「アサヒビール東京工場の跡」(アサヒスーパードライ誕生の地)
ビール戦争勃発の地、今はショッピングセンターに
★ジャンル【産業】
★場所 大田区大森北2-13
★最寄駅 JR、東京メトロ駅
★碑文
「東京工場は当地で昭和37年に創業を開始し平成14年に神奈川県南足柄市へ移転しました また昭和62年にはアサヒスーパードライが当工場から誕生しました 長年にわたる皆様のご愛顧にご支援に感謝申し上げます」
★解説
JR大森駅の東口から徒歩数分。かつては巨大な工場が立ち並んでいましたが、今はすっかり様変わり。大きな商業施設やオフィスビルが並ぶ街になりました。その中の一つ、イトーヨーカドー大森店前のタクシーなどの車寄せ前の植え込みにあります。
ここにあった東京工場は、碑文の通り移転し、跡地はイトーヨーカドーのほか、マンションやオフィスビルになっています。
「一企業の一商品で発祥の地?」というお声もあるでしょう。しかしこのアサヒスーパードライは、それまでキリンの一人勝ちで変化の起こりようのない商品市場、と思われていたビール市場に革命的変化をもたらし、今も続くビール系飲料戦国時代を招いた画期的商品です。
また一ビール市場に止まらず、消費者が潜在的に持っている商品ニーズや現状商品への不満を詳細な市場調査で解き明かし、その結果に基づいて現状を打破することが可能な商品開発を行い、ついには市場シェアの大逆転も起こすということを実現した商品でした。消費者向け商品を作るあらゆるメー
カーに衝撃を与えたという点で、日本の戦後産業市場特筆すべき商品といえます。それが証拠に、ウィキペディアには「アサヒスーパードライ」という項目まであります。
ビール市場は1950年代はキリン、アサヒ、サッポロがほぼ三分していましたが(サントリーは未参入)、キリンが徐々にシェアを伸ばし、70年代には6割を超えるシェアとなって、ドライの登場までこうした寡占状態が続きます。その一方アサヒはどんどんシェアを落とし、一時は1割程度になりました。
ここで危機感を抱いたアサヒは、それまでの「ビールは苦くて重くて当たり前」「消費者は各社のビールの違いはわからない」との固定観念を疑い、食事中に飲め、日本食に合う、さっぱりしたビールのニーズがあるはずという結論を、1万人もの調査で導き出します。
その結果、麦芽使用量を抑え、甘さ・苦味控えめで、アルコール度数は高いが、キレがありさっぱりというアサヒスーパードライが誕生しました。1987年のことです。この商品は大ヒットし、アサヒのビール市場シェアはたちまち2割台になりました。
さらにほぼ10年後の1996年にはアサヒスーパードライが単一商品としての月間シェア1位となり、翌97年には年間1位になります。さらにこの頃登場した発泡酒でもアサヒはヒットを出し、ついに2001年にはキリンを抜いてビール系飲料シェア1位となりました。その後ほぼ一貫してアサヒがトップでしたが、昨年2020年はキリンが首位を奪還しました。
これはコロナの影響で飲食店のビール需要が減り、業務用市場が強かったアサヒの売上が減って、家庭用商品に強かったキリンの売り上げが相対的に上回ったためです。
今や第三のビールなども登場し、酒類市場全体の行く末も混沌としています。消費者としてはこれからの変化が楽しみですね。
★地図
★参考リンク
・アサヒスーパードライ https://www.asahibeer.co.jp/superdry/
・日本のビールの歴史(キリン) https://museum.kirinholdings.com/history/index.html