見出し画像

種苗法の改正に反対するだけでは固定種や在来種は守れませんよ

皆さんの中に、種苗法改正に関して『種苗法が改正されると、あらゆる植物の種子が多国籍バイオ企業に独占されてしまう!日本の農業が外資に牛耳られてしまう!』というような持論をお持ちの方はいませんか?

残念ながら、それは全くの間違いです。とんだ見当外れなので直ちに忘れて下さい。

その理由は以下の2つで説明できます。
①ランチェスター戦略(簡単に言えば「強者は弱者の成功をパクリ、弱者は強者にパクられないように差別化する」という内容)
②マイナーな在来作物や個性的な品種の種子の生産や供給は、ローカルな種苗会社や零細農家が担っている。

ランチェスター戦略とは
ランチェスター戦略を簡単に説明すると「強者は弱者の成功をパクリ、弱者は強者にパクられないように差別化する」という内容です。

大企業は「資金力・技術力・販売網・社会的な信用」などの多くの面で弱者を上回っていますが、これらは全て【パクる力】と言い換えることができます。つまり大きな企業ほどライバル企業の商品をパクるのが得意なのです。反対に資金力・技術力のない弱者(中小企業や個人)は、大企業の商品をパクっても”劣化版コピー”にしかなりませんし、価格競争(薄利多売)を挑んでも勝ち目が無いとされています。

したがって弱者としては『大企業が見向きもしない小さな市場に向けて、差別化した商品を販売し、何年もかけて少しずつ利益を上げる』という戦い方を選択せざるを得ないのです。

例えばテレビ局と”無名の映画監督”が映画やドラマを製作する場面を想像してください。テレビ局は資金力・技術力・全国ネットの放送網などを『持つ側』です。資金調達や一流の人材の確保も容易であり、高品質なコンテンツを量産できる体制が整っています。しかもコンテンツを全国の放送網に乗せて一斉に販売することで短期間で収益化もできます。つまり著作権が保護されていなくても利益を確定しやすいのです。

それに対して無名監督は『持たざる側』です。社会的な信用もありませんから、作品をテレビ局に持ち込んでも門前払いされることでしょう。したがって無名監督はYouTubeなどで作品を無料公開することで知名度を上げて、その後にテレビ局に売り込んだり、第三者に著作権を販売するなどして、長期計画で収益化するしか方法がありません。

しかし、この時に著作権で保護されていなければ、テレビ局が無名監督の作品をパクって高品質な作品にリメイクして販売することが合法ということになります。

強者はパクるのが得意で、弱者はパクるのが下手でしたよね。このように著作権が存在しない世界では、テレビ局が利益を独占して、無名監督のもとにはYouTubeからのわずかな報酬しか振り込まれない状況になってしまうのです。

つまり著作権とは、強者が弱者を搾取する状態にブレーキをかける為のものなのです。

では次に、テレビ局と無名監督の話しを種苗法に当てはめたらどうなるでしょうか。ランチェスター戦略的には『大企業は弱者の開発した新品種をパクリ、高品質で低価格な種苗を大量生産して、薄利多売で利益をひねり出す』という戦術にでてくることになります。コピー商品が氾濫して価格破壊が起きたとしても、大量生産・大量販売で短期間で利益を確保できるのですから、その後は撤退するだけで十分といえます。

その一方で弱者である個人農家やローカルな種苗会社などは、大企業にパクられないように『マイナーな在来品種を発掘したり、個性的な新品種を開発するなどして差別化する』という戦術を取ることになります。実際に、マイナーな在来品種や個性的な新品種(例えば信州山峡採種場の”いいずな青”という品種)の生産や販売を担っているのは、このようなローカルな種苗会社や個人農家たちです。

大量生産・大量販売が苦手な小規模な事業者は、短期間に利益を確保して模倣品が氾濫しはじめたら撤退するという大企業と同じ戦術が取れないのですから、種苗法によって長期間の権利保護をしてやらないと開発費用の回収すら困難な立場と言えます。

つまり農業の世界においても「強者が弱者をタコ殴りにする状況を放置すれば、弱者の方が先に淘汰される」という状況は同じなのです。そして、在来品種の生産や個性的な新品種の開発を担っている弱者が淘汰されることは、彼らが生産を担っていた在来品種の入手が一層に困難になることを意味するのです。

