本の企画の、はじめの一歩
本の企画を考えるということは、人々は本に何を求めているのかを考えることでもある。これだけ多くのメディアやSNS、娯楽があるなかで、わざわざお金を出して「本を買う」のは一体なんのためだろう。
「そんなのは人それぞれ」という声も聞こえてきそうで、確かに、人は素敵な物語に触れたいし、情報を知りたいし、やり方を覚えたいし、教養を身に付けたいし、その目的な様々だ。
人々が本を買う理由なんて「一概には言えない」「ひとことでは言い表せない」、そんな言い訳めいた感情が浮かんでいたある日、目を覚まさせてくれたのは社長の植木だった。
稲盛和夫さんの言葉
今後の会社の展開について二人で話しあっているとき、植木がふとこう言った。
「稲盛さんが、”成功もまた試練なり”と言っていて、会社がうまくいっているときほど、その言葉を思い出すようにしていたんだ」
”稲盛さん”というのは京セラの名誉会長、故・稲盛和夫先生のことだ。僕の会社は稲盛先生の代表作『生き方』を発行している。
植木はよく「この言葉を知っていると知らないとでは、俺の人生は大きく変わったはずだ」という言い方をする。稲盛先生の「成功もまた試練である」という言葉は植木の心の中に住みつき、うまくいっているときほどそれを試練と考え、決して奢らず、過信せず、精進を続けるエネルギーになったはずだ。
こういうことは僕にもある。仕事人生において、これまで何度か本当に苦しいと感じる局面があった。この仕事は「自分には荷が重すぎる」「犠牲にするものが大きすぎる」と感じて挫けそうになった。でも、そんなときは決まってある漫画家さんの言葉を思い出してきた。
「手に負えないことをやる」
スラムダンクの作者、井上雄彦さんの言葉だ。この言葉は、井上さんの創作活動における信念を表している。
仕事で成長したければ、自分が手に負えないことに挑戦するしかない。だから、やるんだ・・・と自らを鼓舞するために、この言葉をことあるごとに思い出してきた。もしも、この言葉を知らなかったら挫けていたかもしれない。
言葉は、自分を支える杖のように
そこで、ハッとした。人は本に何を求めているのか。それは、
「自分の支えになる言葉を見つけるため」
ではないだろうか。社長の植木は、稲盛和夫先生の「成功もまた試練なり」という言葉を胸に抱くことで、この20年間自らを律しながら経営者として立ち続けた。詩人・坂村真民さんの「めぐりあいの不思議に手をあわせる」という言葉を胸に、人への感謝を忘れなかった。
ぼくは井上雄彦さんの「手に負えないことをやる」という言葉で自分を鼓舞し、岡本太郎さんの「危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ」という言葉を頼りに前に進んできた。
言葉は、自分を支える杖のようなものだ。挫けそうになったり、諦めそうになったり、絶望したり、孤独で寂しかったり。人間は弱い。そんなときに自分を支えてくれるのは、誰かの「言葉」だ。
本は、「言葉」と「読者」の出会いの場。だから、企画のはじめの一歩は、その本でたったひと言「何を伝えるか」を決めることなのだと思う。今、ぼくが編集している吉本興業会長の大﨑さんの『居場所。』のメッセージもたったひとつ、
「居場所は心の中にある」
ということだ。これさえ決まれば、企画内容も、構成も、世界観も、宣伝方法も、すべての方向性が見えてくるように思う。読者は、自分を支えてくれる言葉との出会いを求めてる。誰の、どの言葉を、どうやって届けるかを追究することが、出版人が挑むべき仕事なのかもしれない。