見出し画像

のんびり散策できる旧中川 お台場に江東区と品川区の境

23区全区境踏破第28回

「23区全区境踏破」の記事一覧

←前へ                       次へ→

 前回は押上駅近くの妙見菩薩・法性寺で終わりました。引き続き江東区と墨田区の区境を行きます。地図で見ると江東区の耳が墨田区の腹に突き刺さって痛そうな地点からです。その「耳」は、横十間川が北十間川に突き当たった部分。北十間川は隅田川の向島あたりから緩やか南東に下っている江戸時代からの堀割です。
 北十間川べりを歩くと、法性寺からすぐに柳島歩道橋があります。この上はスカイツリーのビューポイントですので登ってみましょう。風のない日は川に逆さツリーが映ります。川端は団地やショッピングセンターが並びますが、ちょっと前までは大きな工場が立ち並んでいました。今は花王の工場ぐらいです。

 次の境橋では、江東区側に祐天堂という小さなお堂があります。江戸時代の高僧祐天上人(目黒区の祐天寺に名を残す)がこの川での水死者を弔ったところ、以後水難に遭うものがいなくなったとの伝説があります。また有名な亀戸梅屋敷はこのあたりにありました。次の福神橋近くには、日本武尊伝説の吾嬬(あづま)神社があります。北十間川は水面に近いところに遊歩道が作ってあるので、そちらを歩くのもいいでしょう。
 さらに進むと東武亀戸線の踏切があり、丸八通りの高架下をくぐって旧中川との合流点に出ます。南側を歩き江東新橋に出て、上流側=左側の川の中に墨田区・江東区・江戸川区の三区境があります。
 昭和の初めまでは、中川は江戸川区と墨田区の間を画して流れ、続いて江東区と江戸川区の境となって東京湾に注いでいました。しかし荒川放水路(現荒川)の開削工事で中川は分断されてしまったため、荒川放水路に沿って流路が変えられました。最下流の旧流路は上流がなくなり、今では細長い池のようになっています。

北十間川に映ったスカイツリー

 荒川とは水門で仕切られているため旧中川の水位は下げられ、河岸は散歩や憩いの場になっています。水鳥も多くバードウォッチングにも最適です。案内の都合上、こちらの旧中川はのちほど歩くとして、まずはこの場所を離れ、ずっと北にあるごく短い墨田区と足立区の境へ移動します。

 東武スカイツリーライン堀切駅で降ります。目の前の荒川堤防上に隅田水門があります。ここに通じる川は。荒川開削で分断された綾瀬川の隅田川合流部分です。本来の綾瀬川は、対岸の綾瀬水門から隅田水門を経て隅田川に流れていました。今は隅田水門から隅田川までの500メートルほどの旧綾瀬川部分が、墨田区と足立区との境になっています。川の上は首都高が覆い殺風景この上ない区境です。墨堤通り手前の一帯は鐘紡発祥の工場跡で、一角の小公園に碑があります。

 さて旧中川に戻りますが、またまた案内の都合上、旧中川が荒川に分断された場所である墨田区と江戸川区の区境に移動します。しかし不便な場所です。京成線の八広駅、総武線の平井駅、どちらからでも歩いて20分以上はかかります。荒川土手を歩き、木下川(きねがわ)排水機場の水門に行きましょう。区境はその少し北側から、排水機場内を通って旧中川に続いています。

 この水門は旧中川の途中から荒川に繋がっています。排水機場の南にもかつては中川が続いており、その東側はかつては墨田区だったのですが、水門で分断されて不便、などの理由で1967年に江戸川区に編入されました。
 旧中川ぞいは先にも書いたように心地よい散歩道です。まず墨田清掃工場の煙突とスカイツリーの競演が目を惹きます。川は蛇行しながら下り、二つ目のカーブのところに立花大正民家園があります。古民家と庭園が楽しめます。無料ですので休憩にどうぞ。
 すぐ先の平井橋の江戸川区側には平井の渡し跡があります。しばらく行くと先にたどり着いた北十間川との合流点です。丸八通り下の歩行者自転車橋を渡って、江東新橋に出ると、ここからの旧中川は江東区と江戸川区の区境です。江東新橋の下をくぐると右側は広大な亀戸中央公園です。
 川沿いを歩きます。総武線ガードをくぐり、京葉道路をくぐっていきます。途中の「ふれあい橋」の江戸川区側には、先の大戦時に付近で爆撃によって亡くなった人などの鎮魂碑があります。この旧中川では毎年8月15日に、慰霊の灯籠流しが行われます。
 首都高下の橋の袂には、両側に江戸時代からあった「逆井の渡し」の解説などがあります。その次の「虹の大橋」は広場のような幅広の橋です。さらに両岸が一体となった大島小松川公園となり、新大橋通りの先には旧中川を跨ぐ珍しい駅、都営新宿線東大島駅があります。西の大島口は江東区、東の小松川口は江戸川区です。
 大島小松川公園は今から50年ほど前に、付近で「六価クロム」の土壌汚染が問題になり、それを地中に封じ込めてできた広場や山です。除去されたわけではないので、今でも汚染水が染み出している、と問題視している人もいます。
 駅をくぐってしばらく進むと川のそばに江東区中川船番所資料館があります。水運が盛んだった小名木川と旧中川の合流点が近くにあったため、江戸時代は番所がありました。関東一円、さらには東北方面からの物資が江戸に流入する流通の最重要地点でした。
 小名木川にかかるその名も番所橋を渡って旧中川沿いに行くと、荒川ロックゲートで荒川とつながり、ここで江東区境は終わりです。旧中川や小名木川の水位は排水で下げられているため、荒川との間を船が出入りするには、ここでパナマ運河のような閘門(こうもん)を通る必要があります。運がいいと船の出入りを見物できます。
         ◇
 さてもう1か所、とても短い江東区の区境があります。それは港区編でもご紹介したお台場にあります。ゆりかもめ台場駅と東京国際クルーズターミナル駅との間、湾岸道路上に品川区との3区境界があり、品川区である潮風公園との間に500メートルほど江東区境があります。
 これで墨田区、江東区の区境は終了です。次回以降はまた西に戻って品川区境を歩きます。

←前へ                       次へ→


いいなと思ったら応援しよう!

歩いて、探して、歴史を発掘する黒田涼
記事がよいと思っていただけましたら、お気持ち、よろしくお願いします。