「日本赤十字社発祥地」
東京での事務所が置かれた場所
★ジャンル【医療】
★場所 千代田区富士見2−14−23
★最寄駅 JR、東京メトロ飯田橋駅
★碑文
「日本赤十字社は明治十年(一八七七)西南戦争の際、佐野常民・大給恒らが傷病者救護活動等のため設立した博愛社を前身としたもので、その本拠はこの地桜井忠興邸においた。」
★解説
飯田橋駅西口を降りて外堀沿いを進んだ東京逓信病院前に立っています。
日本赤十字社ができたきっかけは西南戦争です。西南戦争で多数の死者・負傷者が出ているのを見て、ヨーロッパでの赤十字運動を知っていた元老院議官佐野常民(さの つねたみ)と旧大名家の大給恒(おぎゅう ゆずる)が同様の救護団体の設立を考え、政府に進言します。しかし西南戦争が内戦であることから「戦時救護」という赤十字の考えに当てはまらないのではないか、などの疑問から認められませんでした。そこで佐野は熊本の征討軍本営に行き、征討総督の有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)直接救護団体の設立と救護活動を願い出ます。これを親王が許可し、博愛社が設立されます。その後佐野は費用と医師を集め救護活動を始めます。一般的に「日本赤十字社発祥の地」というと、設立が許可されたこの熊本の征討軍本営跡を指すことが多いようです。
この時佐野が有栖川宮に許可を受けた建物は、旧熊本洋学校教師館として保存されてきましたが、なんと先の熊本地震で全壊、文字通りぺちゃんこになってしまい
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