メイドカフェ、ワールドコン出店記
YouTubeで開いた日本への窓
今から12年前の2007年、アメリカのSF大会ワールドコンが日本SF大会と合同でNIPPON2007として開催されました。
おりしもその二年前の2005年にYouTubeがサービスを開始し、日本旅行した動画や日本のアニメに自分の好きな音楽を載せたAMV(Anime Music Video)が次々と投稿されていました。AMVはこれまではアニメファンたちがビデオテープを仲間内で配布していたもので、YouTubeがサービス開始したことでそれまでに溜まっていたAMVを一気に投稿したのです。これらを観察していると、どうやら海外で日本ブームが起きており、YouTubeが日本への窓として機能し始めているのだと感じました。
この現象に気付いたのは私ばかりではなく、でんぱ組などを輩出した秋葉原Dear Stageのもふくちゃんこと福嶋 麻衣子社長もその一人でした。彼女はインタビューで、YouTubeのサービス開始によりコンテンツ勝負で「日本が勝った」と語っています。
このような時期にワールドコンが日本で開催されるということで、実際に日本にやってくるSFファンに会ってみたい、話を聞いてみたいと参加を決めました。ただ、参加するだけでは面白くないので秋葉原で生まれたメイドカフェをワールドコンに出店してみようと動き始めました。
準備と設営
ワールドコンNIPPON2007の準備会合は8月の開催まで月一回行われ、私も半年ほど前からメイドカフェ出店の可能性を探り始めました。会場はパシフィコ横浜で、展示ホールAが企業などの展示ホールとなります。秋葉原のMaid Station Cafe(メイステ)というメイドカフェに出店を打診、私が個人的にスポンサーとなり、出店に関する準備を整えてオペレーションをメイステに託しました。下の写真が展示ホール入り口に設営中のカフェ。
仮設カフェとはいえ営業許可や仮設キッチンの準備、また学園祭などでよくある長机にパイプ椅子的なチープな客席は絶対に避けたかったので、レンタル会社にカフェらしいテーブルと椅子を調達してもらいました。
入り口の反対側にはコミックマーケットが展示を行い、ホールへの入場客を左右に陣取ったオタクブースが出迎える格好となりました。
レジもC#で製作し、バーコードをスキャンするだけで金額などを計算、レシートプリンターでを印刷するように準備しました。
開会
ホール内では「宇宙の戦士」のカバーイラストを描かれた加藤直之氏のライブペイントなども催され、飲み物の出前なども行いました。
メイステは期間中も秋葉原の店も営業しており、この時期は秋葉原全体が観光客であふれており仮設店舗との同時営業のため店長が行き来していました。Maid Station Cafeがあったビルはじゃんがらラーメンの向かい側、Dear Stageのすぐ近所にありましたが昨年取り壊しになりました。Dear Stageと掛け持ちしていたメイドも居て、のちにでんぱ組のメンバーとなる跡部みぅさんもその一人でした。このころのメイドはほぼコスプレイヤーで占められており、コミケなどのイベント時には人のやりくりに苦心していたようです。そんな状況だったので、秋葉原の店舗とワールドコン仮設店舗での営業は大変だったと思います。
営業中の出来事
喫茶営業の許可に際しては手洗いなどの水回りの設置が必要のため、展示ホールに水回りの工事を行い、この工事代金の穴埋めとして展示ホールのあるブースと喫茶サービスの提供を行いました。開会直後には社会見学で教師に引率された学生の一団がやってきましたが、おそらく彼ら彼女らにとって初めてのメイドカフェ体験だったと思います。
メイステは「メイドのいる定食屋」として生まれ、食事にも定評がありました。仮設カフェでも秋葉原の店舗と同じ食事を提供したため、ホール内の出展者、特に向かい側のコミックマーケット関係者の食堂として機能し、ベルさん(故米澤代表の夫人)も食事をとられていました。
ワールドコン
今回は日本SF大会とワールドコンの合同開催のため、海外からもSFファンが大勢やってきました。準備会合では「全員オタクにして返す」というのがみんなの目標でしたが、わざわざ日本までやってくる人たちなので、すでに相当濃いオタクばかりでした。ちょうど新劇場版エヴァンゲリオン:破の封切りが会期に重なったため、見に行った方もいたようです。数人の方とじっくり話しましたが、彼らにとっては「本場のオタクと日本語で話す」ことがワールドコンに参加する目的の一つだったそうで、日本語と英語のごちゃまぜでオタク話をしました、これが私が訪日オタクと付き合うきっかけとなりました。
ワールドコンにはゲストとしてSF作家も多く参加しており、テッド・チャンもカフェを訪れた(当時は顔を知らなかったので人づてに聞いて)そうです。スタートレックのジョージ・タケイさんや銀河英雄伝説の田中芳樹さんにもカフェ宛の色紙を描いていただきました。加藤直之さんのライブペイントに出前をした際に、出前したメイドを色紙に描いていただきました。
実績
2007年8月30日から9月3日までの5日間という日本SF大会としては最長期間の会期で、カフェの来客は約550名でした。出店にかかった費用は4人家族の数か月分の生活費に相当、元々赤字を覚悟していたのでリスクは私個人が負うことにしていましたが、半年間の準備を十分楽しめましたので、十分元は取れたと思っています。そして、国際コンベンションで本物のメイドカフェを出店したのはこれが最初で、現時点ではこれが最後であり、日本で唯一=世界で唯一の国際コンベンションのメイドカフェのオーナーとなったのです。
その後
翌年の2008年に秋葉原で連続殺傷事件が発生し、それまで日本中からやってきていた観光客が激減し、これらのあおりでいくつかのメイドカフェが閉店に追いやられ、Maid Station Cafeもそのひとつでした。
そして12年後の現在、当時はまだ10店舗程度だった秋葉原のメイドカフェは100店舗を超えており、海外からやってきた訪日観光客でにぎわっています。秋葉原に行くと、訪日観光客が記念撮影やレトロゲームショップや漫画書店などに入っていくのを目にします。
私もねとらぼの寄稿記者としてコミケをはじめとする訪日オタクの取材を行ってきましたが、2020年のオリンピックまでさらに訪日オタクがやってくるのを楽しみにしています。