「F1品種だから種苗登録(権利を登録)する必要は無い」は間違い
反対派の中から「F1品種は種子で増やすことができない一代限りの品種だから種苗登録の対象品目にする必要はない」だとか「F1品種が主流のトマト・トウモロコシ・大根などは自家採種禁止の対象品目から外すべきだ」という主張も聞かれますが、これも間違いです。

例えばトマトの種を1粒50円で購入したとします。そこから育ったトマトの木から、枝を切り取って土に挿すと、根が再生して苗ができます。その苗を育てて枝を切り取り、新たな苗を作る。という操作を繰り返せば、簡単にコピー苗が増やせてしまうのです。

さらに近年ではバイオテクノロジーに使う機材が小型・低価格化したことで、一般家庭でも基礎的な組織培養程度なら可能となっています。挿し木による繫殖が困難とされる植物(例えばパンジーなど)ですら一般家庭の押し入れで簡単にコピーを作れてしまうのです。

さらに人工種子の研究も進んでいます。この技術を利用すれば「F1品種のトウモロコシを組織培養し、増殖したトウモロコシの芽を栄養剤入りの樹脂(人工イクラのような物)でコーティングしたものを種子の代用品にする」ということも可能です。 当然ながら人工種子の開発や組織培養による大量コピーは、資本力・技術力のある大企業ほど得意な分野です。

したがってF1品種も含めて、あらゆる植物を品種登録の対象として権利をガードしなければ、日本の財産を守れない状況となっているのです。

自家採種の権利が奪われるのではないか?
改正反対派の中には「在来種の自家採種ができなくなってしまうのではないか?」と心配している方が大勢います。しかし、そもそも論として自家採種禁止の対象は登録品種(新品種)だけであり、一般品種(期限切れの古い固定品種や、在来品種など)は全て自家採種が可能なんです。種苗法やそれを解説した文章を一度でも読めば『一般品種は自由に自家採種してよい』と書かれていると中学生でも理解できるはずです。

したがって、
・在来品種の自家採種ができなくなる!!
・(一般品種の)自家採種を行うと逮捕されてしまう!!
・農家が自家採種する権利が奪われる!!
・多国籍バイオ企業に日本の農業が売り渡されようとしている!!

などと不安を煽っている人たちの多くは中学生程度の読解力すら無い人たちであり、彼らの主張は都市伝説あるいは荒唐無稽な陰謀論として無視してよいと言い切れるのです。

商標登録について
「新品種の権利は商標登録で十分に守ることができるのだから、種苗法で自家採種を規制する必要はない」という反対派の主張もありますが、その考えにも問題があります。

まず第一に育成者権(新品種の権利)は最大で30年までですが、商標登録は無期限で権利を延長できます。つまり期限切れになった品種の名称を、特定の企業が無期限に独占できてしまうのです。

実際の事例としては『宿儺かぼちゃ(別名、飛騨南瓜)』は在来品種であり一般品種(自家採種が自由な品種)ですが、一部の組織によって名称が独占されている状況です。この状況は種苗法改正に反対する人たちの「種子は公共の財産であり、特定の企業や組織によって独占されるべきではない」という主張と矛盾していますよね。

そしてもう一つ問題なのが、種苗法改正の目的である「新品種開発者の利益を守る」という部分が、名称を保護しただけでは十分に保護されないという点です。品種名や商標名の利用を規制したところで、泥棒農家の畑で苗が無断増殖されたのでは新品種の開発者のもとにお金が落ちないですよね。

例えばある農家がトマトの新品種を開発して『金太郎』という商標を登録したとします。次に別の農家が、その苗を入手して無断増殖し、その無断増殖した苗から得られた苗や実に『浦島太郎』という別の名前(独自の商標名)を付けて販売したとします。これでは新品種の開発者の利益が守られているとは言い難いですよね。しかも1つの品種が複数の名前で流通したら消費者が混乱しますよね。だからこそ名前の保護ではなく、無断増殖そのものを規制する法律が必要なのです。

では固定種や在来種を守るためにはどうすればいいのか?
答えは簡単です。種苗法をさっさと改正して、新品種の開発者に利益が回るようにすればよいのです。

弱者である個人農家やローカルな種苗会社などは『マイナーな在来品種を発掘したり、個性的な新品種を開発するなどして大企業と差別化する』という戦術をとっています。在来品種の生産や販売を永続的に続けるためには、彼らを応援する必要があり、種苗法の改正とは彼らを応援する為のものなのです。

