うちには、猫がいた。
うちには、猫がいた。
名前は、リリィさんといった。
耳の先から、肉球まで真っ黒な猫だった。
臆病で、内気な箱入り娘だった。
うちに来てから、もう、13年以上になっていた。
その猫は、姉妹たちの中で1番、貰い手がなさそうな猫だった。
引っ込み思案で、よろよろしていた。
私は、その子は、私が貰わなければならないと思った。
他の子たちは、きっとすぐに貰い手がみつかるだろうが、この子は、私が貰わなければ誰からも欲しがられない予感がしたのだ。
私は、この黒猫に『山田 リリィ』と名前をつけた。
すぐに、名字は変り、我が家の養女になった。
みなが、口を揃えて、名字が違うのはかわいそうだと言うものだから。
この黒猫は、1つだけ悪い癖があった。
布団と見るとオシッコをかけずにはいられないという、呪われたような癖だった。
しようとしているところをとん、と押して転がしてやったら、この黒猫は、くるくる転がりながらオシッコをし続けた。
まるで、水芸のように。
仕方なく、もっと大きな、猫部屋のある家に引っ越した。
すると、この黒猫の水芸は、落ち着いた。
この黒猫は。
物言わぬ証言者は、私たちの日々をただ、黙って静かに許容してくれていた猫は。
今は、もう、いないのだ。
もう、1年も前に病で旅立った猫は。
今も、この家に居続けている。
おそらく、この家には、まだ、あの猫が残っているのだろう。
この黒猫の細胞が。
小さな、小さな、その一片が。
まだ、この家に居続けている。
だから、私たちは、今もまだ、時時、この黒猫の名前を呼んでしまうのだろう。
この猫は、残念ながら私の猫ではありません。
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