないけど、あの頃の自分は、桜との練習、つまり、自分の努力の結果だと信じて疑わなかった。自分の中では、生まれつき才能のある桜、そして、努力でやるしかない自分という理解だった。

そして、努力だけでは桜には負けない。いつか、いつか、勝ちたい。
そんな気持ちがどこかにあったのかもしれない。私も陸上部入部を決めた。
桜も私も陸上競技の花形100メートル、200メートル走競技を目指した。
だけど、当然、私は顧問の先生から、「司馬は、400とか800の方にしろ。中体連に出たいならな。」と言われた。
悔しかったけど、私より速い子が多いから、仕方ないと思いつつ、なんか納得がいかず、桜に愚痴った。

「そっか、そんなこと言われたんだ。じゃぁ、私も、椿と同じ400にしようかな。そしたら、一緒に練習出来るもんね。」

桜がどうしてそんなことを言ったのか、今なら分かる。
聡明な彼女は、中学に入り、陸上部で走る先輩達の走りを見て分かったのだ。自分は、あそこまでの瞬発力がない、100メートル走では勝てない、と。

だけど、その頃の私は、桜が、私のことを考えて、一緒に同じ競技をやろうと言ってくれているんだと思った。人気のない中距離走を、私一人だけやらせるのは可哀想。でも、二人でやったら楽しいんじゃない?そして、二人で中体連、出ようよ、と。

その読みはそれぞれ当たり、桜は、中学2年、3年と続けて400メートルで、地区大会1位、県大会2位。インターハイまで行った。私は、結局、800メートルの枠で中体連に出場出来た。結果は、地区3位、ギリギリ県大会に進めたが、予選敗退。
才能の差というものを思い知らされる結果となった。

「ねぇ、桜、高校でも陸上やるんでしょ?」
同じ高校に入学が決まり、二人で、新しい制服を作りに行った帰り道、私は聞いた。自分は迷っていたから。

「椿はやらないの?」
不思議そうに聞いてきた。

「だって、最後の中体連まで、私、自分のできる努力はやったけど、結果はああだったじゃん。桜と違って、私、陸上の才能ないと思うんだよね。」

「才能がないと走っちゃダメなの?」

いきなり予想外の質問に、私は戸惑い、言葉を失ってしまった。

「私は、走るのが好き。大好き。だから、走り続けたいの。」

桜は、少し顎を上げ、遠くを見つめるような視線を前を向いながら、軽やかに言い放った。

その時、負けた、と思った。
私の前にはいつも桜がいた。その桜に追いつき、追い越したくて、私は走っていた。私の走りは不純だ。
急に恥ずかしくなり、俯いてしまった。トボトボとした足取りになる私に歩調を合わせ、桜は言葉を続けた。

「私、椿の走り、好きだよ。いつも一生懸命でしょ。幼稚園の頃からさ、ずっと変わらない。普通は、あんなにビリとかビリ2とか続くと、心折れちゃって、走りたくなくなると思うの。だから、遅い子達って、元々遅いのに、ますますやる気なく、かったるい走りで、自分の劣等感を見ないようにする走りをするようになるでしょ。でも、椿は違う。ずっと、一生懸命、前だけ向いて走る。かっこいいよ。」

桜の言葉に胸がジーンとしてくる。同時に、いやいや、違うんです。私は、あなたをいつか負かしたいというドス黒い野望があって、走り続けてきたんです、という申し訳ない気持ちも胸に迫る。
相反する気持ちが同時に起こると変な顔つきなるのだろう。
桜が、黙っている私の顔をチラッと見て、笑い出した。

「何、その顔。褒めてんのか、貶してんのか、どっちかにしろって顔してるよ。」

「ほんとだよ。フツーだったら、心折れてるって、つまり、私は鈍感ってこと。失礼しちゃうわ。」

私は分かりやすい程、怒ったフリをして、桜と笑い合った。
そして、子供の頃から続く、追いかけっこをしながら、それぞれの家に帰った。

私は、高校入学後、桜と一緒に陸上部に入部した。
気がつくと、私は桜より身長が高くなっていた。

(続く)







いいなと思ったら応援しよう!