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【「その先の」妄想文】映画『ラストマイル』~残された男はどこへ向かうのか~

これは、小説、漫画、音楽、映画など、鑑賞したさまざまな作品の「その先」を勝手気ままに妄想する文章です。
作品のあらすじ紹介、頭を使った考察、作品そのものに対する感想、ありません。ネタバレ、あります。
大事なことなのでもう一度言います。ネタバレ、あります。
おそらく同じように鑑賞済みの人にしか分からないでしょうし、もしかすると鑑賞済みの人にも分からないかもしれません。
最後まで読んだところで薬にも毒にもなりません。悪しからず。

***

映画『ラストマイル』を観た。


ミステリー、ヒューマンドラマ、『アンナチュラル』『MIU404』のスピンオフ、どの角度から観ても完成度の高い、素晴らしい作品だった。
何より、プロレタリア文学っぽさというか、社会派的な要素が根底にがっつり敷かれていたのがよかった。
わたしの現時点での人生ベスト小説は伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』という作品なのだが、ジャンル問わず、ああいう社会問題を上質なエンタメで包んだような作品がわたしは大好物なのである。

事件は終結した(解決、とは言わない)。
宅配業者の賃金はわずかながら上がり、エレナは退職し、娘たちは母に誕生日プレゼントを渡すことができた。
そして、梨本孔は、DAILY FAST西武蔵野ロジスティクスセンターのセンター長を受け継いだ。

本編のラスト、すべてが始まり、そして終わった場所にひとり残された梨本孔の表情は、決して明るくない。苦悩に満ちている、と言ってもいいくらいだ。
人が死に、日本中を巻き込む大事件が起こり、そしてまた人が死に、それでもなお、その世界的企業の大工場のベルトコンベヤーは止まらない。まるで、何度殺しても死なないゾンビのように。
そんな「ゾンビ」を司る長となってしまった梨本孔は、その胸の内で何を思っていたのか。
彼はこの先、どこへ向かうのか。

DAILY FAST社という怪物に飲み込まれた山崎祐は、自ら飛び降りることを選んだ。
舟渡エレナは、不眠症になった末、怪物から逃れる決断をした(表向きは「クビ」だが、あれは彼女自身の決断と言っていいだろう)。
五十嵐道元は、苦悩を抱えながらも、これまでどおり怪物に従う道を進んでいく。

梨本孔はどうだろう。
作中に出てくる彼についての情報の中で、特筆すべきものは大きく2つあるように思う。
1つは、DALY FAST社に入社する以前、彼は「伝統的な日本企業の悪いところを煮詰めたような会社」にいたということ。
もう1つは、「何事においても意思のない、欲のない」人間であるということである。
彼は「伝統的な日本企業の悪いところを煮詰めたような会社」を離れ、DAILY FAST社にやってきた。そしてそこでは。「何事においても意思のない、欲のない人間である」として働いている。
この事実から、どんなことが想像できるだろうか。

彼の言う「伝統的な日本企業の悪いところを煮詰めたような会社」というのは、端的にブラック企業と呼んで差し支えないだろう。
そして、過労自殺(山崎は辛うじて死んではいないので、未遂ではあるが)や不眠になるまで社員を働かせ、追い込むのも紛うことなきブラック企業である。
エレナや五十嵐、山崎たちがDAILY FAST社で経験したブラックな働き方を、梨本孔は前職ですでに経験していた。
つまり何が言いたいかというと、DAILY FAST社という怪物に出会う前に、梨本孔は別の怪物のもとにいた、ということである。
だからこそ、梨本孔はDAILY FAST社に来て以来、何かを望み、それを手に入れるべく努力したり意欲的に働いたりすることをやめた。
飛び降りるでも、逃れるでも、従うでもなく、「うまく付き合う」。
それが、梨本孔の答えだったのだ。
そのために、梨本孔はDAILY FAST社において、「何事においても意思のない、欲のない」人物として周囲に認知されることとなった。

だが本来、梨本孔は「何事においても意思のない、欲のない」人物ではなかったのではないか。
そう思わされるのは、梨本孔が声を荒げてエレナを糾弾するシーンだ。
前職での経歴を駆使して山崎祐の社員データを削除したのがエレナであることを突き止め、彼女に「自首してください」と迫る。
梨本孔が己の感情を露にするほとんど唯一といってもいいシーンだが、ここから、本来の彼が悪を憎み正義を重んじる人物であることが窺える。
そんな彼でありながら、自らが山崎祐のように「肉体的な死」を選んでしまわないために、本心を覆い隠すという「精神的な死」を選んだのだ。

だが、エレナが去り、センター長という立場を与えられた今、話はそれほど単純なものではなくなった。
これまで通り、本心を覆い隠し、「何事においても意思のない、欲のない」な人物として振る舞い、DAILY FAST社という怪物と「うまく付き合う」。
センター長となった梨本孔がそういう道を行くならば、彼の下につく者たちはいずれDAILY FAST社という怪物に飲み込まれてしまうだろう。山崎祐のように。
一方、彼が本来持ち合わせている正義感を存分に発揮し、かつての上司・エレナのように、労働環境改善を求めてDAILY FAST社と徹底的に戦うのもまた、茨の道である。
人が死んでもなお止まらなかったベルトコンベヤーという「ゾンビ」を真正面から戦って止めるのは至難の業だ、ということは、想像に難くないからである。
その戦いの過程で、梨本孔はずいぶんとメンタルを削られるだろう。
削られて削られて、それでも望む結果を得られず、最終的に自らがDAILY FAST社という怪物に飲み込まれる。そういうシナリオだって当然ありうる。
怪物に飲み込まれるのは自分の部下たちか、それとも自分自身か。
そういう救いのない、勝ち目のない戦いの渦中に、梨本孔は放り込まれてしまった。
彼の不穏な表情は、それを悟っているからこそのものだと、わたしは思った。
さて、エンドロールのあと、彼はいったいどこに向けてその一歩を踏み出すのだろうか。

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