さらに新品種(固定種、F1品種)の開発には、その素材として別の品種(古い固定種、在来品種、他社が開発したF1品種など)が必要です。したがって、種苗会社は新品種の開発に必要な素材として、世界中から貴重な固定品種や在来品種を集めています。つまり種苗法改正で新品種開発の意欲を高めることで、貴重な在来品種を保存する意欲が高まるとも解釈できます。

さらに、例えば下の図のように、病気に強い品種Aと病気に弱い在来品種を交配することで、病気に強い遺伝子(図中の黄色い丸印)をもった新品種Cを作ることができます。この場合、黄色で示した遺伝子を持っていること以外は、ほとんど元の在来品種と同じといえます。

種苗法改正、自家採種禁止の衝撃‼︎ 有機栽培農家への影響は⁉︎.doc(印刷プレビュー) - WPS Writer - 互換モード 2020_08_15 8_35_09 (2)

このように、病気に弱いなどの理由で栽培が減ってしまった在来品種であっても、品種改良により欠点を克服することができれば、その品種(遺伝子)を未来へ伝えることができます。したがって「新品種の権利を保護し、その対価として使用料を支払う」という行為は、在来品種を用いた新品種の開発という形で、在来品種の保護に貢献することにもなるのです。

『在来品種をもとに新品種が開発されたら、新品種だけではなく元の在来品種も自家採種禁止になるのでは?』と心配される方も多いのですが、その心配は全く必要ありません。

例えば著作権切れの”吾輩は猫である”という小説をもとに、”吾輩はイヌである”という新作を発表したとします。この”吾輩はイヌである”の作者が『”吾輩は猫である”も私の著作物だ!読みたければ金を払え!』なんて主張したら、それが認められると思いますか?

当たり前ですが認められないですよね。なぜなら著作権は時間を遡って適用されないからです。種苗法も同じです。新品種の権利は時間を遡って古い品種まで適用されないのです。先ほどの図で言えば、新品種Cの権利を誰かが取得したとしても、それによって元の在来品種(例えばトマトの在来品種であるポンテローザなど)の自家採種の権利は全く影響されないということです。

種苗法の改正に反対しても、日本の農業が守れ無い理由のまとめ
◆種苗法とは、パクリ行為にブレーキをかけるための法律。

◆種苗法が改正されると「あらゆる植物の種子が多国籍バイオ企業に独占されてしまう!日本の農業が外資に牛耳られてしまう!」という主張は全くの間違い。

なぜなら、ランチェスター戦略的に言えば、『弱者は大企業にパクられないようにマイナーな在来品種を発掘したり、個性的な新品種を開発するなどして差別化する』という戦略を取る必要がり、実際にマイナーな在来品種の生産や販売を担っているのはローカルな種苗会社や個人農家たちである。

彼らは「短期間に利益を確保して模倣品が氾濫しはじめたら撤退する」という大企業と同じ戦術が取れないので、種苗法によって長期間の権利保護がなされないと開発費用の回収すら困難になる。したがって、種苗法改正を遅らせたり権利の縮小なんてことをすれば、ローカルな種苗会社や個人農家が真っ先に淘汰されてしまう。

その結果として、彼らが生産していたマイナーな在来品種や個性的な新品種の入手が困難になる。したがって、マイナーな在来品種や個性的な新品種を安定的に入手できる状態を維持するには、種苗法によってローカルな種苗会社や個人農家たちの権利を守り応援する必要がある。

◆「F1品種だから種苗登録(権利を登録)する必要は無い」という主張も間違い。近年ではバイテク技術の進歩に伴い、一般家庭でも簡単な組織培養が可能となった。つまりF1品種ですら低コストでのコピーが可能な状況となりつつあり、F1品種も含めてあらゆる植物を品種登録の対象として権利をガードしなければならない。なぜなら大量コピーは、資本力・技術力のある大企業ほど得意な分野であるから。

◆ 商標登録では権利を守れない。名前の保護ではなく「無断増殖そのもの」を禁じる法律が必要。とくに問題なのが、育成者権(新品種の権利)は最長で30年だが、商標登録は無期限に延長可能であり、特定の企業や組織が永続的に独占できてしまう。しかも1つの品種に対して複数の商品名が付けられて流通することで消費者の混乱を招く恐れがある。

#種苗法 #種苗法改正 #種子法 #育成者権 #自家採種 #固定品種 #固定種 #在来品種 #在来種 #自家採種禁止 #F1品種

ここから先は

0字

¥ 1,000

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?